不死なる竜の姉妹
ここではない異なる世界。
オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部にある王城ウラジオ城、その中にある小さな執務室で、男が1人書類仕事をしていた。その男の後ろに、影が現れる。
「報告します、室長。」
室長と呼ばれた男は、影の方に振り返らず、耳だけで報告を聞いた。
「例の不死なる竜の母娘のことです。死亡届が出された母親について、1ヶ月間捜索しましたが、その所在は不明でした。不死なる竜の名の通りなら、死亡は嘘でしょうが、所在の手がかりは得られませんでした。」
「相手は、得体の知れない魔界の獣だ。魔界に帰ったのかも知れん。」
ようやく、室長が、反応らしい反応を見せた。
「その可能性も含めて、捜索はしました。」
「来た時も、何の予兆もなかったのだ。帰った後に、その痕跡が残らなくても不思議ではない。」
「は。」
「いない母親のことは、後回しでもいい。娘2人の監視を続けろ。」
「了解。」
答えると、影は音もなく執務室から消えた。
第1話 不死なる竜の姉妹
1
西方歴3005年。巨壁山脈東麓地方中部にある学園都市エカテリンブルにある学園前商店街。その路地裏に、知る人ぞ知る喫茶店サヴォルはあった。母親のエルマが消え、リルがサヴォルのオーナーになってから、1月ほどが過ぎた。リルは身長140センチメートルほど、プラチナブロンドの髪をサイドポニーにまとめ、碧い愛らしい瞳が印象的だ。見ようによっては10歳未満にも見える小柄、童顔だ。この間、喫茶店に来る客からは、
「あれ、お嬢ちゃんたちだけ?ママは?」
などと問われることはあったが、リルは無言で首を横に振るだけだった。多くの客は、それ以上の追求はしない。妹のアテラには、エルマが「竜王の心臓」だけの存在となって、アテラの中でまだ生きているという事実は、姉妹2人だけの秘密にするよう、言い含めてある。アテラは、腰まで伸ばした癖のない黒髪を首の後ろで1本に束ね、髪と同じ色のつぶらな瞳がチャーミングだ。10歳のころから背が伸びていないが、それでもリルよりも頭半分ほど長身である。
エルマなき後、カウンターにはリルが立ち、アテラには、ウェートレスの仕事をさせている。アテラはその合間に、夜(午後7時~11時)のバーの営業で出す日替わりおつまみの仕込み作業もしてもらっているから、2人とも、喫茶の営業時間(午前11時~午後6時)中は、休憩なしである。1月もすれば、この役割分担にも慣れたし、客もエルマのことを尋ねてくることは、なくなった。
そんなころ。リルは、アテラと一緒に、毎朝の日課の散歩をしている時に、気付いた。リルたちを監視している者が2人。気配の消し方その他の挙動に、共通点があるから、2人は同じ所属だろう。参謀本部情報調査室チーム・マゼンダ所属の調査員だ。
リルたちは人間ではなく、不死なる竜で「人化」の魔法で人間に化けているだけなので、不死なる竜を危険視する軍の常時監視下に置かれている。普段は調査員1人だけなのだが、この日は2人いた。
リルは、特段の敵意を感じなかったので、努めていつも通り振る舞った。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
アテラには、マゼンダの調査員の気配は感じられないのだろう。リルは、なんでもない、と思った。街角のキオスクでその日の新聞を買い、帰宅する。リルたちが住んでいるのは、サヴォルの2階の居住スペースだ。我々の世界の尺度で言うと、2DKの間取りだ。
サヴォルに近づくと、マゼンダの気配が更に増えた。4人の調査員がサヴォルを取り囲むように配置されている。やはり敵意は感じない。リルたちがサヴォルの2階に上がると、リルたちを監視していた2名も、包囲網に加わった。
そのまま、いつも通り開店準備を整え、午前11時に、店を開けたが、どういうわけか、いつも昼前にやってくる常連さんたちが、その日は来なかった。代わりに、1人の人物が来店した。
「失礼します。」
その人物は、少女の様な銀髪の美少年で、リルとは面識があった。否、彼は、見た目はともかく、年齢的には、大人のはずである。すでに子どもがいてもおかしくない。彼は、案内を待たずに、カウンターの左から3番目、リルの正面の席に座った。
「ご無沙汰しております。その節は、妹がお世話になりました。」
「・・・ちぇすと。」
彼の名は、チェストゥス・アウレリウス。かつて、リルの弟子として、このサヴォルに出入りしていたテリャリッサの兄である。そして、
「それから、ご報告が遅れましたが、母様から、騎士の中の騎士を襲名しました。」
リルが人間だったころの長兄オルティヌスの子孫で、代々の騎士の中の騎士を輩出する家柄、アウレリウス本家の長男である。
「・・・ごちゅうもん?」
リルが尋ねると、チェストは、
「紅茶を下さい。それほど長い話ではありません。」
と、応じた。チェストは、リルたちに用事があって、サヴォルに来たのだ。リルが、いつも通り無言で紅茶を淹れていると、徐にチェストは話し始めた。
