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時を超えた邂逅

     第4話 時を超えた邂逅


 オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部王都ウラジオ。第4市壁の外にある屋内駐機場に、ジョセフィーナ(ベッペ)チェストゥス(チェスト)・アウレリウスは、来ていた。

「この魔導車、この前見たのと、形が違います。…。そうだ、前のは『(シェー)-01』型で、これは『(セー)-01』、いえ02でしょうか。」

「詳しいですね。それも前世の記憶ですか?でも残念。これは『(セー)-03』型です。軍からの払い下げ品で、我がアウレリウス本家の私産ですね。」

「S-03型なら第4世代型ですね。それにしても魔導車を私有するなんて、いえ、僕の前世のころからありました。」

「では、出発しますよ。機関室に乗って下さい。」

「分かりました。」

 魔導車は、王都から工房都市カメンスクに向け、出発した。その直後のことである。魔導車は、右折すると、か細い荒れた街道に入ってしまった。

「あれ、エカテリンブルに向かうんじゃないんですか?」

「今のアウレリウス本家は、工房都市カメンスクにあります。聞いていませんか?」

「初耳です。」

「そうですか。今の僕たちはラボの所属なので、工房都市に家があるんですよ。」

「そうですか。」

魔導車は荒れた街道を進む。この道を使う者は多くはなさそうだ。

「それで、僕はこれからどうなるんでしょう?」

「おや、それも聞いていませんか?」

「はい。ただ、着いてくるように、としか。」

「仕方ありません。道中説明します。」

チェストは、魔導車を運転しながら、説明を始めた。

「城で言った通り、君を僕たちの家に連れて行くのは、君がエルヌスの生まれ変わりであることを確かめるのが目的です。もし、君が嘘をついていることが判明したら、君は普通の密入国者と同じ処分を受けます。」

処分という言葉に、ベッペは不穏な気配を感じ、質問した。

「その処分というのは、具体的にはどういうことでしょう?」

「オストニアでは、密入国者は、例外なく死刑で、磔に処されます。」

オストニアには、死刑の執行方法が2つあり、磔と断頭台だが、磔の方が重いとされている。

「僕の言っていることが真実でしたら?」

「難民として入国してもらうことになります。ただ、未成年者の難民認定には、国内で面倒を見る保護者がいることが要件になっているので、君は僕の養子に入ってもらって、僕を保護者として、難民認定を申請することになります。」

「養子縁組ですか。すると僕もアウレリウス家の一員になれるんですね。」

ベッペが密入国した目的は、ダモクレスとの「再会」である。アウレリウス家の一員となれば、その目的に1歩も2歩も近づく気がした。

「そう言えば、先ほどから『本家』と言っていましたが、それなら分家もあるんですか?」

「はい。分家からは、代々空軍司令が輩出されています。軍事の名門ですね。」

「そうなんですか。」

 その後も魔導車は走り続け、日没が近づいてきた。

「2日連続徹夜は堪えます。今日はこの辺りで野営します。」

チェストが言った。チェストは、工房都市から王都まで、1昼夜走り続けた後だ。

「野営って、近くの街に泊まらないんですか?」

「この街道沿いに街はないですよ。」

「え?」

衝撃の事実。ただ、チェストは事もなげに、

「今までこの街道で野営して、夜、魔獣に襲われたことはありません。その点は心配ないですよ。」

と言うのだ。そして、魔導車の運転台で、毛布にくるまって寝てしまった。

「え?…。これが騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)の胆力なんでしょうか。」

入国早々、魔獣に襲われたベッペは、気が気ではなく、全く寝付けなかった。

 翌朝。目の下に隈を作ったベッペに、チェストが、

「うん。よく寝ました。後ろのトランクに保存食があります。食べていいですよ。」

と言って、自分も保存食を食べ始めた。

「頂きます。」

保存食で簡単な朝食を済ませたら、2人は工房都市までの移動を再開した。


 その日の昼過ぎには、2人は工房都市のアウレリウス本家に着いた。チェストの帰宅に気付いたリルとアテラが、玄関から出て来て、2人を出迎える。

「予定より早いですが、今帰りました。」

「・・・おかえりなさい。」

「お帰り。」

「僕はこれから工房に出勤します。それからリルさん。この娘を、うちで預かることになりました。名前はジョセフィーナ。詳しい事情は、今日の夕方、帰ってから説明します。」

そう言うと、チェストは家には入らず、ベッペを置いて、工房の方へ歩いて行ってしまった。

「あ、チェストゥス様。行ってしまいました。あの、えーと、ジョセフィーナと言います。今日からこの家にご厄介になります。よろしくお願いします。」

取り残されたベッペは、取りあえず、目の前のメイド姉妹に頭を下げた。

「・・・よろしく。」

「よろしく。」

それだけ言うと、リルとアテラは、家の中に入ってしまった。ベッペも遅れないように着いていく。

「お邪魔します。」

 リルとアテラは、ベッペなど眼中にないかのように、玄関から台所を通って、勝手口から裏庭に出て行ってしまった。どうしていいか分からなかったのか、ベッペも2人に着いて来る。裏庭では、ウェルギリウス(ウェル)が、ショートソードを両手に構えて待っていた。縁側に腰を下ろして、ゼフィリッサ(ゼフィ)エーデルワイス(ウィス)が、ウェルの様子を見ている。リルはウェルの正面に立つと、

