幕間 メイドさん、こんなことも①
幕間 メイドさん、こんなことも①
5月中旬になると、アウレリウス本家に大量の手紙が届くようになった。多くは「株主総会招集通知在中」と封筒に書かれている。3月決算の会社のほとんどがこの6月に定時株主総会を開くので、それに先だって、招集通知が届くのだ。アウレリウス本家は、財閥系、非財閥系問わず、多くの会社の株主になっているので、その量も半端ではない。
リルは、雇い主のァレンニッサから「株主総会には出席できないし、特に反対する議案もないので、全て白紙委任状を返信するように」という趣旨の指示を受けていた。リルは、ものいわぬかぶぬし、と思った。
「物言う株主もいるの?」
いつも通りくっついていただけのアテラが尋ねた。リルは、少し考えて、たぶんいない、と思った。それで、リルはレニの署名を真似て白紙委任状を大量に作成した。所謂署名代理というやつである。レニはとても丁寧な字を書くので、署名の真似をし易かった。リルは、れにのしょめいはぎぞうされやすい、と思った。
「字が丁寧だと、偽造されやすいの?」
リルは、くせがあってとくちょうてきなじのほうがぎぞうしにくい、あてらのじはかつじみたいだから、とくにきけん、と思った。
「ふーん。」
委任状が出来たら、それを返信用封筒に入れて、各会社に返信する。カメンスクで発受信される手紙は、全て検閲対象だが、一応封蝋で封をした。封蝋にはアウレリウス本家の紋を入れる。本家の紋は「丸に籠目」と呼ばれる模様だ。実は、籠目模様は、オストニウス王家の紋で、籠目模様が入った紋は、王家と特別な繋がりがある家にしか使用が許されていない。アウレリウス家では、リルが人間だったころの父のエルヌスが、旧銀嶺騎士団結成を命じられたときから「丸に籠目」紋を使うようになって、それ以前は別の家紋だったらしい。
作成した白紙委任状を全て封緘すると、逓信局で発送して、この仕事は終わりである。ただ、リルは、アウレリウス本家がどんな会社の株を持っているのか、なんとなく気になったので、送られてきた招集通知に目を通してみた。
そうすると、財閥系企業であれば、貴族系資本のロンブス財閥や、広く投資を募っているモンタニュス財閥だけでなく、資本的には閉鎖的と言われるヴィラウス財閥系の企業の株も多数保有しているようだ。ヴィラウス銀行、ヴィラウス物産、オリエンタル紡織、メディウス・ヴィラウス百貨店まである。どうやってくいこんだんだろう?とリルは思った。
「お姉ちゃん、このライオン様のマーク、何?」
リルは、それがう゛ぃらうすざいばつのまーく、と思った。
非財閥系企業も、たくさんあった。中には、魔力通信公社や、王立魔導従士研究所など、一般に公開されていない公社の持分まであった。リルは、こんなかぶ、どうやっててにいれたんだろう?と思った。
「どうやって手に入れたんだろう?」
アテラもリルの真似?をした。
中でも、リルの目に止まったのが、ヤマ=ウンドゥス楽器製作所という会社だ。「ガッキ(ガにアクセントがある)」と言えば、ヤマ=ウンドゥスと言うくらい、業界では有名だ。カメンスクと同じ巨壁山脈東麓地方南部の中都市、ハンマーツーに本社がある。リル自身は楽器を嗜むことはないが、ヤマ=ウンドゥスの名前は知っていた。がっきのかぶまである、とリルは思った。
「蕪って野菜じゃないの?」
リルは、まえにもいったけど、そのかぶじゃない、と思った。
ヤマ=ウンドゥス楽器製作所は、西方由来の管楽器や弦楽器だけでなく、近年、オストニアの民俗楽器に力をいれている。民俗楽器は、本来はその土地で採れる材料を使い、その土地の人々が加工して作ってきた物だが、生活様式が近代化するにつれて、自宅で楽器を手作りする人は減ってしまった。それを商機と捉え、ヤマ=ウンドゥスは、民俗楽器を作って売り始めたのだ。今や、農村の祭で使われる笛や太鼓すら、ヤマ=ウンドゥス制の物を使う例が少なくない。
それ以外にも、ヤマ=ウンドゥス音楽教室という事業も展開し、都市の中流以上の階層に、楽器に触れる機会を広め、そうして自社の楽器の販路を拡大することもやっている。
ちなみに、ハンマーツーの隣町のイィワタには、ヤマ=ウンドゥス発条機という会社もある。こちらは楽器と関係なく、魔導車の部品メーカーで、ガッキと資本関係もない。ラボにも、魔導車の部品を下ろす、所謂下請である。アウレリウス本家は、発条機の株も持っていた。
その日の夜、リルは、レニに、何故アウレリウス本家がこれほどの資産家なのか、尋ねた。リルが人間だったころも、平民としては裕福な家庭だったが、資産家と呼べるほどの財産はなかったはずである。
「それは、3代目騎士の中の騎士のアムスィッサの時代からですね。」
リルは、そういえば、おくたからおにいちゃんのいさんをおくったさきもあむすぃっさだった、と思った。
「お姉ちゃんのお兄ちゃんの遺産?」
「オルティヌスの遺産は、今、オルティヌス・アウレリウス財団という法人になっているんですよ。オルティヌス・アウレリウス財団を設立したのも、アムスィッサです。彼女は、騎士の中の騎士を任されるくらいですから、騎士としても非凡だったのでしょうけれど、何より資産運用の天才でした。その当時には、アウレリウス本家は貴族に準ずる家柄と認識されていましたから、アウレリウス本家がため込んでいたお金を、様々な事業に投資したのです。彼女には、これから平和な時代が訪れ、経済が発展するということが見えていたのでしょう。閉鎖的と言われるヴィラウス財閥に食い込めたのも、彼女の先見の明があったからだと思います。」
リルは、いがいなさいのう、と思った。
「お姉ちゃん、意外な才能だって。」
「そうですね。歴代の騎士の中の騎士は、お金に無頓着な者が多かった様です。将来を見据えて、資産形成までしてしまったアムスィッサの才能は、歴代の中でも、異例と言っていいでしょう。彼女のおかげで、私たち子孫が裕福な暮らしを遅れているわけですし。」
リルは、それにしても、よくざいばつがけいざいをぎゅうじることまでよそうできた、と思った。
「よく財閥の跳梁を予想できたよね。」
「本当です。お兄様が仰るには、ここまで幅広く色々な会社の株を持っているのは、王家以外だと、うちくらいらしいです。」
リルは、おうけはけいざいもかげからしはいしてる!と思った。
「王家は経済も影から支配してるの?」
「いえ、献上された株を持っているだけで、特に経営に介入はしていないはずですが。」
「じゃあ、レニとおんなじだね。」
リルは、あれ、けっきょくさいごはあてらとれにだけではなしてた、と思った。
〈完〉