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第35章:1990年という1年(の最終章)

 ・・・美絵子ちゃんとの『1990年8月12日事件』の翌日から、またぼくの新しい人生が始まった。


 ぼくは・・・


 「美絵子ちゃん抜きの人生」をあゆんでいかねばならなくなった。


 たしかにこの事件により、ぼくと美絵子ちゃんの、この世での『えん』というものは、一見して、切れてしまったように思える。


 せめてぼくが、あの「魔物事件」後に、関係修復はかなわないとしても、すぐに美絵子ちゃんに謝罪していれば、もう少しマシな関係ではあったにちがいない。


 「しげおくん、ちゃんと謝りに来てくれたんだ・・・。」とね。


 ところがぼくは、どうしたわけか、その「魔物事件」のあとは、美絵子ちゃん本人への「謝罪」の2文字が、頭に心に浮かんではこなかったのだ。


 「加害者」というものは、えてして自分の罪というものに対し、その自覚というものが・・・相手をひどい目に遭わせてしまったのだという罪の意識が希薄きはくになる傾向がある。


 後年、ぼくはさまざま形や状況による「いじめ」というものを経験したが・・・


 自分がそうした立場になって、はじめて、真の意味での「美絵子ちゃんに対する罪の意識」という大切なものを、正式に理解・咀嚼そしゃくし、深く考え・・・それがまた自分自身や相手の「心理状態の分析」というものを常に習慣化するきっかけにもなったのだと思っている。


 ・・・そうなのだ。


 きっと、いまなら・・・令和時代の「栗原茂雄」なら・・・やっと「美絵子ちゃんを命がけで守ってあげられる一人前の優しく強い男」になれたと思う。


 そしてなによりも、「美絵子ちゃんの再来」・・・あの洋子ちゃんとの、長く苦しい『三十年戦争』という「修行期間」「贖罪しょくざいの日々」を経て、ぼくはようやく、女性の心理というデリケートで不可思議で奥深い世界を、嫌というほど「血肉として」感じ、充分、女性の気持ちというものを理解できるようになれたと、自ら感じている。


 きっと洋子ちゃんは・・・


 それをぼくに、長い時間をかけて教え、また気づかせてくれたんだと思う。


 きっと何年か先に待っているであろう、美絵子ちゃんとぼくとの、『最後の再会』に備えて・・・ね。

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