「エルマさんがいなくなった、というのは本当だった様ですね。お子さん2人でこのお店を切り盛りするのは大変でしょう。」
リルは、首を横に振った。その視線は、チェストの方ではなく、落ちる砂時計の砂粒に向けられている。この砂が全て落ちたら、紅茶が出たサインだ。
「相変わらず無口ですね。今日は、お2人にお話があって来ました。陛下のご下命です。」
この年の4月1日に、前国王ドラク2世は退位し、替わって現国王ヒュドラ1世が即位していた。絶対主義を掲げるオストニア王国では、国王の代替わりが政策の転換点になることはよくある。リルは、しんこくおうは、わたしたちにどういうようきゅうをつきつけるんだろう?と思った。
「陛下のご下命?」
アテラは、ことの重大さがいまいち分かっていないようだ。リルは、おうさまのめいれいがあった、と教えておいた。
「はい。陛下は、不死なる竜であるお2人が、オストニアの市中にいるのは望ましくないとお考えです。そこで、騎士の中の騎士である僕の家で、お2人を引き取るようにと、命じられました。」
「・・・それだけ?」
リルは、最悪、魔界に帰るよう言われる可能性も考えていたから、アウレリウス本家に引き取られるだけで済むなら、随分ましな扱いに思えた。
「はい。陛下は、騎士の中の騎士の監視下にあれば、不死なる竜であるお2人にこちらの世界で暮らして頂いても、良いとお考えです。」
リルは少し悩んで、チェストに尋ねた。
「・・・このおみせは、どうなる?」
「アウレリウス家で、営業を買い取らせて頂きます。こういったお店の経営に精通した人材を、院がご紹介下さるそうですから、サヴォルは今まで通り、路地裏の隠れた人気店として続いていきます。安心して下さい。」
ちなみに院とは、退位した前国王ドラク2世のことである。
「・・・ほんけでは、わたしとあてらは、なにをする?」
「お手伝いさんとして働いて頂く積もりです。」
「・・・そとのまぜんだも、ちぇすとのさしがね?」
「おや?マゼンダが動いているのですか?」
チェストは、本心から心当たりがなさそうに言った。リルは、ちぇすとは、ないと・おぶ・ないつといってもまだみじゅく、まぜんだはぷろ、きづかなくてもしょうがない、と思った。ただ、国王とチェストの動きとは関係なく、軍がこれほどの動きを見せているのは、少し気になる。
それはそうと、リルは考えた。ちぇすとのおふぁーをことわれば、たたかいになる。まけるとはおもわないけど、そうなったら、もうおもてのせかいにはいられない。それはこまる。うけいれると、おみせはつづけられないけど、ほんけのおてつだいさん。たぶんたいくつはしない。しょうきょほうだけど、ちぇすとのいうとおりにしていいか。
「私はお姉ちゃんと一緒なら、どこでもいいよ。」
アテラの行動原理は一貫している。とはいえ、姉妹の結論はでた。
「・・・しかたない。」
「そうしていただけると、僕も助かります。出発は明日の朝。それまでに、引っ越しの準備を整えておいて下さい。」
そう言うと、チェストは残りの紅茶を飲み干し、10オース銅貨3枚と、穴の空いた5オース銅貨1枚を置いて、店を後にした。
「ごちそうさまでした。紅茶、美味しかったです。」
チェストがサヴォルから去ると、店を包囲していたマゼンダの調査員の気配も、1人を残して消えた。
サヴォルのその日の営業は、臨時休業にすることにし、リルは、サヴォルのドアに、「しばらくのあいだ、きゅうぎょうします。」と、張り紙をしておいた。
さて、引っ越しといきなり言われても、何を持って行ったらいいか、リルは戸惑っていた。寝室の本棚には、読み終わった本が山のように収められているが、どれもそろそろ古本屋に売ろうと思っていた本である。売らずに残しておいた「銀嶺騎士団物語」シリーズも、ここにある復刻版ではなく、原版がアウレリウス本家にはあるだろう。それに、不死なる竜であるリルとアテラには、着替えも必要ない。「人化」の魔法で、好きな姿になれるからだ。アウレリウス本家なら、家具、家魔(家庭用魔道具の略)も揃っているだろう。リルは、あてら、なにもってく?と思った。アテラは、リルの微妙な表情の変化(他人には無表情に見える)を読み取って、リルの言いたいことが分かるのだ。
「ミラージュちゃん!」
アテラは、自作の森天竺鼠という白と茶色の斑模様のネズミに似た、小型魔獣のぬいぐるみをかかえて言った。
どうしたものかと、リルが寝室を見回していると、魔法の金庫が目に入った。この金庫は、サヴォルの営業資金とは別に、リルが個人的に貯めたお金が保管されている。中には、リルが人間だった時代の金貨もそこそこの量入っていて、現在の価値なら、おそらく、数百万オースにはなるだろう。この先、金庫の中のお金を使う機会があるかは分からないが、置いていくのはもったいない気がした。
翌日、街の外の駐機場に行ったら、アウレリウス家の紋が入った「S-03」型魔導車と、幌者ではなく、立派な箱車が繋がれていた。リルは、持ち前の怪力で魔法の金庫を担いで、アテラはぬいぐるみを抱きかかえて、箱車に乗り込んだ。
