天才比べ
「勝負をしよう」
先輩が、そんなトチ狂ったことを言い出したのは6月の暮れ、まだ昼の暑さが残る放課後であった
「勝負なら今していますが」
パチッ!と軽快な軽い音を立てて歩を前進させる
「王手です」
「ふむふむ、また勝てなかったか、これで私と君の将棋の戦績は0勝11敗か」
「いえ、私の13勝ですよ、数字は正確にお願いします」
「ん、そうか、それはすまん。ではこれで私たちの総合戦績は、えっと、どうなってるっけ?」
「チェスが20勝1敗で私の勝ち
囲碁が12勝1敗で私の勝ち
ババ抜きが18勝1敗で私の勝ち
神経衰弱が10勝1敗で私の勝ち
将棋が13勝0敗で私の勝ち
……じゃんけんが299勝0敗で先輩の勝ち」
「ふむ、総合すると私の勝ちか」
「なんでだよ」
「え?違うの?合計で303勝73敗だよ。私の圧勝じゃん」
「じゃんけんでな、運でな。種目ごとなら5勝1敗で私の勝ちです」
そう、先輩はとてつもなく運がいい
現在、ソシャゲで爆死している私とは大違いだ
財布から追加の課金カードを取り出し、ガチャ石をチャージする
「先輩、ちょっとガチャ引いてもらってもいいですか?」
「いや、仮にも先輩と話してる時にスマホゲームしてんじゃないよ」
「大丈夫です、先輩以外にはやりませんから」
「それはそれで問題だろう。君はこう、なんと言うか、私への尊敬の気持ちというものがもうちょっとあってもいいんじゃないかな!!」
「スミマセン、ヨク、ワカリマセン」
「Siriかお前は!!」
と言いつつも引いてくれた
「凄え、最高レアを単発で引き当てた。これからは全部先輩に引いてもらおうかな? どうせ暇人なんだし、少しは役に立ってもらおう」
「敬え、先輩を」
「運の良さには驚いてます」
「敬えと言っているんだ驚かせてどうする。『馬』をつけるな」
「では『言』を付けて警戒しますか。もしかして先輩っ私の運を吸い取ったりしてます?」
「んなわけあるか! 人を都市伝説の怪物みたいにいうな!」
「うるさいですね。声を張り上げないでくださいよ。それ以上うるさくしたら先輩のこと『ラッキー星人』って呼びますからね」
「私をラッキー星人にするな。どんな嫌がらせだよ。そのあだ名何かの間違いで定着したらどうするんだ」
「あだ名が定着して困るほど友達いないでしょう」
「ひどいこと言うな! 居るよ! 友達いっぱい居るよ!」
「この学校って物好きな人多いんですよね」
「どういう意味だこの野郎!? いい加減にしろ!」
「はいはい分かりましたよちなみに『野郎』は男に対して使うものです。私相手には『女郎』が正しいですよ」
親切な私が丁寧に間違えを訂正してあげると、先輩はプルプルと肩を震わせる
怒っているのだろうか?後輩からの親切な訂正を受け入れられないなんて、カルシウムが足りてないんじゃ無いだろうか
「もういい、分かった。先輩として格の違いを見せてやる」
なるほど、そういう事なら戦争だ
私は先輩の顔面に拳を叩きつけた
「あぶなっ!!」
先輩は咄嗟に上半身を逸らし、私の拳は先輩の頬を掠る
チッ、避けやがった
「え?なんで殴った!? 今なんで君先輩の顔面をグーで殴ったの?」
「いや、格の違いを見せるとか言われたので、喧嘩でもするのかなぁって」
「危険思想か!?」
「え?殴り合わないんですか?いいじゃ無いですか、今から河原へ行きましょうよ。友情を育みましょうよ」
「分かった、危険思想だな、まごう事なく、純正の。君、もしかして友情を『クローズ』から学んでだりする?だとしたら付き合いを考えるけど」
「いえ、『赤毛のアン』で学びました」
「余計こわいよ!『腹心の友』の意味が現代風の『腹心』になってるじゃ無いか!!」
「では喧嘩以外に何で勝負しろと?」
「さっきまで将棋してただろうが、いっつも色々勝負してるだろうが!」
