第26章
【美絵子ちゃんに関する、よもやま話】
あぁ、いまも思い出すなぁ・・・
花壇の周りで鬼ごっこした様子とか、夏休みにチイさんの駄菓子屋で待ち合わせて、二人で手をつないで川崎小学校のプールに歩いて行ったことなんかも。
小学校前に当時あった、神山さんっていう文房具屋さんの前に設置してあったガチャガチャで、『バイ菌軍団』っていうキャラの消しゴムを、二人で夢中になって集めたりしたこともありましたっけ・・・。
美絵子ちゃん、二人のお目当てだった『カリカリ菌』を、5回目あたりで引き当てて、大はしゃぎしてましたヨ。
私、あんまりなつかしいんで、ヤフオクやメルカリで、当時の高価なプレミアがついた、それらを今もときどき買いあさっているほどなんです。
あと、こんなこともありましたね。
『のぼり棒』ってあるじゃないですか?
アレの下で追いかけっこしてたときにですね、美絵子ちゃんの当時の同級生の『古川』っていう男子児童がですね、何を思ったか、いきなり美絵子ちゃんに抱きついたことあったんですよ。そしたら、美絵子ちゃん、一瞬、すんごい怖い顔でそいつをにらみつけて・・・またすぐに、いつもの『天使の笑顔』に戻った・・・そんなこともありましたね。
秋季大運動会なんかでの、体育着姿の『ブルマ姿』の美絵子ちゃんも、とってもかわいかったですね。上が白の半そでの体育着を着て、下が黒のブルマを着けてましたね。体育帽をかぶった美絵子ちゃん。髪をより分けて、両耳を出して・・・それはもう、可愛かった!!
あと、川崎小学校当時の美絵子ちゃんの髪型なんですが、う~ん、どう表現したらいいんでしょうかね。
髪の長さは、だいたい、肩より少し下まで来るあたりだったかなぁ・・・。
でね、髪を、ツインテールみたいに、やや上のほうで両側にたばねてね、二個の小さい「玉」のついたアクセサリーを、ゴムでしばって留めてました。
私ね・・・「あ・・・今日は、飴玉なんかつけてら。」なんて、美絵子ちゃんのアクセサリーをいじりながら、笑顔で話しかけてたような・・・。
そんなに派手なファッションではありませんでした。
スカートが多かったんですが、ときには、Gパン風のズボンを履いてくることもあったかなぁ・・・。でも、やはり、スカート・バージョンの方が、『女の子女の子』してて、とってもかわいかったですね。
たこ揚げ大会のときには、しましまの『とっくりセーター』なんか着てました。学芸会のときには、ジャンパーの下に着たりしてネ。体育館の中は、ストーブをたいてはいても、すんごく寒かったですから。二月の終わりごろでしたからね、学芸会って。
また、実際の私はですね・・・美絵子ちゃんのみならず、『美絵子グループ』や、ときには、他の女の子グループの子なども混じった集団などとも、本当にたまーにですが、遊んでいたんですヨ。
木造校舎の、二階の真ん中らへんにあった『講堂』でもって、4対4で分かれましてね・・・8人で『花いちもんめ』なんかを、仲良くやったことも記憶しています。
ちょうど、昼休みだったかなぁ・・・それは。
そしたらですね、そこへ、私の近所の「加藤」という、美絵子ちゃんのお姉さんのかおりさんと同じクラスの先輩男子が通りかかって、手をつないで、「♪ は~ない~ちもんめっ、茂雄くんがほ~しい❤️」「美絵子ちゃんがほ~しい❤️」って、美絵子ちゃんと武田まゆみちゃんと手をつないで、前後に歩いているところを目撃されちゃって、「あらぁ❤️」なんて、加藤先輩にからかわれっちったこともありやんしたよっと♪
はじめは、『例の悪いうわさ』のせいで、なかなか私とは仲良くしてくれなかった女の子たちもですね・・・
美絵子ちゃんと私が、それは楽しそうに、ナチュラルに遊んでいるものですから、すぐに警戒心が解けて、気がつくと、美絵子ちゃん以外の女の子も、私のクラスにおける呼び名である「くりじ」とかそれを進化・発展させた(?)「くりじん」なんて呼んでくれてましたヨ。
それでは、肝心の美絵子ちゃん本人は、茂雄くんを、なんと呼んでくれていたの・・・?
