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第33章:1990年という1年(その3)

 ・・・ぼくの人生において、「本当の意味で素晴らしかった期間」というのは・・・


 たったの、約2年半弱しかない。


 まず、美絵子ちゃんと仲がよかった1981年。


 そして、またちょっと触れるが、減量に成功した、1990年の4月から8月まで。


 最後に・・・


 成績があれよあれよという間にビューンと伸びて、初めて「校内1位」に輝いた年・・・当時の大親友で良きライバルだった三友みともくんと笑顔で仲良く図書館に、土日に通っていた・・・「勉強にめざめた」、1985年だ。


 そのうち、このコーナーでは、前述の1990年前半について、美絵子ちゃんがらみの・・・あるいは、まったく「再々会」とは関係ないものの、ぼくにとって心の支えになった「サブカルチャー」・・・いわゆる、「イメージ物」といったところを中心に、説明していきたいと思う。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 ・・・減量が進んできて、カラダが軽くなってくると、当然、心まで軽やかになってくる。


 日々、少しずつ脂肪が落ち、見た目もだんだんと良くなり、周りの女子の反応も良い方向に変わってくると、その反応を好意的に受け止めるか否かは別として、ぼくには強い「自信」が芽生えてきていた。


 (・・・俺でも、やればできるんだ!)


 そのことを、カラダで直接、実感できるようになったからかもしれないな・・・。


 通学は、以前話したように、農業大学校まで、毎日、『イスズ ジェミニ』で通うようになった。


 200万円の新車だったが、「出世払い」という約束で、父にキャッシュで買ってもらった、はじめての「マイカー」だった。


 名義人は、父だったが・・・。


 さて・・・この車だが、ぼくは、その後、約11年も乗った。


 実はまだまだ乗れたのだが、2001年に、母のカローラのおさがりに乗りかえ・・・愛着ある思い出の車だったが、廃車にしてしまった。


 ぼくは、この「ジェミニ」に乗って、いろいろな場所へ旅して歩いた。


 次章では、そんなこんなを紹介してみたいと思う。

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