「・・・さいかい。」

と、稽古の再開を告げた。

「お姉ちゃん、お稽古再開って言ってるよ。」

「お兄ちゃんん、お稽古再開ですぅ。」

「再開と再会。上手くない。」

「分かりましたが、お2人の後ろにいる、獣人の女の子はどなたですか?」

すると、裏庭にいた面々の注目が、ベッペに集まる。

「あ、ベッペ、いえジョセフィーナと申します。今日からこの家でお世話になります。」

黙っているのも居心地が悪かったので、ベッペは簡単に自己紹介をした。

「獣人さんですぅ。初めて見たですぅ。」

「いい素材。」

ゼフィの不穏な発言に、

「素材って何ですか?」

と、ベッペは思わず後ずさった。

「カワイイってこと。」

「う、そのカワイイの言い方を聞くと何故か悪寒が。」

リルは、おかん?と思った。

「何で?カワイイは最上級の褒め言葉だよ。」

「何でかは説明できないのですが、とにかく不吉な気配がします。」

「皆さん、相手が名乗ったのにこちらは返さないのは失礼ですよ。僕はウェルギリウス・アウレリウスと申します。よろしくお願いします、ジョセフィーナさん。」

脱線しかけた話の流れを、ウェルが引き戻した。

「よろしくお願いします。」

ベッペもお辞儀を返す。

「ゼフィリッサ。」

「エーデルワイス・カウスですぅ。」

「私がアテラで、お姉ちゃんがリルだよ。」

「・・・めいど。」

「冥土。」

ゼフィがボソッと言った。リルは、だじゃれ?と思った。

「む。」

ゼフィは、小ボケが不発に終わって不満そうだ。

「では、取りあえずあいさつは済んだので、稽古を再会します。ジョセフィーナさんのことは、父様が帰ってきたら、説明があるのでしょう。」

リルは、ん、と思った。リルの「ん」は、大体肯定である。

「お姉ちゃんが、あふぁーまてぃぶ、だって。」

「分かったですぅ。」

「皇帝。」

リルは、まただじゃれ?と思った。

「む。」

そんなこんながありつつ、ウェルの剣の稽古は再開された。

 ウェルの稽古が終わったら、リルがベッペのところに雑巾を持ってきて、

「・・・あしふく。」

と言って、渡してきた。

「あの、これ。」

とベッペが戸惑っていると、

「お姉ちゃん、足を拭いてから家の中に上がれって。」

「ベッペちゃん、お外でも裸足ですぅ。家に入る前に足を拭くですぅ。」

と、アテラとウィスが通訳した。

「分かりました。」

ベッペは言われたとおり、足を拭いてから、縁側から居間に上がった。その後、大人たちが帰ってくるまで、ベッペは、ゼフィとウィスのおもちゃにされていた。


 夕方になって、チェスト、エヴィティッサ(エヴィータ)テリャリッサ(テラ)、そしてァレンニッサ(レニ)が帰って来た。

「ただいま。ウィス、帰るわよ。」

「はいママですぅ。」

「リルちゃん、アテラちゃん、また明日。」

「また明日ですぅ。」

リルは、またあした、と思った。

「バイバーイ。」

ウィスを連れて自宅に帰るテラを見送ると、

「ただ今帰りました。」

「ご機嫌よう。」

「ただ今帰りました。リルさん、皆さんを居間に集めて下さい。ベッペについて、事情を説明します。」

アウレリウス本家の大人たちも、帰りのあいさつをした。リルは、チェストの指示に、

「・・・り。」

と応えた。「り」は「了解」のりである。

 居間に、アウレリウス本家の面々、リルとアテラ、それにベッペが集合した。大きなソファには、チェストとエヴィータが、小さなソファにはウェルとゼフィが座り、一家の主であるはずのレニは、床にペタンとアヒル座りをしている。リル、アテラ、ベッペは、立ったままだ。

「この娘は、ジョセフィーナというイルリック国出身の獣人の女の子です。我が国に密入国したところ、確保されました。ただ、尋問で、初代騎士の中の騎士エルヌスの生まれ変わりであることを証言したため、すぐには処刑せず、その真偽を確かめるために、暫くうちで暮らしてもらうことになりました。」

「ジョセフィーナです。これからお世話になります。」

「イルリック国にいる間、男の振りをしていたそうで、愛称はベッペです。」

「チェストの妻のエヴィティッサです。エヴィータで構いませんわ。よろしくお願いします、ベッペさん。」

「ァレンニッサ・アウレリウスです。チェストの母で、この家の家長でもあります。ご機嫌よう。」

「ウェル、ゼフィ、君たちも自己紹介を。」

「父様、それは昼に済ませました。」

「以下同文。」

「そうでしたか。それでリルさん、ベッペのお世話もお願いします。そうだ、忘れるところでした。ベッペがエルヌスの生まれ変わりというのが本当だったら、僕とエヴィータの養子にします。全ては陛下のご意向です。」