「来ましたね。忘れ物はありませんか。」
魔導車の機関室と、箱車の中を繋ぐ有線通信機から、チェストの声が聞こえた。
「・・・」
「大丈夫!」
アテラにしゃべり出すタイミングを取られた。それはともかく、
「では、工房都市に参りましょう。」
と、チェストが宣言し、魔導車は、アウレリウス本家がある工房都市カメンスクに出発した。
2
王城ウラジオ城にある小さな執務室で、男が書類仕事をしていた。そこへ影が現れる。部屋の主の男は待ちきれないとばかりに、影に振り向き、
「結果を報告せよ。」
と言った。影は、
「は。騎士の中の騎士が動いたのは、不死なる竜の小娘2人を工房都市に連れ帰るためだったようです。」
「不死なる竜が狙いとは…。分かった。マゼンダは、任務に戻れ。工房都市での不死なる竜の監視は、当地に駐在するシアンに任せてよい。」
「了解。」
影は音もなく執務室から消えた。直後、部屋の主、情報調査室長は、別の部下を呼んだ。
「参謀本部長にアポをとれ。至急だ。」
場所は変わって、参謀本部長室。
「至急の要件とは、何だ?」
「は。騎士の中の騎士が不死なる竜の小娘2人を確保しました。」
情報調査室長の報告に、参謀本部長は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに、
「目的は不死なる竜か。陛下が騎士の中の騎士をわざわざ動かすのだから、余程のこととは思っていたが。早急な報告、ご苦労。私は元帥との打ち合わせがある。仕事に戻れ。」
「了解。」
同じ階にある、元帥執務室。大きな両袖の机に座る元帥の前で、参謀本部長が直立不動で、報告していた。
「と言うことで、陛下の狙いは、騎士の中の騎士を使って、不死なる竜を保護という名目で、陛下の手札に加えることにあると考えられます。」
「何だと。そうでなくても騎士の中の騎士という我が国最大戦力が軍の指揮系統外にいるというのに、そこに新たな手札を加えようというのか。陛下はそこまで軍を軽視しておるのか。」
「現時点の情報では、そのように想像せざるを得ません。」
「むう。何としてもこれ以上軍の存在感が低下するのは阻止するのだ。場合によっては、西方の戦乱を利用することになっても構わん。」
「元帥閣下、お言葉が過ぎるかと。」
「む。確かに、西方への介入はやり過ぎか。とはいえ、結果が必要だ。陛下に我が軍の力を見せよ。」
「了解しました。さしあたって、東を目指しましょう。」
このように、新国王の存在は、軍すら振り回すのが、絶対主義である。
アウレリウス本家がある工房都市カメンスクは、オストニア王国における魔導従士開発、製造の総本山である、王立魔導従士研究所、通称ラボの所在地である。というか、街の大半が、ラボの関係施設である。
魔導従士とは、鎧騎士を5倍程度に相似拡大したような姿をした、魔法で動く巨人兵器である。この世界には、生身の人間では到底対抗できない大型魔獣が存在するので、このような巨人兵器が発達したのである。そして、オストニアでは、魔導従士の生産及び開発は、ラボが専属的に担っている。
ラボで行われている魔導従士開発は、当然ながら軍事機密の塊である。そのため、ラボの所在地である工房都市カメンスクは、他の街とは一線を画す情報統制が敷かれている。まず、なんと言っても、正確な位置は公表されておらず、地図にも載っていない。そして、工房都市に入るにも出るにも特別な許可が要り、郵便の発受信も制限を受ける。工房都市の住人は、この街のことを、1度入ったら出られない「監獄都市」と揶揄する。
そんな工房都市カメンスクに、リルたちを乗せた魔導車はやって来た。エカテリンブルを出てから走り続けること一昼夜。途中、どこの街も経由せず、主要な街道からも外れているので、リルも人間だったころ騎士だった経験がなかったら、およその場所さえ分からなかっただろう。道中、リルは起きて、何事かないか警戒していたが、アテラは長旅が退屈だったのか、出発して1時間も経たないうちに、寝ていた。
到着したのは、出発した日の翌朝。アウレリウス本家は、街の北西の角にあった。町の中央を南北に貫く細い街道より西側は、斜面になっていて、西に行くほど高くなっている。アウレリウス本家のロケーションは、ちょうど街の全容が見下ろせる絶好の場所だった。チェストは、そのまま出勤すると言って、魔導車を車庫に片付けたら、工房の方へ行ってしまった。中に前任のお手伝いさんがいるから、必要なことは彼女に聞け、とのことだった。
リルとアテラが家の呼び鈴を鳴らすと、年かさの女性が出てきた。この人が前任者だろう。
「いらっしゃい。おや、噂には聞いてたけど、本当に可愛いおちびちゃんたちだね。」
リルは、ちいさいのもカワイイにかかせないようそ、と思った。
「カワイイでしょ。」
アテラの態度は、一貫している。
「あいさつもなしかい。まったく最近の若い子は気が利かない。まあ、まず使用人部屋に案内するよ。」
前任者のお手伝いさんは、リルとアテラを引き連れて、使用人部屋に案内した。おばさんに引き連れられて歩いている間、リルは奇妙な既視感を覚えていた。リルは、まどりがえかてりんぶるのおうちといっしょ、と思った。