「はぁそうですか」
「なんでそんな腑に落ちないみたいな顔してんだよ。腑に落ちないのはこっちだからな!」
「でも、もう私疲れちゃいましたし、先輩をボコボコにして泣かれても困りますし」
先輩は今でこそ負け慣れているが、初めて私に圧敗した時には滝のように涙を流していた
「な、泣いてないし、あの時はちょっと目にポカリが入っただけだし」
「ポカリって。生理食塩水って訳じゃないから普通に痛いでしょ。ポカリとホコリを言い間違えないでください。全然違うじゃ無いですか」
「い、言い間違えてないし、あの時は目薬と間違えてポカリを差しちゃったんだし」
「後に引けなくなってるじゃ無いですか」
意固地になって先輩はプルプルと震えてる
本当に泣きそうだ
もっと苛めたいという本能とこれ以上はマズイという理性がせめぎ合う
「先輩、泣き止んでください。勝負しますから」
ぎりぎりで理性が勝利した
「本当?わーい!」
すぐに機嫌が治った
心の底から嬉しそうな顔をする先輩に再度加虐心が疼く
「グッ……ええ本当です」
なんとか耐えて笑顔で答えた
まぁ、疲れているのも本当だし、ご機嫌取りも兼ねて先輩に花を持たせてあげるか
「勿論報酬はあるよ!参加するだけで千円!勝てばなんと五千円!!」
手を抜くなんて先輩に失礼だな、正面からぶっ潰そう!
□ □ □
「それではルールを説明しよう!」
「パチパチパチパチ」
「……拍手を口で言うな、せめて手を叩け。怖いんだよ無表情でパチパチ言ってんの」
「早くやりましょう。もらう六千円はしっかりガチャの足しにしますから」
「もう勝ったつもりでいるし……」
「まぁ、負けませんし。それで?何で勝負するんですか?」
さっきまでやっていた将棋かそれともトランプか
ジャンケンでは無いと思いたいが
「勝負の題目、それは……推理ゲームだ!」
「推理ゲーム、ですか?」
「そう、洞察力と思考力がものを言うゲームだよ。ルールは簡単!さっき言った報酬は覚えてる?」
「参加するだけで千円勝てば五千円」
「そう!そして私はこの部室にソレを隠している!」
「はい?」
「つまり、宝探しってやつだよ。制限時間内に全てのお金を集めることができれば君の勝ち、出来なければ私の勝ちだ」
「なるほど」
確かに我らが『ボードゲーム部』の部室は空き教室を利用しておりそうゆう目で見ればものを隠せる場所は多い様に思える
だが、よりにもよってそんなルールで私に挑むとは
「分かりました。制限時間などはどうしますか?」
「……私が今から家に帰るまでと言うのはどうだろう。大体二十分ぐらいかな。その他の詳しいルールも紙にまとめておこう」
以下、ルールを示す
ルール1 このゲームは推理ゲームである
ルール2 参加するだけで千円分の報酬さらに勝てば五千円の報酬
ルール3 ソレをこの教室に隠している
ルール4 全て見つけることができれば勝利
ルール5 一枚でも取り残せば敗北
ルール6 五千円は千円札に崩してある
ルール7 私が教室を出ればスタート
ルール8 タイムリミットは私が家に帰って電話するまで(およそ20分)
「こんな感じでいいかな?」
先輩は出来上がったルール用紙を手渡してくれた
一通り目を通す
「え?何で帰るんですか?」
「ツッコミが疲れた」
なかなかの説得力だった
「まぁ、やる事ないし、一人の方が探しやすいだろう」
「なるほど、ではとっとと始めましょう」
「あぁ、分かった」
「え、始めるって言ったのになんでまだ居るんですか?さっさと出てけよ」
「出てけよ⁉︎タメ語⁉︎っていうかタメ語以下⁉︎良いよ分かった出て行くよ!」
少しからかいすぎたかな?まぁ先輩は繊細だけど感情が長続きする性格ではない
明日には平気の顔で登校してくるだろう
「それじゃあ、……ゲーム開始」