レニとエヴィータは事前に聞いていたのか、大きな反応はなかったが、ウェルとゼフィは、

「すると、生まれ変わりの話が本当だった場合、ジョセフィーナさんは、僕とゼフィの妹になるのですね。」

「そういうことになりますね。」

「芋宇土。」

と、それなりに驚いた?様子だった。

 チェストからの事情説明が終わったら、リルとアテラは夕食の支度を始めた(アテラは毎度の如くくっついているだけだが)。その間、居間では、ベッペはゼフィのおもちゃにされていた。ベッペも、これから一家の一員になるかも知れない身分なので、一家と食卓をともにした。リルはその間「法螺貝が鳴る頃に」の続きを読んでいた。


 翌日。出勤前のチェストが、リルに指示を出した。

「ベッペが、うちの養子になることは確定ではないので、もう5歳だそうですが、魔法は教えないで下さい。それから、ベッペの証言の真偽について、何か分かったら報告して下さい。」

 ベッペの着ていた貫頭衣はかなり汚れていたので、洗濯した。ベッペは服を着ていた1着しか持っていなかったので、サイズがほぼ同じゼフィの服を着せておいた。

「うう。尻尾が引っかかって、気持ち悪いです。」

リルは、じょせふぃーぬのふくもよういしないとだめ、と思った。

「リルちゃん、ベッペちゃんをプロデュース。」

ゼフィから指令が下った。リルは、きょうのごごかいものにいこう、しっぽをだすあなは、きせいふくをかいぞうすればなんとかなる、と思った。

 チェストの指示があったので、午前中、他の子どもたちが魔法の練習をしている間、ベッペは、縁側で見学していた。

「さすが、騎士の中の騎士の家系だけあります。何て高度な魔法を皆さん使うんでしょう。」

ちなみに、昨晩いなかったウィスにも、リルがあらかたの事情を説明しておいた。ウィスはリルと「はちょう」が合うので「どくでんぱ」を飛ばすだけで事情を説明できて、楽だ

 昼の休憩を挟んで、午後にはウェルの剣の稽古をする。アウレリウス本家では、武術の稽古は7歳から始めることになっているので、まだ5歳のゼフィと、4歳のウィスは見学だ。ベッペも勿論一緒に縁側で見学した。

 ウェルが基本の型を一通り披露する。

「すごい。」

思わずベッペが声を漏らした。確かになかなかの剣さばきだ。リルは、これならそろそろつぎのだんかい、と思った。

「リル小母様、終わりました。」

「・・・つぎはうちこみ。」

「打ち込みと言われましても、何を標的にすれば?」

ウェルは、リルからの指示に疑問を口にしたが、

「お姉ちゃん、自分が受けるって言ってるよ。」

「お兄ちゃんとリルちゃんのスパーですぅ。」

「お手並み拝見。」

と、アテラ、ウィス、ゼフィが口々に言った。

「あの、リル小母様はまだ何も言っていないのでは?」

リルは、うぇる、つっこみもとーまににてる、と思った。

「仮にリル小母様相手に打ち込みをするとして、小母様は、どんな武器を使うのでしょう?」

「・・・すで。」

「お姉ちゃん、素手で充分だって。」

「そうですか。分かりました。行きます。」

それからウェルは、覚えた剣技を遺憾なく発揮して、リルを攻めた。しかし、その悉くが、リルの左手の示指と中指で摘まむようにして、防がれてしまった。しかもその間リルは、棒立ちで1歩も動いていない。

「はあ、はあ。こちらは双剣、リル小母様は左手1本なのに全て防がれてしまうなんて。」

リルは、おもったとおりかなりせいちょうしてる、と思った。

「お姉ちゃん、思った通り、だって。」

「リルちゃん強いですぅ。」

「まだ実力を見せてない。」

外野は、リルの絶技を評価する声ばかりで、リルがウェルの成長を評価していることを、飛ばしている。

「僕も、まだまだということですね。分かりました。精進します。」

すると、ひとり黙って様子を見ていたベッペが、突然大声を出した。

「あー!思い出しました。リル。リッリッサ・アウレリウス。僕の」

「ベッペちゃん、僕禁止。」

「キャン。」

いつの間にかベッペの後ろに回り込んでいたゼフィが、ベッペの尻尾を踏んでいる。

「何故?」

「ベッペちゃんに僕っ娘は似合わない。」

「そんなこと言われましても、今生では男として生活してきましたし。」

「これから矯正。」

ゼフィの有無を言わさぬ発言に、ベッペも、

「分かりました。」

と折れるしかなかった。

「ともかく、リルさんのことです。ぼ…私の前世のエルヌスには、4人の子どもがいて、上2人が年子の男、下2人が双子の娘だったのですが、その末っ子が、リッリッサという名前で、リルという愛称でした。その娘とリルさんがそっくりです。」

リルは、ようやくおもいだした、と思った。リルは直感的に、ベッペの言っていることは真実だろうと思っていたのだ。ただ、とある事情で、本名で呼ばれることを嫌っているリルは、ちょっと機嫌が悪くなった。

「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんのお兄ちゃんって2人いたの?1人の話しか聞いてないよ。」