使用人部屋は、階段下の、半地下のスペースだった。エカテリンブルの旧アウレリウス邸では、ここは物置として使われていた。中に入ると、半地下ならではのジメッとした空気が漂っている。置かれているのは、小さなベッド1台だけ。おばさんの荷物はなかった。
「あたしゃ、旦那のお母さんが病気で、看病のために、ここを辞めるんだ。引き継ぎは特に必要ないって、奥様のお達しだから、後は、あんたたちでやんな。」
言い残すと、おばさんは、屋敷を出て行ってしまった。
リルは、担いで来た魔法の金庫を下ろすと、使用人部屋の適当なところに置いておいた。アテラは、さっきからずっと、リルにくっついている。リルは、これからは、このいえのおてつだいさん、いいかえればめいどさん、ならふさわしいかっこうにきがえないと、と思って、ポフンと音を立てて、衣装を変えた。新しい衣装は、いわゆるメイド服だ。アウレリウス家の家格に合わせて、露出控えめで、カワイさの中にも上品さが漂うデザインにした。
「私も。」
アテラも、同様に、ポフンと音を立てて、同じデザインのメイド服姿に変身した。
さて、使用人として働く以上、家の中のことは把握しておかないと思い、リルは、アテラを連れて、広い邸宅の中を見て回ることにした。とりあえず階段を上って2階から見て回ることにする。
エカテリンブルの旧アウレリウス邸には、2階に大小5つの寝室があったが、この家の間取りはリルが感じた通り、旧アウレリウス邸のものそのままだ。
「そのままなんだ。旧アウレリウス邸って家魔のお店があったところだよね。」
アテラの言う通り、旧アウレリウス邸は、家魔を売るマネシトゥスの直営店になっている。5つある寝室の内、2部屋は空き部屋で、1部屋は、男の子の、1部屋は女の子の、一番大きな部屋には夫婦の生活の痕跡があった。
「なんか、他人の寝室を覗くのって、変な感じ。」
リルは、きょうからこのいえのめいどさんだからもんだいなし、と思った。
2階を一通り見たら、1階に降りる。玄関から続きの土間に台所があって、台所には家魔が一通り揃っている。全てマネシトゥスの1番ハイグレードなモデルだ。台所から裏庭に出る勝手口もあるが、そこは後回し。台所の隣がダイニング。8人掛けの大きなダイニングセットが置かれている。
その先が居間。大きなソファと小さなソファが1脚ずつ置かれていて、縁側から、裏庭に出られるようになっている。その縁側に、小さな女の子が座っていた。歳のころはどう見ても5歳未満で、少しくすんだ金髪を、セミロングに切りそろえている。少女の隣には、デフォルメした角兎のカワイイぬいぐるみがあった。少女と同じ方向を見つめている。その方向には、やはり5歳にも満たないように見える小さな女の子が、魔法の練習をしている。こちらの娘は、銀髪をリルと同じサイドポニーに結わえ、顔の左に垂らしている。リルは、あれ、ふたりいる?と思った。
「あ、リルちゃんとアテラちゃんですぅ。」
縁側に座っている方の女の子が言った。リルは、はちょうのあうひと!と思った。リルは「どくでんぱ」を「びびび」と発信して、意思を伝える特殊能力を持っているのだ。ただリルの「どくでんぱ」を「じゅしん」できるのは、リルと「はちょう」の合う人に限られる。縁側に座っていた方の女の子の声を聞いて、魔法の練習をしていた方の女の子も、練習の手を止め、縁側までやって来た。
「ゼフィリッサ。」
「エーデルワイス・カウスですぅ。リルちゃんの弟子のぉ、テリャリッサの娘でぇ、ゼフィちゃんとは従妹ですぅ。」
女の子2人は自己紹介をしたが、口数が大分違う。ゼフィリッサは無口、一方のエーデルワイスは、それなりに社交的な性格のようだ。
「私はぁ、このうちの子じゃないんですけどぉ、1人でおうちにいるのが危ないからってぇ、このおうちにママたちが仕事に行っている間だけぇ、預かってもらってるんですぅ。」
と言う、ウィスの説明より、リルには気になることがあった。アテラが小声で、
「あのゼフィリッサって子、賢しき者の臭いがするよ。」
と言った。リルも、それが気になって仕方がない。するとゼフィが、自分を指さして、
「主。」
その後、リルたちを指さして、
「メイド。」
と言った。更に、
「呼び捨て禁止。」
と、のたまうのだ。アテラのひそひそ話も聞こえていたらしい。ただ、リルは、きにするとこ、そこ?と思った。
「人間のルール。」
想定外なことに、ゼフィは、リルの心の声に反応した。リルは、はちょうのあうひとぱーとつー!と思った。
「でもぉ、ママが言ってた通りぃ、リルちゃんからびびびって感じで声がきこえるですぅ。」
「以下同文。」
この家の子どもたちは、リルの想像以上に、厄介な相手のようだ。
ゼフィとウィスはその場に残して、リルとアテラは家の見回りを再開した。居間の奥には、書斎があって、今も誰かが使っている気配がある。多分、先代騎士の中の騎士のァレンニッサだろう。その奥には寝室があり、女性1人分の生活感があった。レニの夫の気配がないのが少し気になる。