そういうと先輩は颯爽と退室していった
□ □ □
推理小説には登場してはいけないキャラクターがいる
例えば一度に数百人を予告なく殺す殺戮者
そんな暴挙を許した時点で探偵は敗北している
例えば異次元の戦闘能力を持つ者
探偵に犯行を見破られても、探偵や警察を軒並み殺してしまえる様な人間
例えば超能力者
倫理的な思考で真実に辿り着くことを一方的に拒否する理不尽
例えば度を越し過ぎたトラブルメーカー
複数の事件を引き寄せる害悪
これらはが登場する作品も存在こそすれ、しかし、同時に多くの推理小説好きに『アンフェアだ』と指摘させる
言わばフェアとアンフェアというただでさえ不安定な天秤をひっくり返し、踏み潰す様な、下手をすれば作品自体を壊しかねない。ある種の危険性を孕んだキャラクターである
前置きが長くなってしまったが要するに私が言いたいのは、程度の差があるにせよ私はそういうタイプのキャラクターであるということだ
「すぅー……はぁー」
深く一回深呼吸
脳の普段使う部分とは別の回路に酸素と命令が行き渡り、カチリ、とスイッチが入って起動し始める
想起するのは『昨日のこの部室』だ
脳の記憶庫の中で消えかけていた情報を寄せ集め、再構築していく
壁のシミから机の配置、床板の木目に至るまで、頭の中で完璧な立体空間として再現する
既に制限時間の半分、十分を過ぎていた。未だ一枚も見つけていないが、問題はない
私は目の前の教室と再現した教室をピッタリと重ね合わせた
『現在の教室』から『昨日の教室』を参照して差異を見つける
それ自体は大した事じゃない
人間は常に記憶と現実を比較して生きている。
この人前より髪伸びたな、とか
この道改装されたんだ、とか
当たり前のように過去と現在を比較する
ただ、私のソレは他に比べて些か異常だ
たとえ、1センチ、1ミリ以下の差異でも見逃すことはない
その全てが視界のズレとして認識できる
先輩曰く
「異常な空間認識能力、記憶力、共感覚。ソレらが織りなして作る異常性。推理や調査の段階を踏み飛ばして、一手で密室を解決できうる反則。そうだね、『密室崩し』とでも言えば良いのかな?世の探偵が欲しがるどころか忌避する技能だね」
この教室にあるズレから、カバン、細かい傷や汚れ、窓の鍵の角度や閉まりきっていないドアなどの情報を除外して、残ったズレは全部で十個
ゴミ箱、傘立て、机、椅子、ルール紙、黒板消し用クリーナー、壁掛けの時計、掃除用ロッカー、さっきまでやっていたボードゲームらをしまったダンボール、画鋲で壁に停められたプリント
あとはコレらを一つずつ精査していくだけ、なのだが
「なんだコレ?」
そのうちの一つ
先輩から渡されたルール紙の裏
そこに小さくアルファベットと数字の羅列があった
XVWW6LQJLCLL6VQA
「暗……号?」
先輩の筆跡で書かれた16桁の記号
だが何だコレは。知っているどの暗号形態にも当てはまらない
あまりにアトランダム過ぎる。これじゃまるで
「キーボードで適当に打ち込んだら出来ましたって感じ」
恐らくこれはブラフ
私を惑わすための罠だ
どちらにせよ、解く時間はもうない。残り時間はあと約8分
この謎の暗号よりまずはズレを調査していくべきだ
□ □ □
ガタンゴトン
ガタンゴトン
「ふ、ふふふふふふ」
おっと、楽しみすぎて笑ってしまった
私が可愛い後輩に仕掛けた勝負
勝負というより、試練と言った方がいいだろうか
何しろコレは彼女に成長してもらうための儀式だ
後輩ちゃんは化け物だ
初めてあの『密室崩し』を見た時は視界がCPUに繋がっているのかと本気で疑った
だが、それでもまだ足りない
私が求めるレベルに到達していない
後輩ちゃんはあまりに合理的で純粋過ぎる
後輩ちゃんとのジャンケンの結果がその証左だ
運だけで299勝?