リルは、そういえばあてらにちいにいのことはなしてなかった、と思った。

「ちい兄?」

「小さいお兄さんですぅ。」

「次男坊。」

外野は関係ない話をしているが、ベッペは、蘇った前世の記憶を声に出して整理した。

「末っ子がリル。その双子の姉がモカ、モカイッサ。次男はマルセルス。兄妹で1番手の掛かる子でした。長男の名前だけ思い出せません。もどかしい。」

「マルセルス・アウレリウス様と言えば、伯爵家、アウレリウス分家の始祖です。それが1番手が掛かる子だったのですか?」

ウェルは、そこに引っかかった様だが、リルは、

「・・・はくしゃくけ?」

ウェルの発言の方が気になった。

「おや、リル小母様は知りませんか?オストニアでは、多くの貴族さんたちが爵位を返上した時期がありまして、それで慢性的に貴族不足なのです。それで、功績のあった軍人や官僚の方に、爵位を与えて、貴族不足を補っているんです。アウレリウス分家は、約150年前男爵位、約100年前子爵位、約50年前伯爵位を授かったのです。」

リルは、はつみみ、と思った。

「初耳。」

アテラもリルの真似?をした。

「私は知ってたですぅ。」

リルは、それにしてもほんけがしゃくいのないへいみんで、ぶんけがはくしゃくけなら、ぎゃくてんしてる、と思った。

「本家は爵位がないの?」

「爵位持ちの貴族は、王都の屋敷に住む義務がありますからね。本家は工房都市を離れられないので、あえて爵位を授からないそうです。」

リルは、なっとく、と思った。

「ふーん。」

アテラは興味がなさそうだ。

「少し脱線しましたが、代々空軍司令を輩出する分家の始祖の、マルセルス様が、手の掛かる子どもだったなんて信じられません。」

「マルセルは、本当に手の掛かる子でした。それを長男の…やっぱり名前が思い出せませんが、その子がしごいて、どうにか船乗り(セイラー)になることができたのです。軍発足後に、彼がどういう経緯で出世したかまでは分かりません。」

リルは、たしかにちいにいはぼんじんだった、と思った。

「そのちい兄って、凡人だったんだ。」

「それより、エルヌスの長男と言えばオ」

「め。」

言いかけたウィスの口を、ゼフィが塞いだ。一応、ベッペがエルヌス(エル)生まれ変わりか確かめるのが目的なので、情報を与えるのは禁止である。


 ハプニングはあったが、ウェルの稽古が終わったので、リルはベッペを連れて、買い物に行くことにした。

「私も行く。」

ゼフィは乗り気である。

「それなら私も行くですぅ。」

「では、僕は1人でお留守番ですね。」

アテラは勿論着いてくるので、女の子5人で買い物に行くことになった。玄関の土間のところで、ベッペが裸足で土間に下りようとしたので、リルはベッペをひょいと担ぎ上げた。

「え?下ろして下さい。自分で歩けます。」

「ベッペちゃん、これから裸足で外歩くの禁止。」

ゼフィが言うと、ベッペの尻尾と耳がしおしおと垂れ下がり、

「分かりました。」

と、裸足禁止を了承した。どうやら、上下関係が出来上がった様である。

 5人はまず、街に1つしかない服屋にやって来た。ベッペを適当な椅子に座らせると、リルは考えた。じょせふぃーなのけものみみはさいきょうあいてむ。これをいかすなら、かみがたはしんぷるに。ふさふさしっぽもカワイイ。かおもなかなか。でもなんぽうしゅっしんだからちょっとさむがり。そうするとふくそうは…。

 リルは、自分の頭の中で考えたコーディネートに合わせて、服を買い物籠に放り込んでいった。それから、ベッペをもう1度担ぎ上げ、買い物籠とともに試着室に押し込んだ。

「ベッペちゃん、それ試着。」

「分かりました。」

数分後。試着室のカーテンが開き、ベッペが姿を見せた。パステルピンクのセーターに、白のフレアスカート、レースで飾られたニーハイソックスという出で立ちだ。

「靴下が変な感じです。履かないとだめですか?」

裸足生活が長かったベッペには、靴下自体に違和感があるのだろうが、

「靴下はマスト。」

と、ゼフィが1言で黙らせた。

「それから、セーターが少し大きい気がします。」

リルは、むしろおーばーさいずがせいかい、いわゆるもえそで、と思った。

「燃え袖?」

「萌え袖ですぅ。」

野次馬たちは反応したが、ベッペはキョトンとしている。

「・・・これはきてかえる。」

「毎度。」

そんなベッペを余所に、話が進んでいく。リルは、似たテイストの服を、どんどん籠に入れていった。それから、まとめて会計。アウレリウス本家の経済力なら子供服くらいどれだけでも買える。

 次に一行は、靴屋に入った。リルは、ベッペを椅子に座らせると、ベッペの髪や尻尾の色に近い、グレーのバレエシューズを履かせた。リルは、よし、と思った。

「合格。」

ゼフィも気に入ったらしい。ベッペは、自分に選択権がないことを理解したのか、大人しくしている。

「・・・はいてかえる。」

「お買い上げありがとうございます。」

 買い物が一通り済んだので、一行は家に帰った。それからリルはベッペを縁側に座らせると、散髪用の鋏を持ってきた。ベッペの前髪を眉毛くらいの高さで揃え、その他の髪も、毛先を整えた。