家の中を回り終えたリルは、勝手口から裏庭に出た。裏庭から入る別棟に、風呂とトイレがあるのも、旧アウレリウス邸と同じだった。
それから、居間にいる、ウィスのところに戻る。ウィスは、縁側から、魔法の練習をしているゼフィの見学をしているようだった。そのゼフィは、小柄な体格に似合わず「炎の玉」や「雷の矢」などの、中級魔法を連発していた。これも悪魔(不死なる竜は悪魔のことを賢しき者と呼ぶ)力の一端だろう。リルは、えーでるわいすはたいくつしない?と思った。
「ここでゼフィちゃんの練習を見てるですぅ。退屈はしないですぅ。」
リルは、ならしばらくふたりでいて、そのあいだにかじをするから、と思った。
「分かった、お姉ちゃん。」
「はいですぅ。」
「…。」
聞こえて?いるはずだが、ゼフィから反応はなかった。
リルは、寝室に脱ぎ散らかされた洗濯物を回収して回った。アテラもピッタリくっついてきた。洗濯物がそのままになっていたのは、2階の夫婦の寝室と、1階の奥の寝室の2カ所。どちらも女性物だったので、チェストの妻とレニの分だろう。洗濯物を抱えて別棟に行くと、風呂の前の脱衣所に、魔法の全自動洗濯機があった。洗濯物を放り込んで、スイッチを入れれば、洗い、すすぎ、脱水、乾燥までしてくれるハイエンドモデルだ。ただ、約300年前、リルが考案(魔法に関してはオッティにも手伝ってもらった)した物と基本は変わっていない。すぐに使いこなすことができた。
「お姉ちゃん、すごーい。」
リルは、わたしがつくったものだからとーぜん、と思った。
魔法の全自動洗濯機がウヲーン、ウヲーンと仕事をしている間に、部屋の掃除をする。1部屋を除いて、掃除が行き届いており、箒でサッと掃いて、居間の縁側から掃き出せば終わりだった。掃除が行き届いていなかったのは、意外にもレニの部屋だ。リルは、しっかりしてそうにみえて、いがいとだらしない、と思った。
「だらしない。」
アテラもリルの真似?をした。
アウレリウス邸は広い。掃除が一通り終わるころには、洗濯物も乾燥まで終わっていた。リルは、洗濯機から洗濯物を取り出すと、居間の縁側まで運び、畳み始めた。裏庭では、まだゼフィが、魔法の練習をしている。リルは、ちゅうきゅうまほうをこれだけうちつづけられるなら、たいしたもの、と思った。
「ゼフィちゃんん、リルちゃんが大したものって言ってるですぅ。」
「当然。」
「これも賢しき者の力?」
アテラは、さっきからリルにくっついているが、家事を手伝っていない。リルは、洗濯物を畳みながら、そのとおり、と思った。
「賢しき者って何ですぅ?」
「悪魔。不死なる竜は、悪魔をそう呼ぶ。」
無口なゼフィも、ウィスの疑問には答えた。
リルが洗濯物を畳み終え、各部屋のクローゼットにしまったら、居間のソファでゼフィとウィスが座っていた。
「休憩。」
リルには、なんとなくゼフィの言わんとしていることが分かったので、台所でお茶を淹れて、居間で休憩している幼児2人に持って行った。
「・・・」
「お嬢様、お茶です。」
アテラに台詞を取られた。
「リルちゃんが淹れてくれたお茶ですぅ。」
「…。」
ウィスは表情豊かだが、ゼフィは相変わらず無反応。
午後になって、ゼフィが、
「遊び相手。」
と言った。ウィスも、
「リルちゃんとアテラちゃんが遊んでくれるですぅ。」
と言っている。子どもたちの相手も、メイドの仕事のようだ。ゼフィは、リルを指さし、
「馬。」
自分を指さし、
「騎士。」
と言った。リルは、仕方なく四つんばいになったら、ゼフィが、リルに跨がってきた。その後、ゼフィが飽きるまで、騎兵ごっこの馬をやらされた。ウィスは、ソファで馬をやらされているリルを眺めていた。
「お姉ちゃん、お馬さんごっこ上手。」
アテラも替わってくれる気はないらしい。
3
夕刻になって、チェストが女性3人と、帰ってきた。1人はリルと同じくらい小柄で、見覚えがある。レニだ。くすんだ金髪のショートヘアは、前あった時と同じだが、服は騎士の中の騎士の制服ではなかった。もう1人は、グラマーな女性。最後の1人は、細身で長身の女性だったが、なんとなく子どものころの面影がある。
「ウィス、迎えに来たよ。あ、リルちゃんとアテラちゃん。アテラちゃんは大きくなったのに、リルちゃんはそのまんまだね。」
テラだった。リルは、てらがふつうにしゃべってる、と思った。
「えへへ、昔はぶりっこしてたからね。若気の至りって奴?」
「若禿のイタリー。」
ゼフィが、ぼそっと言った。リルは、ちょっとむりがある、と思った。
「む。」
ゼフィは、小ボケが不発だったのが悔しいらしい。りるは、そういえばなんでえーでるわいすはきらきらねーむ?と思った。
「~イッサとか~ウスって、古くさくない?」
リルは、でもてらには~いっさがついてる、と思った。
「うちはお母様が保守的なの。元王女様だし。」
リルは、そんなもの、と思った。
「そんなもの。」
アテラもリルの真似?をした。
「それじゃあ、私たちは帰るから。お兄様、お母様、また明日。」
「はい、テラ。また明日。」