運が良いのは認めるが、運だけでそんな結果になる訳がない
賽子で百回6が出れば、人間はその賽子は細工があって6しかでないのでは無いか、といった予想を立てる
だが、後輩ちゃんはそれをしない
私が一言『何で勝てないか考えてごらん』と言えば、後輩ちゃんはすぐに勝てない理由を見つけ出すだろう
だが、それでは意味がない
後輩ちゃんに足りないのは自分の行動や思考を自分で見つめ直す『俯瞰』の能力だ
それさえ出来れば、後輩ちゃんは爆発的に成長できる
その為の勝負
その為の試練
あぁ本当に楽し
プルルルル プルルルル プルルルルルル
「ん?」
思考を断った音に反応が遅れる
古いタイプの着信音、私のスマホだ
もしや、制限時間より早く見つけ出した後輩ちゃんがかけてきたのか
そんな予想とは裏腹に、画面に写るのは後輩ちゃんの名前ではなかった
周囲を見渡すも乗客は一人もいない
田舎の電車もこういう時には悪くない
「はい、もしもし私です」
『……お久しぶりです、先輩』
「やぁ、本当に久しぶりだね後輩くん」
『えぇ、停学になって以来ですね』
「はは、副部長くんが不登校になって君が停学になってからは、毎日後輩ちゃんと百合百合の日々だよ」
『……先輩、そっちの気があったんですか?』
「いや別に。それで?一体何のようだい?」
『先輩に頼まれた二つの仕事についてです。一つ目の、この町にたむろしている不良どもの一掃は、完了しました。もう一つの不登校になった副部長の復帰については、こちらで副部長の家の情報を入手。現在向かっています』
「うん、流石に仕事が早いね。停学中の宿題のつもりだったけど、このままだと一週間ほど余るな。追加で仕事を頼んでもいいかな?」
『いいですよ、その代わり一つ質問させてください』
「?何だい?」
『先輩、貴方一体、何をするつもりなんですか?』
「……」
『元々あった将棋部やチェス部をわざわざ潰してボードゲーム部なんて作って、入部しようとした人間を追い返して、かと思えばよく分からない奴らを勧誘して。貴方は一体、この学校で何をしようとしているんですか?』
「知る必要はない。それが答えだよ」
『それで…俺が納得するとでも?』
「するよ。だって君、私のこと異性として大好きだろ。君は私に嫌われるようなことはしない」
『っ!………』
ツー、ツー、ツー
切れてしまった
図星をつかれて切ったというより、バレていたことに対する羞恥心で思わず切ったというところか
「私としては、バレてないと思う方が驚きだぜ」
電車が停止のためにゆっくりと減速していく
次は私の下車駅だ
「さて、可愛い後輩達は、これからどうなるかな?」
□ □ □
カチカチと耳障りな音を立てる時計は残り時間およそ5分を示していた
現在、私の前には四枚の千円札がある
四枚
この教室にあるズレは全て確認したにもかかわらず、見つかったのはそれだけだった
ならば教室の外か?