 散髪が済んだら、ベッペが着ていた服を一旦脱がして、スカートの腰の所に、尻尾を出すためのスリットを入れた。尻尾を動かしても生地が傷まないよう、端切れで周りを補強して、尻尾の上で、釦で止める形にした。

 取りあえずスカートの改造が、1着分仕上がったので、ベッペにもう1度、フルコーディネートで着替えさせた。頭の上から出た三角の犬耳、癖のないサラサラロングヘアは、耳毛や尻尾と同じアッシュブロンド、パステルピンクのセーターはオーバーサイズ気味で、袖が少し余る。白のフレアスカートの後ろには、ブラッシングされて綺麗に整えられたフサフサの尻尾。スカートとレースで飾られたニーハイソックス間の絶対領域から覗く肌は白く透き通っている。リルが思い描いたとおりの、カワイイ獣人美少女の完成だ。

「ベッペちゃん、可愛いですぅ。」

「カワイイ。」

「う、そのカワイイという響きからは、やはり悪寒がします。」

リルは、たぶん、おかんのげんいんは、さりーおばさん、と思った。

「伯母さんが悪寒の原因?」

「何でですかぁ?」

アテラとウィスが首を傾げる。リルの伯母、サリッサ(サリー)・シバリウスは、伝記にも書かれるほどのカワイイもの好きである。それに生前、エルはサリーに対し過剰な苦手意識を持っていた様にリルには見えた。りるは、ぱぱとさりーおばさんのあいだで、なにかあった、と思った。

「ふーん。」

「きっとぉ、サリッサ様に過剰に可愛がられたですぅ。」

「それを聞くと、他人事のような気がしませんね。」

どうやらウェルも、学園で誰かに可愛がられているようだ。それはともかく、リルは姿見の前にベッペを立たせ、ベッペ本人にも仕上がりを確認させた。

「これが、僕。」

「ベッペちゃん、僕禁止。」

「キャン。」

ベッペも、リルのプロデュースで美少女に変身した自分の姿に、思わず見蕩れてしまった。


 夕方になって大人たちが帰宅すると、門の前で出迎えたリルは、チェストに、

「・・・ほうこくがある。」

と伝えた。チェストは、

「分かりました。夕飯の前に伺います。」

と答えた。

 他の家族が、ベッペを加えて居間で団らんしている時に、チェストがひとりダイニングにやって来た。リルは、台所で夕食の準備中だ。

「報告とは、ベッペのことですね。」

「・・・ん。」

リルは、夕食の準備の手を止めずに答えた。

「・・・じょせふぃーなは、わたしのことほんみょうでよんだ。・・・まちがいなく、ぱぱのうまれかわり。」

リルは喋るのが苦手である。リルの報告も、言葉足らずも甚だしかったが、チェストは、文脈から意味を想像して、解釈した。

「リルさんの本名は、限られた人にしか知られていない。それを言い当てられた以上、ベッペがエルヌスの生まれ変わりだというのは、真実だと判断した、と言うことですね。」

「・・・ん。」

「分かりました。それだけ聞ければ充分です。」

 その日の夕食時、チェストが宣言した。

「今日1日の行動で、ベッペの言うエルヌスの生まれ変わりという話は、信じられると判断しました。そこで、ベッペを養子に迎える手続を進めることにします。」

良い報せのはずなのだが、ベッペは驚いてしまった。

「今まで信じて頂けなかったのに、今日1日で結論が変わった理由は何でしょう?」

「信じていなかった訳ではありません。念には念を、ということです。君の疑問に答えるなら、リルさんの本名を言い当てたそうですね。それが決め手です。」

「え?本名?」

ベッペは混乱した。ベッペの前世のエルヌスは、数百年前の人物のようである。その末娘のリッリッサも、当然もう墓の下の住人で、メイドのリルは、偶然似ているだけの別人だと考えていたからだ。メイドのリルとリッリッサ・アウレリウスが同一人物だとすると、数百年生きていることになる。人間ではあり得ない。

「おや、何か混乱している様ですね。仕方ありません。説明しますが、この先の説明には、オストニアでは最高のッッッ指定の機密が含まれています。聞いてしまったら、後には引けませんよ。」

ベッペは、最高機密と聞いて、少々恐ろしいものを感じた。

「もし、聞かなかったら?」

「ここに来た時点で、君に選択権はありませんよ。」

ベッペは、知らぬ間に大事になっていることに今更気付いた。ただ、このアウレリウス本家に来なかったら死刑になっていたはずだから、選択権など始めからなかったのかも知れない。覚悟を決めたベッペは、

「秘密は、絶対に口外しないと、約束します。」

と言った。

「いい答えです。では説明しましょう。君の前世、エルヌスの末っ子のリッリッサ・アウレリウスとそこにいるリルさんは同一人物です。ですが、そのことと、君がエルヌスの生まれ変わりだと判断できるということとは、直接関係ありません。」

「待って下さい。」

ベッペは、堂々と今のソファで本を読んでいるリルの方へ振り返り言った。

「確かに、僕の」

「ベッペちゃん、僕禁止。」

「キャン。」

隣に座っていたゼフィに、尻尾を力一杯握られた。ゼフィは、小柄な体からは想像もできない握力を発揮したため、ベッペは思わず悲鳴を上げてしまった。

「とにかく、ぼ…私の前世の末っ子のリルと、あのリルさんは瓜二つです。でも、同一人物だとしたら、数百年生きていることになります。人間がそんな長生きできるわけありません。それに、見た目も少女のままなんて。」