「ご機嫌よう。」
テラは、ウィスを連れて、帰宅していった。
「さて、ただ今帰りました。」
「ただ今。ゼフィ、リルさんたちに迷惑掛けなかった?」
「ん。」
「ご機嫌よう。」
「玄関で話すのも何なので、居間に行きましょうか。」
場所を居間に移した。大きなソファに、チェストとその妻、それにゼフィが座り、小さなソファには、レニが腰を下ろした。
「改めて自己紹介です。僕はいいですね。」
「チェストの妻のエヴィーティッサです。ヴァルトフス伯爵家から、嫁入りして参りました。エヴィータとお呼び下さい。ゼフィも自己紹介して。」
「もうした。」
「すみません。この子は少し無愛想でして。今4歳です。」
エヴィータの説明を聞いて、リルは?と思った。
「どうしたの?お姉ちゃん。」
リルは、あうれりうすけでは、ごさいからまほうのれんしゅうをはじめる、と思った。
「あ、じゃあ、お嬢様が昼間、魔法の練習をしてたのが変なんだ。」
「おや?ゼフィには、まだ魔法の教育はしていないはず。」
「余計なことを。」
ゼフィは、バラされたのが不快なようだ。両親にも聞こえない小さな声で、不満を口にした。自己紹介は続く。
「ァレンニッサです。今は、当家の当主で、ラボの第0工房長もしています。アテラ様とは、初めましてですね。」
「では、リルさんたちも。」
チェストが言った。
「・・・リル。」
「アテラだよ。よろしくね。」
2人の態度も、大概使用人らしくない。
「他に、今はエカテリンブルの学園で寮生活をしていますが、長男のウェルギリウスがいます。この春初等部の1年生になったばかりですね。僕の後継者候補です。では、リルさん、アテラさん、夕食の支度をお願いします。」
リルたちが、台所で夕食の支度をしている間、一家は、居間で家族団らんの時間を過ごしていた。リルは、ありもので、適当に夕食を作った。アテラは、リルにくっついているが、やっぱり手伝う気はないらしい。
一家が夕食を取っている間、リルとアテラは、使用人部屋にいた。主と使用人は同じ食卓を囲むことはないらしい。リルもアテラも不死なる竜で、食事が必要ないので、この時間は意外と暇である。
一家の食事が終わったら後片付けだ。食器を一つ一つ洗い、拭いて食器棚にしまう。アテラは、リルにくっついているだけで、ここでも手伝わなかった。
夕食の片付けが終わると、メイドの1日が終わる。
「では、明日の朝食も、お願いします。」
リルは、無言で頷いた。それから、使用人部屋の小さなベッドで、アテラと2人、就寝。2人とも小柄なので、抱き合って寝ると、ちょうどいい広さだった。
翌朝、朝食の片付けを済ませたころ、
「お兄様、参りました。」
と声がして、テラがウィスを預けにやって来た。
「それでは、留守の間、子どもたちをよろしくお願いします。」
「行ってきます。」
「ご機嫌よう。」
大人たちは、ラボの第0工房に出勤していった。
リルとアテラは、チェストたちが仕事に行っている間に、家事をしながら、子守。と言っても、働いているのはリルだけで、アテラは一向に手伝う気配を見せないのだった。
4
王城ウラジオ城3階にある国王臨席専用会議室で、密会をする者がいた。
「ご苦労だった。さすがは騎士の中の騎士と言ったところか。」
国王は、1段高い玉座から、チェストを睥睨している。
「お褒めに与り光栄です。」
対するチェストもまた、腰の低い対応だ。
「だが、計画はまだ道半ばだ。不死なる竜の力を我が国の手中に納めるまで、油断をするな。」
「心得ております。」
「それと父上と其方の母が通じて、何ぞ謀っておるようだ。」
「院と母様が?」
「その辺りも注意して、慎重に事を進めよ。」
「御意。」
チェストの返事を聞くと、国王は専用の出入り口から、会議室を去った。
「院と母様…。何を考えていらっしゃるのでしょう?」
レニは、院の妹である。譲位して第一線を退いた院と、独自のパイプを持っていても不思議ではない。ただ、それを言うなら、チェストも国王の従弟なのであるが。
アウレリウス本家におけるリルとアテラの扱いは、文字通り使用人のそれだった。現当主、つまり雇い主のレニだけは、リルもアテラも様付けで呼び、
「事前に伺った話では、リル様は本がお好きだとか。リル様、日中、退屈でしたら、私の書斎にある本をお読み下さい。」
と、気を遣ってくれるが、チェストは、
「母様。今は、雇い主と使用人です。そこは弁えて下さい。」
と、リルたちに気を遣うレニの態度が気に入らないようだ。リルは、やといぬしはあくまでれに、とレニの言葉に甘えて、彼女の蔵書を読んで、食事時間中の退屈しのぎをしていた。
代わり映えのしない毎日に、変化が訪れたのは、7月に入ってからだった。
「リルさん、明日からしばらくお客様がいらっしゃいます。客間の準備をしておいて下さい。」
チェストに言われたので、リルは、空き部屋1つを客間として使えるよう整えた。
「いらっしゃるのは、スプリティッサ・エカテリンブルフス嬢。エカテリンブルフス公爵のご令嬢で、ウェルの許嫁です。こちらにいらっしゃるのは、将来、騎士の中の騎士の妻になる者として、相応しい修練を積むためです。リルさん、スプリお嬢様に、魔法の基礎と、練習法を教えてあげて下さい。」