それはまた、あとでね❤️
下校時には、原作どおり、美絵子ちゃんと、仲良く手をつなぎながら、『松田聖子さん』のA面曲だけじゃなく、B面曲までいっしょに合唱しながら、大声で歌って帰ってましたね。
あと、こんなこともありました。
美絵子ちゃんが川崎小学校時代に住んでいた、「セツさん」の家のトタン屋根にですね・・・私がのぼって、そこに寝ていたネコちゃんをつかまえようとしたことがあったんですヨ。
そしたら、その屋根の震動と、ギシギシいう音に気づいた美絵子ちゃんがですね、家の中から出てきて、「こらぁ!」って、笑いながら私を叱ったことがありました。
翌日、小学校で彼女に会ったらですね、「あぁー、昨日、うちの屋根で、ネコつかまえようとしてた人だぁ。」なんて、笑顔で釘刺されましたとさ(苦笑)。
幸い、私の名前を、美絵子ちゃんのお母さんの『時子さん』に告げ口はしなかったみたいですけどね。
そりゃ、そうですよ。
私たち、作品に書いてあるとおり、本当に愛し合っていたんですから・・・。
あとね、例の「そろばん塾」の敷地内では、美絵子ちゃんには、ついに一度も会うことはありませんでした。
美絵子ちゃんは、家に入ると、めったに外には出てこなかった子でしたし、そろばんもやってませんでしたからね・・・。
一度ね、矢板市内の「サンピア」という、いまはもう取り壊されて存在しないショッピングセンターで、美絵子ちゃんと出くわしたことがありました。
当時の私はですね、この「サンピア」が大のお気に入りでして・・・少年時代には、よく自転車で買い物に行ったものです。
店内に、そこそこ広い本屋さんがありましてね、そこで、コミックなどをよく立ち読みしたものです。
美絵子ちゃんに会ったのは・・・この「サンピア」の二階にあった、小さいゲームコーナーでした。
美絵子ちゃんのお父さんではない、誰か、別の親戚か何かのおじさんといっしょでしたね。
もちろん私と美絵子ちゃんは、おじさんがいる手前、いつものように、ふざけあうことができなかったので、登校時のシーンにあったように、ただ目を合わせて、「ニヤッと」するだけでした。
その一回こっきりでしたね、美絵子ちゃんと、矢板市の町の中心部で会ったのは。
美絵子ちゃんのお姉さんの「かおりさん」も、美絵子ちゃんとはタイプが違っていましたが、とっても美人でしたねぇ・・・。
やや「釣りあがった目」でしたが、ゾクリとするような色白の美人だったのを覚えています。
私の近所に当時住んでいた「富川のりこちゃん」は、美絵子ちゃんがいる時分、私に「ねぇ、茂雄君、かおりさんって・・・本当に美人よねぇ・・・。」なんて、つぶやいたこともありましたね。
あとね・・・美絵子ちゃんとは、よく「全員集合ネタ」で盛り上がってました。
美絵子ちゃんは、特に「故・志村けんさん」のギャグがお気に入りで・・・「カラスの勝手でしょ」「あんた神様かえ、あんだって? とんでもねえ、あたしゃ神様だよ!」「ヒゲダンス」あたりのギャグを私がやると、マンネリ化した、同じネタをやっていたのに、毎回毎回ゲラゲラ笑ってくれてましたね。
あと、私がときどきギャグを外すとですね・・・「じろー。」とか「じーっ」なんて言って、細目で半笑いしてたのを覚えています。(← 要するにですね、美絵子ちゃんなりの、私への「ツッコミ」だったわけですな。)
一回目に美絵子ちゃんと別れるシーンあたりの、1982年2月、3月あたりの寒い日には、美絵子ちゃんはですね・・・赤とピンクの2種類の、片腕にしましまの白い何本かのラインの『腕章』みたいなものが入ったジャンパーも着てました。
おそらく、いまはこのデザインのジャンパーは売ってないんじゃないですかね。
で・・・肝心の美絵子ちゃんのルックスのイメージなんですが、ちょうど、『故・本田美奈子さん』によく似てましたね。
興味のある方は調べてみていただきたいんですが・・・『ワンウェイ・ジェネレーション』とか『デンジャラス・ボンドストリート』、『涙をF.O.して』あたりの美奈子さんに、特によく似てました。
参考までに、そのYouTube動画名を紹介してみますネ。
『本田美奈子. - Oneway Generation』
→ UP主様は、「MinakoHondaVEVO」様。 ~ もちろん、セピア色の彼女ではなく、リズミカルなフットワークで歌っている、本田美奈子さん本人のほうネ。
『Bond street (MV)~本田美奈子. 日本史上的全方位藝人 中日字幕_Full-HD』
→ UP主様は、「宋碹」様。 ~ 特に、57秒あたりの美奈子さんのネコひっかきみたいなポーズでの笑顔は、マジで美絵子ちゃんみたい! ・・・です。
『本田美奈子 涙をFOして 秘蔵映像!』
→ UP主様は、「pasutera914」様。 ~ 特に、セピア色からカラーに戻ったときの、4分28秒あたりの本田美奈子さん・・・これが一番、1981年当時の美絵子ちゃんに似た雰囲気です。
美絵子ちゃん・・・実はこれ、本名なんです。
漢字も、このまんまですね。
では❤️