「リルさんは、人間から不死なる竜に生まれ変わったそうですよ。」

「不死なる、竜?」

ベッペは、その単語には聞き覚えがなかった。否、前世で聞いたような気がするが、どういう状況で聞いたのか、どんな意味だったか、うまく思い出せない。

「この際ですから、不死なる竜についても説明しておきましょう。と言っても、不死なる竜は魔界の獣で、その最後の生き残りがそこにいるリルさんとアテラさんだと言うことくらいしか、僕たちも分かっていないんですが。」

ベッペは、改めて居間で本を読んでいるリルとその隣にくっついているアテラを見た。どう見ても人間の少女にしか見えない。

「不死なる竜の秘密について知りたければ、本人から直接聞いて下さい。それより肝心なのは、君がリッリッサ・アウレリウスという名前を知っていたことです。エルヌスや銀嶺騎士団、それにダモクレスは、西方世界に行ったことがあるので、今も西方にその名を知っている人がいてもおかしくはない。リルさんは違います。リルさんは、とある事情から、歴史から存在を抹消された人物なので、オストニアでもその存在を知るのは、この本家の人間以外では、片手で足りる程度の人数です。」

「歴史から、抹消…。」

「リルさんは、西方世界に行ったことがありませんから、その存在があちらで伝わっている可能性は0です。君は、そのリルさんのことを知っていた。最早、君がエルヌスの生まれ変わりという話を信じる以外、合理的説明は不可能なのです。」

ベッペは、まさかあの無口なメイドが自分の言葉の真偽を判断するためのポイントだったとは思わなかったので、チェストの説明に、まともに反応することができなかった。

「説明は以上です。これから養子縁組と難民認定の手続をしますが、その間に君にやってもらうことは、ありません。国王陛下のご意向なので、どちらも速やかに認められるでしょう。そうしたら、君は正式に僕たちの家族です。明日からは、ウェルやゼフィと一緒に、魔法の訓練を始めて下さい。」

これでベッペは無事受け入れられる、オストニア王国にも、アウレリウス本家にも。ただ、ベッペの中で、なんとなくモヤモヤしたものが残った。


 夕食後、食事の後片付けをしているリルに、珍しくゼフィが声を掛けてきた。

「今日から、ベッペちゃんは、私と相部屋。」

ゼフィはそれだけ指示すると、居間の方に行ってしまった。余程ベッペのことが気に入ったらしい。リルは、食事の片付けを手早く済ませると、客間にあったベッペの荷物を、ゼフィの部屋に移しておいた。ゼフィの部屋にはベッドが1台しかないが、ゼフィもベッペも幼児である。充分一緒に眠れる広さだろう。

 夜。

「ベッペちゃん、私と寝る。」

「えー!ゼフィさんと同じベッドなんて。」

「選択権なし。」

「キャン。」

ベッペは、ゼフィに尻尾を踏まれた。その後、ベッペは毎夜、ゼフィの抱き枕にされることが決定したのだった。

 同じ頃。リルは、居間でベッペのために買ってきたスカートの改造をしていた。後ろの縫い目を半分ほど解き、尻尾を出すスリットを作ったら、その周りを端切れで補強する。スリットの上に釦を付けたら、釦ホールになる細めの縄を縫い込んで、完成だ。

 居間で作業をしていると、奥の書斎から、レニがウィスキーの瓶とグラスを持って出て来た。銘柄はクレイモアだ。普段は自室で一人飲みなのに珍しい。

「リル様、お邪魔でなければ、お話ししてもいいですか?」

リルは、べつにはなしをきくだけなら、と思った。

「お姉ちゃん、聞くだけなら、って。」

いつも通り、リルにくっついていたアテラ(アテラも学園では家政学科だったので、手芸はできるはずだが、手伝わない)が通訳した。

「では、ご一緒させて頂きます。」

すぐに話し始めるかと思ったが、レニは、何も言わず、グラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぎ、その香りを嗅いでいる。香りを一通り楽しんだところで、レニが徐に話し始めた。

「リル様は、運命を信じますか?」

リルは、やぶからぼう、と思った。

「お姉ちゃん、何で?藪から棒に、だって。」

「今晩のチェストとベッペさんの様子を見ていて、ふと、運命という言葉が浮かんだんです。」

リルは、うんめいなんてまけいぬのとおぼえ、と思った。少々自虐を込めたニュアンスだ。

「お姉ちゃん、運命なんて負け犬の遠吠えだって。」

「負け犬ですか。相変わらずリル様は手厳しい。私は信じていましたし、運命を呪ったことさえあります。弱いんでしょうね、私は。」

レニは、グラスを傾け、ウィスキーを1口。口の中で転がして、充分に味わってから飲み込む。

「私は、騎士の中の騎士になるために、幼いうちから厳しい訓練を課されました。王女としてぬくぬくと育った時期もありましたからね、とてもつらく感じました。どうしてこんなにも厳しい訓練をしなければならないのだろう、と。」