リルは内心、めんどう、と思ったが、逆らうのも得策ではない。普段の家事に加えて、しばらくアウレリウス邸に滞在するスプリの教育係もすることになった。
「お姉ちゃん、許嫁って何?」
リルは、しょうらいけっこんするひとのこと、と思った。
「いいの?お姉ちゃんの魔法を人間に教えて。」
リルは、おしえるのはにんげんのまほうだからもんだいなし、と思った。
翌日。午前中にはスプリが到着した。リルは、掃除の手を止めて、出迎えに行く。
「スプリティッサ・エカテリンブルフスと申します。しばらくお世話になります。」
スプリは、5歳になったばかりだという。長い金髪に碧眼。オストニアでは、貴族であれ平民であれ、よく目にする髪と目の色だ。対するウェルは初等部1年生なので、6歳だ。
こんなにも早く、将来の結婚を決められるのは、オストニアの貴族といえど珍しい。全ては、騎士の中の騎士が原因だ。騎士の中の騎士の乗機であるダモクレス・シルフィードは、ダモクレスとシルフィが合体して完成する。そのため、2人の魔法騎士(魔導従士の繰者のことをこう呼ぶ)がいないと動かせない。ダモクレスとシルフィは、どちらも直接操縦という、一種の思考制御を採用しているので、扱うには相当高い魔法能力が求められる。そして、初代騎士の中の騎士エルヌス・アウレリウスとシルフィの魔法騎士マルガリッサが夫婦だったため、シルフィの魔法騎士は、騎士の中の騎士の配偶者が務めることに、なんとなく決まってしまった。次期騎士の中の騎士候補は、幼いうちから、許嫁が選ばれ、ともに魔法の英才教育を受けることになった。これが、オストニアの切り札、騎士の中の騎士とダモクレス・シルフィードを維持するための仕組みである。
リルは、まずスプリを客間に案内した。公爵令嬢だけあって、荷物が多い。それらの運び込みを手伝ったら、
「・・・ごごから、まほうをおしえる。」
と言って、掃除に戻った。
午後になって、居間にスプリが下りてきた。
「魔法のお勉強は初めてですので、お手柔らかにお願いします。」
すると、ウィスがその声を聞きつけて、
「リルちゃんん、お嬢様に魔法を教えるですかぁ?私も混ぜてですぅ。」
と、居間のローテーブルの前で正座しているスプリのところに寄って来た。ウィスはまだ、4歳になったばかりだが、リルは、ほんにんにやるきがあるならいいか、と思い、ウィスの同席を許可した。
ローテーブルを挟んで、リルとアテラ、スプリとウィスが向かい合う。魔法の講義の始まりだ。
「・・・まほうは、かくとなるえれめんとと、そのまわりのじゅつしきでできてる。・・・えれめんとで、だいたいのげんしょうをきめて、じゅつしきでちょうせい。」
「属性式と術式ですね。」
「それくらいは予習してるですぅ。」
「・・・えれめんとには、ひ、ち、どく、みず、こおり、かぜ、かみなり、ひかり、やみのきゅうしゅるいがある。」
「そんなにあるんですか。」
「常識ですぅ。」
「・・・えれめんととじゅつしきをあわせたものを、じゅもんとよぶ。・・・じゅつしきにもいみがあるけど、それは、こべつのまほうをおぼえながらだんだんわかってくればいい。」
「ということは、これから個別の魔法を覚えるのですか?」
「・・・それは、あしたから。・・・まずは、きほんのえれめんとをおぼえる。」
そう言って、リルは、紙に、9種類の属性式を書き出した。それぞれ属性の特徴を表す形をしている。
「実際全部見ると、覚えきれるか自信がなくなって来ました。」
「私もですぅ。」
「・・・きょうのかだいは、それをおぼえること。」
それだけ言い残して、リルとアテラは、席を立った。すると、このタイミングを待っていたのか、ゼフィに連行され、遊び相手をさせられた。
翌朝。チェストたちを送り出した後、リルは、裏庭に、スプリとウィスを集めた。
手近な木の枝を拾って、地面に呪紋を描いていく。
「・・・これが、いちばんきほんの、ふぁいあ・とーちのじゅもん。・・・これをおもいうかべて、まなをしゅうちゅう。」
「あの、魔力を集中とは、具体的にどうすれば?」
とスプリが戸惑っている横で、
「できたですぅ。」
ウィスが松明の火の魔法に成功して、目の前で向かい合わせた両の掌の間に、火の玉を出していた。
「・・・ああする。」
リルは、スプリに、ウィスを指さして言った。うぃすは、はじめてなのによくできた、と思った。
「リルちゃんに褒められたですぅ。」
「今、リルさんは何か言いましたか?」
すると、庭の別の場所から、ドカンと爆発音がした。ゼフィが「雷の矢」を使ったのだ。ゼフィは、スプリの方を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「え?あ…は?」
「ゼフィちゃんはやっぱりすごいですぅ。」
同年代のゼフィが中級魔法を成功させるところを見て、スプリは唖然として声にならない様子だが、ウィスは見慣れているので、素直に褒めている。