そんな考えが頭をよぎるもそれは明確なルール違反である
そう、ルールだ
裏に暗号があるルール紙をもう一度確認する
今度は裏の暗号ではなく表に書かれたルールそのものに注視する
「『ルール1 このゲームは推理ゲームである』。なるほど、推理せずにクリアする事は出来ないということですか」
『密室崩し』への対策
推理する必要のない私に推理させる試練
その為のこのルールか
私は思考を切り替えれない
同じ路を通れば同じ場所に着くように
私は考え直すことができない
一度解けなかった問題は何をやっても解けないし、一度解けた問題はその方法でしか解けない
けど、別の解き方が示唆されているのなら話は別だ
このルール紙は私にとっての地図だ
新しい路、新しい思考を導き出す為の地図
思考をルール中心に切り替える
そもそも私の記憶力ならルールをわざわざ紙に書いて見直す必要なんてない
それは先輩も理解している
人間にとってメモを取るというのは、物忘れを防止するだけではなく、そこに書かれたモノを客観的に俯瞰するという意味がある
俯瞰、ルールをもう一度俯瞰、吟味する
そうだ、明らかにこのルールには作意がある
「『ルール2 参加するだけで千円分の報酬さらに勝てば五千円の報酬』
『ルール3 ソレをこの教室に隠している』
『ルール4 全て見つけることができれば勝利』
『ルール5 一枚でも取り残せば敗北』」
この部分だ
ルールを渡された時に真っ先に気づくべきだった。このルールには、何処にも千円札を六枚探せだなんて書いてない
ルール2では参加報酬千円、勝利報酬五千円と言っておきながら、ルール3ではソレを教室に隠したとしている
ソレら、ではなくソレ
そしてルール4とルール5、全て見つければ勝利、一枚でも取り残せば敗北。何処にも具体的な金額は書かれていない
間違いない
探すのは千円札五枚だけで良いのだ
なら、参加報酬千円は何処にあるのか。このゲームが終われば先輩から渡される? 恐らくは違う
先輩の性格から鑑みて、恐らく既に報酬は払われている
参加賞ではなく、参加報酬なんて言葉を使っているのがその証左だろう
では何処にあるのか。木を隠すなら森の中。金を隠すのなら
「財布の中」
ソレならば辻褄が合う。『密室崩し』で私は私が動かしたモノのズレを意図的に排除した
だから鞄や私自身に千円札を隠されていた場合気付けない
「なら、とりあえず鞄を」
ハラリ
「え?」
とりあえず鞄を探そう、と考えて鞄を持ち上げたところで、ハラリと千円札が床に落ちた
「あ、いや、えっと」
思考が混乱する
こんなことは久しぶりだ
だって、これが参稼報酬ならカバンの中、もしくは財布の中になければいけない。そうじゃ無いと他と区別がつかない
けどこの千円札はカバンの外、恐らく底の金具なんかに挟まっていた。つまりこれは
「勝利報酬の千円?」
なんで?
これで私は五枚の千円を見つけ出した
つまり私の勝ちだ
でも分からない。なんで先輩はこんなところに隠した?
こんなの私以外ならすぐに見つけた
もしかして、私の行動はずっと、ずっと
「先輩の想定通り?」
気持ち悪い。恐怖と歓喜に押しつぶされる
気持ち悪い。自分がマリオネットになったかのような錯覚
気持ち悪い。先輩は私を理解してくれているという救い
自分の感情がぐちゃぐちゃにされて、気持ち悪い
そして、私の思考は一つの可能性に思い当たる
「見つけなきゃ」
先輩の想定を少しでも変えなければ、超えなければ
想定通りでしか無いなんて、もしかしたら先輩に切り捨てられるかもしれない
それはだめだ。許容できない
ようやく見つけた、私を受け入れてくれる人なんだ。私をわかってくれる人なんだ
捨てられるのが怖い、怖い、本当に怖い
「見つけなきゃ、見つけなきゃ、見つけなきゃ、見つけなきゃ」
無理だ