リルは、レニの話を耳だけで聞いて、作業を続けている。そのリルの様子を気にせず、レニは続けた。

「騎士の中の騎士さえなければ、ダモクレスさえなければ、と、何度も思いました。リル様、リル様に尋ねるのはお門違いかも知れませんが、何故、ダモクレスのような特別な魔法騎士(マジックナイト)しか動かせない魔導従士(マジカルスレイブ)が存在するんでしょうか?国王軍は充分精強なのに、何故、騎士の中の騎士が必要なんでしょうか?」

リルは、だもくれすはぱぱとおやかたのさいこうけっさく、ぱぱがつかうぜんていだったから、ぱぱくらいのまほうののうりょくがないとうごかせない、ただ、だもくれすがつくられたけいいはそうでも、それをさいこうせんりょくとしてのこしたのはそのごのにんげんのけつだん、ないと・おぶ・ないつもそう、と思った。

「えっと、お姉ちゃん、人間の決断だって。」

アテラは、大分端折って翻訳した。

「人間の決断ですか。それでは、やはり私は弱い人間です。ダモクレスという力、騎士の中の騎士という力に頼って、チェストに同じ道を課したのですから。」

リルは、そうかも、にんげんがつよくなれば、ないと・おぶ・ないつにたよるひつようはなくなる、と思った。

「これから強くなればいいんだよ。」

「そうですね。そんな日が来れば…。リル様に話して、少し楽になりました。ありがとうございます。」

「どういたしまして。」

レニは、憑き物が落ちた様な顔で、自室に下がっていった。リルは、あれ、やっぱりさいごだけあてらとれにがふたりでしゃべってた、と思った。

 そんな調子で数日間、リルは夜なべをして、ベッペのスカートの改造を終わらせた。


 ベッペの養子縁組を進めることが決まった翌日。その日からベッペの魔法の練習が始まった。ただ、前世の記憶があるベッペは、相当高度な魔法が使えたし、農場を脱出するため魔力(マナ)のトレーニングも密かにしていたため、5歳にしては異例の魔法能力があった。ベッペの魔法の教育も任されたリルは、どんな訓練をさせようか悩んでいると、ゼフィが、レニの書斎から勝手に分厚い本を持ち出してきた。

「ベッペちゃん、これで勉強。」

「何ですか?この本。随分古い本ですね。えーと、タイトルが『魔導書』、著者が『オルティヌス・アウレリウス』。ん?オルティヌス?」

ベッペは何かに引っかかっているようだ。そして暫く考えた後、突然大声を出した。

「あー!オルティヌス、オルティヌスです。昨日名前が思い出せなかった僕の」

「ベッペちゃん、僕禁止。」

「キャン。」

そろそろ定番になりつつある遣り取りは置いておいて、

「私の前世の長男、オッティです。」

リルは、おにいちゃんのこともおもいだした、と思った。

「オルティヌスって聞いたことある名前だけど、お姉ちゃんのお兄ちゃんだったんだ。」

「ベッペちゃんもようやく思い出したですぅ。」

外野の反応はさて置き、リルは、じょせふぃーなのまほうのうりょくはごさいにしてはじゅうぶん、ならおじょうさまのいうとおりおにいちゃんのまどうしょでべんきょうさせてみるのもてかも、と思い、

「・・・じょせふぃーな、それでべんきょう。」

と言った。

「分かりました。頑張ります。」

ベッペは素直ないい子で、しかもこの時代のオストニアについて無知だった。だから、まだ王立大学の研究者すら読み解けていない魔書、通称「万能の天才オルティヌスの魔導書」で勉強することを了承してしまった。