「・・・じぶんのれんしゅうに、しゅうちゅう。」
余所見をしていた2人に、リルの喝が入った。
「・・・わたしは、かじをするから、ふたりはれんしゅうのつづき。」
リルは、アテラを連れて、屋敷に戻った。
その後も毎日魔法の練習は続き、スプリの滞在期間が終わるころには、火属性の普及魔法「炎の矢」を成功させるところまで、練習が進んだ。
「お世話になりました。」
「・・・これからも、まいにちまなのくんれん。」
「はい。リルさん、ご機嫌よう。」
スプリは、見送りに来たリルに丁寧なあいさつで答えたが、ゼフィとの実力差を見せつけられて、若干不安そうだった。
5
スプリが、アウレリウス邸を去るのと入れ替わるように、夏休みを利用して、ウェルが帰省してきた。リルの記憶では、チェストもテラも、夏休みに帰省することはなかったので、リルは、なんのようじだろう?と思った。
「リルさん。ウェルがもうすぐ7歳になるので、剣術の基本を教えてあげて下さい。」
チェストから指示されたが、リルは、それこそ、ないと・おぶ・ないつのやくめなのでは?と思った。ただ、逆らう選択肢はない。リルはいつもの家事に加えて、ウェルの剣の稽古相手も務めることになった。
ウェルが帰省してきた日の午後。裏庭で、リルはウェルと向かい合った。ゼフィとウィスも縁側に腰掛けて、リルたちの様子を見ている。特に役に立つこともないのだが、アテラはリルの側にいた。
ウェルは、カワイイもの好きのリルから見ても文句なしの美少年だった。それからリルは、とーまにそっくり、と思った。トーマトゥスとは、リルの甥で、2代目騎士の中の騎士だった人物である。顎辺りで切り揃えられた少しくすんだ金髪に、大きく円らな碧眼。少し丸みを帯びた顔の輪郭。細かいパーツまで、実際ウェルはトーマに似ていた。そのウェルが、銃剣型魔杖ウェラヌスを2本、両手に持っている。
「リル小母様、よろしくお願いします。」
リルは、りるおばさまってよばれたのもとーまいらい、と思った。
「・・・おねがいします。」
「お願いします。」
武術、とくに銃剣の心得はないが、何故かアテラもあいさつした。
リルは、
「・・・まず、かまえて。」
と、ウェルに指示を出した。
「はい。」
ウェルは、素直にウェラヌス2丁を構えたが、まだ6歳のウェルには、得物が大きすぎるのか、バランスが悪い。
「・・・それから、こうごにつき。」
「はい。」
ウェルは、左右のウェラヌスを交互に突き出すが、やっぱりバランスが悪い。リルは、おぼっちゃまにうぇらぬすはむいてない、と思った。
「・・・かして。」
リルは、ウェルからウェラヌス2丁を受け取ると、先端の刀剣部分(現時点では木製)を引き抜いた。それから、引き抜いた刀剣を、
「・・・これ。」
と、ウェルに渡した。
「あの、リル小母様。僕は、将来ダモクレスの魔法騎士になるために、ウェラヌスで稽古するように父様に言われているのですが。」
ウェルは、短剣を渡され戸惑っている。リルは、いまのだもくれすには、ぶれいでっと・あーむずがそうびされているけど、ほかのそうびをつかっちゃいけないわけじゃない、と思った。刃付魔法兵装とは、ダモクレスに装備されている、銃剣型の魔法兵装で、格闘戦と法撃戦の双方に使用可能な、遠近両用の武器である。
「一理ある。」
「ママもぉ、魔法騎士が魔導従士に合わせるんじゃなくてぇ、魔導従士を魔法騎士に合わせる選択肢もあるってぇ、言ってたですぅ。」
「お姉ちゃんの言う通り。」
「あの、リル小母様はまだ、何も言ってませんが?」
リルの心の声は、外野には伝わっても、ウェルには伝わらなかった。リルは、
「・・・とにかくやってみる。」
と、半ば強制的に、ウェルに短剣を振らせてみた。初めて扱う武器にしては、かなりしっくりきているように、リルには見えた。
「・・・おもったとおり。・・・おぼっちゃまは、これから、うぇらぬすじゃなくて、けんのけいこをして。」
「なんとなく腑に落ちませんが、分かりました。」
その夜、リルはチェストに呼び出された。当然のようにアテラも着いてきた。
「ウェルが使う武器を勝手に変えたそうですね。僕はリルさんにそこまでの権限を与えたつもりはありませんよ。」
言葉はいつも通り丁寧だが、僅かな怒りが垣間見える。リルは、
「・・・まじかるすれいぶは、どうぐ。・・・にんげんがどうぐにあわせるひつようはない。」
と、譲らない。
「その話は、ゼフィから聞きました。ただ、ダモクレスは、騎士の中の騎士は特別なんです。」
「・・・ほんとにそう?」
「当然です。あの機体にどんな意味があるか、あなたなら分かっているはずでしょう。」
「・・・それに、ぶれいでっと・あーむずはひっす?」
「それは…。」
リルの問いかけに、チェストは言葉につまる。
「・・・おぼっちゃまは、いいものをもってる。・・・けんのけいこは、このままつづける。」
黙り込んでしまったチェストに、それだけ言い残して、リルは使用人部屋に戻った。
リルの教え方が良かったのか、本人の才能か、ウェルは夏休みが終わり、エカテリンブルに戻るころには、二刀流の基本の型を全て覚えていた。