自分の理性がそう囁く。さっきまで私の全てだったそれを無理に封じ込める
黙れ。出来る
無理だよ。だってもう
♫〜 ♫〜
電話なってるもん
「あ」
推理勝負 勝者 後輩
□ □ □
「やぁ後輩ちゃん、結果はどうだい?」
「………………」
「おや、私としたことが間違い電話をしてしまったかな?もしもーし後輩ちゃん?」
「…………」
「あっ、ヤバいこれマジの間違い電話だ。どうしよう恥ずかしい奴だこれ『結果はどうだい?』とか黒歴史級の質問してしまった」
「……」
「あわわ、どうしよう相手さん無言だよー。マジ怒ってるよ、くっ、こうなったら必殺『どんな人とも友達になれる十の会話術』を披露するしか」
「いえ、あってますよ先輩」
「!人が悪いよ後輩ちゃん!私もう少しでケモ耳付き美少女の話を始めちゃう所だったよ‼︎」
「それで友達になれるのは一部の人種の人達だけです。えぇ結果報告ですね」
「そう!どこに隠したか隠し場所を言ってくれたまえ、こっちで答え合わせするから」
「ゴミ箱、傘立て、黒板消し用クリーナー、壁掛けの時計……私の学生鞄の底」
「はい正解!やっぱり強いなぁ後輩ちゃんは。運の要素のない勝負だと全然勝てないや」
ギリっ
先輩の何気なく放ったであろうひとことに思わず奥歯を噛み締める
悔しい
こんなの悔しすぎる
試合に勝って、勝負にも勝って、そして試験に落第した気分
「……いえ、私の……負けです」
「うん? でも君はルール上勝っているよ。勝負ならそれが全てだ」
「…………先輩、参加報酬の千円はどこですか?」
「……うーん」
「どうしたん、ですか? 教えて下さいよ、この不出来な後輩に」
「上手くいかないと卑屈になるのは君の二番目に大きな弱点だね」
「最大の弱点は思考の切り替えが出来ないことですか?」
「なんだ、自覚があるんじゃないか。じゃあ分かるハズだ、君はこの勝負の中で、何を切り捨てた?」
そうだ、普通なら真っ先にアレが思い浮かぶだろうに
私の頭は本当に壊れてる
「XVWW6LQJLCLL6VQA」
「うん、それだね」
「けど、この暗号は」
「君には分からない。君は一度でも思い込んだことを一人で修正することはできない。ルールの方は紙を見直すことで再認識できたかもしれないけど、これは君には解けないように設定した」
「私には解けない、暗号」
「うん、まずはその間違いから指摘しようか。それは暗号なんかじゃない」
「え?」
暗号じゃない?
「うん、ただの記号の羅列だよ」
なら、やはりブラフ
いや違う。暗号ではなく、隠されてない
そのまま何かを表す記号なのだとしたら
「座標……符丁……固有名詞……パスワード……」
「その中でならパスワードが一番近いかな?ルール6だよ」
「……あ」
ルール6 五千円札は千円札に崩してある
五千円は千円札に崩してある
じゃあ千円は?
どのような形で隠しているか言及していない
「あ あ あ」
「気づいたみたいだね。 そう、課金カードの認証番号だよ」
まるでキーボードを適当に叩いたようにアトランダム
いや、アトランダムでこそ意味のある記号の羅列
そうだ
もし私の言動が全て先輩の想定の範囲内だとするのなら
勝負直前、確かに私は言った
『早くやりましょう。もらう六千円はしっかりガチャの足しにしますから』
報酬の金をゲームに課金すると、遠回しながらに発言している
さらに言えば、先輩はルール紙を直接、私に手渡している
机の上に置くのではなく、自分の手から、私の手へ
隠さず、手渡しをしている
あの時、私は確かに参加報酬を受け取っていたのだ
「完敗ですね」
「だからさ、ルール上は君の勝ちなんだ。今回はそれが全てだよ」
「……次は勝ちます」
「だから」
「分かっています。わかった上で言ってるんです。私はこの勝利に納得していない。こんなものじゃ満足できない。私はこの程度で終わらないし、終わらせない。だから、次は勝ちます」