 子どもたちの魔法の練習が終わるタイミングに、リルが居間へ茶を持って行くと、

「リルちゃんのお茶ですぅ。」

「ありがとうございます、リル小母様。」

「…。」

他の面々はいつも通りの反応だったが、ベッペは、

「ぜ、全然分かりません。おかしな子だとは思っていましたが、まさかここまで意味不明な内容だったなんて。」

と、前世の息子の書いた本に大苦戦させられていた。

 午後は、ウェルの剣の稽古を見て、後は子どもたちを自由に遊ばせる。リルは、ウェルの稽古の相手ができるのも学園の長期休暇中だけなので、打ち込みの稽古までやらせた。

「はあ、はあ。今日も届きませんでした。情けない。」

リルは、たった1日でも成長を感じさせるウェルに、こうせいおそるべし、と思った。

「校正恐るべし?」

「後生畏るべしですぅ。」

「康生。」

リルは、いのうえ?と思った。

「む。」

ゼフィは小ボケが不発で不満そうだ。

「あの、盛り上がるのはいいですが、リル小母様は、まだ1言も発していないのでは?」

「ぼ…私の前世も散々それで苦労しました。」

 ウェルの稽古が終わると、

「ベッペちゃん、お手。」

と、ゼフィがベッペで遊び始めた。

「私を犬扱いしないで、キャン。」

いつの間にか、ベッペの尻尾がゼフィに握られていた。

「お手。」

「わん。」

「おかえ。」

「わん。」

「おまわり。」

ベッペはその場で回って、

「わん。」

「いい子、いい子。」

ゼフィがベッペの頭をナデナデしている。

「わん。」

ベッペは、順調にゼフィによって躾けられていくのだった。

「ベッペちゃんん、ワンちゃんみたいですぅ。」

「ゼフィも、悪ふざけはほどほどにしてあげて下さいよ。」

「お兄ちゃんが言うなら。」

「ぼ…私の意思は無視なのに⁉」

子どもたちが勝手に遊んでくれるので、リルの家事も大分捗るようになった。

 それから数日後、子どもたちが遊んでいる時に、ベッペが、

「忘れかけていましたが、未解決の問題がありました。リルさんが不死なる竜だというのは、どういうことですか?」

と、言い出した。リルは、言葉で説明するのが面倒だったので、ひゃくぶんはいっけんにしかず、と思って、ポフンと本来の姿、幼竜体に戻った。すると、必然、場の注目がリルに集まる。

「小っちゃい竜さんですぅ。」

「これが、リル小母様の本当の姿…。」

「まだ子ども?」

と、口々に感想が漏れるが、ベッペだけは、

「小さな黒竜。前世の記憶にある気がします。」

と、何か思い出そうと、考え込んだ。リルは、本来の姿を見られていると、なんだか裸を見られるのと同じ様な羞恥心が湧いてきて、数秒で、ポフンと普段のメイド姿に戻った。

「思い出しました。ぼ…私の前世の記憶では、末っ子のリルは、いつも竜王様という小さな黒竜を連れていて、不死なる竜と言っていました。」

リルは、あのころはわたしがままのはしためだった、しゅかくてんとう、と思った。

「お姉ちゃん、婢とか主客転倒とか、難しい。」

アテラが言うので、リルは、はしためは♀、しゅかくてんとうはしゅごともくてきごがはんたいになること、と教えておいた。

「なるほど。♀。それからママがお姉ちゃんを従えてたってことだね。」

「♀ですぅ。」

「♀。」

「あの、いつものことですが、リル小母様は何も言っていないのでは?」

「ぼ…私たちにも分かるように言って下さい。」

2人の訴えは無視された。


 4月になって、学園も始まり、ウェルはエカテリンブルの寮生活に戻った。ちなみに飛び級はしていないので4月から2年生である。そうして、5人で食卓を囲んでいたある日の晩、チェストが、

「僕たち夫婦とベッペの養子縁組について、裁判所の許可が出ました。」

と報告した。

「あの、何故養子縁組に裁判所の許可が必要なのでしょうか。」

「それは…リルさん、説明して下さい。」

基本、武術と魔法以外に疎いアウレリウス家の大人たちは、説明をリルに丸投げした。リルは、しかたない、と思い、読んでいた本をその場に置いた。それから、

「・・・みせいねんのようしえんぐみには、じつかたのしょうだくがひつよう。・・・でもじょせふぃーなのじつかたは、しょうだくできないから、かわりにさいばんしょがきょかをだした。」

と、代諾の仕組みを説明した。リルは、たくさんしゃべってつかれた、と思った。

「と言うことだそうです。」

 翌日、養子縁組届が提出され、ベッペは晴れてアウレリウス本家の一員になった。その日のうちに、国王が手配した代書士により、ベッペの難民認定申請が、司法省に出された。


 それから2週間ほど。夕食時に、

「ベッペの難民認定が、司法大臣から下りました。これでベッペも合法にオストニアに滞在できる身分を手に入れたことになりますね。」

チェストが言った。

「ありがとうございます。お父様。長い道のりでした。」

「それで、難民として暮らしていく上での注意ですが、まず、帰国はできません。」

「あんな国に未練はありません。」

「それなら良かった。それから、就職に関しても、身分が難民のままだと、かなり制限されます。軍人になれないのは勿論ですが、ラボに就職することもできません。」

ラボとは王立魔導従士研究所の通称である。

「え?」

「つまり、難民のままだと、ベッペの目標である魔法騎士になるのは、不可能です。」

「そんな、聞いてません、お父様。」

ベッペは難民認定さえされれば、魔法騎士になれると勝手に考えていたので、大変動揺した。

「最後まで聞いて下さい。難民は国民ではないので、国家権力の行使には携われないのです。だから、ベッペがオストニアの国民になれば、この問題は解決します。幸い、オストニアには帰化の制度もありますし。」

ベッペは、チェストの話の続きを聞いて、1筋の光が見えた気がした。

「帰化ですね。どうすれば帰化できるのですか?」

「それは…リルさん、説明して下さい。」

やっぱりリルに丸投げされた。ただ、帰化の要件は、極めて複雑である。言葉で説明するのは困難だ。リルは、

「・・・いまはむり。」

とだけ答えた。

「今は、と言うことは、将来的には可能なんですね?そうですよね?」

ベッペは、すがるような目でリルを見た。リルは、

「・・・いずれは。」

と、含みを持たせた答えをした。

「できることが分かれば充分です。今からその時のために、修行に励むのみです。」

ベッペは、リルの言葉をポジティブに解釈して、闘志を燃やしている。リルは、やるきがあるのはいいこと、と思った。

「お姉ちゃんが、ファイト、だって。」

「はい。」


 その後も平和に日常は続いた。ただ、世界は一家の知らないところで激変を始めているのだった。

〈第1章完〉

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