こんなものは負け犬の遠吠え、いや、勝ち豚の威嚇に過ぎない
けど、本気だ
私は本気で先輩に見捨てられたくない
私は先輩に執着している。アレが欲しいと本能が叫んでる
ずっと理性的に生きてきた。けど自覚したなら止められないし止まらない。止めるつもりもないし、止める必要もない
豚が飼われるだけの存在と思うな
暴飲暴食は獣の特権
必ず喰ってやる
「そうか、じゃあ今度ご飯でも奢ってくれよ」
「えぇ、その時はガチャを引いてもらいますけど」
「はは、それぐらいお安い御用。じゃあまたね」
「ええ、さようなら」
ピッ
先輩との通話が終わった時にはすっかり下校時間を過ぎていた
だがまだ少し空は明るい
暑い日差しではなく、涼やかな薄暗の中で、夏の訪れを再確認した
□ □ □
プルルルル プルルルル プルルルルルル
「やぁ、もしもし後輩くん!朝から連絡ご苦労だね」
「……昨日は話の途中で電話を切ってすいませんでした」
「ははは、気にすることはないよ、私も少し無神経だったしね」
「いつにも増して今日はテンション高いですね」
「あぁ、昨日は後輩ちゃんと遊んでたんだけど、遂に後輩ちゃんが成長のきっかけを掴めたみたいでね。いやーやっぱり欲が無いと人間は成長しないよねぇ」
「……」
「あぁ、すまない、君は後輩ちゃんが苦手だったけな」
「いえ、嫌いです」
「おやおや」
「隠す必要はもうないので言ってしまいますが、執着する対象が同じなら、あいつは敵です」
「恋敵ってやつかな?」
「恋であるならまだいい。けど、あいつの執着は自分を理解して欲しいというエゴです。恋敵なら、取引や交渉、そして協力が可能ですが、敵なら攻撃するしかありません」
「本当に隠さなくなったね、うん、昨日は後輩二人が二人とも成長できたというわけだ。素晴らしいね」
「……そろそろ報告に入ってもよろしいでしょうか」
「あぁ、うん、よろしく頼むよ」
「昨日副部長の家に行きましたが、『今立て込んでるから明日またきて欲しい』とのことでたった今、また副部長の家を訪問しました」
「ふーん。立て込んでる、ねぇ。それで」
「インターホンを鳴らしても誰も出ず、ドアも開いていたので、お邪魔したところ、玄関に入ってすぐの所に人が倒れていました」
「……ん?」
「いえ、正確には、玄関に入ったら死体がありました」
「おいおい、後輩くん。そんな『トンネルを抜けると雪国であった』みたいにさらっと言われても全然情景が浮かび上がってこないよ。何? 死体? あぁ、肢体ね。可愛い女の子でも倒れていたのかな?」
「半分正解ですね。可愛い女の子の死体がありました」
「……他に特徴は?」
「血に濡れていますが派手な金髪でうちの高校の制服を着ています、髪型はツインテールで手にはネイル。化粧の有無までは分かりませんが肌は明るい白です」
「副部長の妹ちゃんか。待って、頭が血に濡れている? 頭部に外傷があるってこと?」
「ええ、頭部と右腹部に刃物のような刺し傷がありました。他殺でしょうね。自殺なら首を斬るでしょうし」
「可哀想に。シスコンの副部長の妹に手を出すなんて。犯人は楽には死ねないだろうね」
「いえ、その心配はないと思いますよ」
「それは、どういう意味?」
「その後副部長が奥から来て、こう言ったんです」
『妹を殺してしまった。これから死体を埋めに行くから手伝って欲しい』
「……すぐに私もそっちに行くよ。それまで副部長をその場に留めといてくれ」
「了解しました」
ピッ
電話を切った私はそのまま別の人物に電話を繋ぎ直す
「やぁ、もしもし後輩ちゃん? ちょっと厄介ごとが起きたんだけど手伝ってもらえるかな?」
一話 天才比べ 終
二話 天性偽り へ続く
感想などありましたら遠慮なくお願いします
作者が異様なほど喜びます
誤字報告などもできる限り早めに修正します