9 魔法使いウィリアム=ザッハーク2
魔法使いとは、杖を持って呪文を唱え、超能力的な力を発揮する・・・わけではなく、魔力を用いて緻密な魔方陣を描く者である。特に魔塔における魔法使いは、古代から伝わる知識を元に、新たな魔法陣を開発し、運用できるようにする、言わば研究職のようなものだった。
幼い頃から魔力に溢れていたが、平民の家に生まれ、貧しくもあったウィリアムは、早くから魔塔に所属することになった。そしてすぐに、魔塔の壁を埋め尽くすほどの歴史書や魔導書に魅了されてしまった。
特に、精霊に関わる記述には興味を惹かれ、研究対象にしてきた。
王家と四大侯爵家に現れるという加護もち。しかしその加護は血族全員に与えられるものではない。では、精霊は一体どういう基準で加護を与えるのか。そして、その加護にはどのようなものがあるのか。
加護の力のようなものを、魔法陣で作り出すことはできないだろうか。
もう夢中だった。
そしてある日、加護の力が顕著に現れた少年に出会ったのだ。
少年はうまくコントロールできない加護の力に苦しんでいたため、ウィリアムは自分の知識を役に立てたいと、さらに研究に没頭した。少年の前例のない症状は、とても興味深くもあり、面白くもあったのだ。
時間をかけて創り出した魔法陣は、少年の症状をある程度は緩和させることができた。しかし、完全ではなかった上に、ある副作用を生んでしまった。
ウィリアムは懸命にどうにかしようとした。
既読の魔導書や歴史書をもう一度読み漁り、何かきっかけになる材料ががないかと、寝食を忘れ力を尽くした。しかし、魔法陣の改善はうまくいかなかった。
そして、例の誘拐事件が起きた。
「ウィリアムよ、魔法陣の研究はどうなっておる。」
敬愛するエドワード王に詰め寄られると、悲しくなる。
「申し訳ございません。未だ納得のいくものは出来ず・・・」
「大変だわ・・・」
侍女から連絡を受けたキャロライン王妃が、どこか追い詰められたような表情で言った。
「もう限界が来たよのよ、わたし達も覚悟を決めなければならないわ。」
そして、ウィリアムは自分の無力さに打ちのめされながら、侯爵家を訪れることになったのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(そう言えば3日寝てなかったか・・・。ん?最後にご飯食べたのって、いつだろう。パンケーキ、美味しそうだったなあ・・・)
昨日見たおいしそうな生クリームとフルーツが乗ったパンケーキを思い浮かべると、目の前に思い描いたものが現れた。
「これ、ぜーんぶ、リー様のだよー」
笑顔でテディが勧めてくれる。
「ありがとう、いただきまーす」
食べようとすると、パンケーキはふわふわしているのに、なぜか噛みきれない。
「ん?なんでだ?」
このままでは飲み込めないではないか。
(悲しい。なんて悲しいんだ。)
パンケーキまで自分を拒絶するのかと思うと、涙が出る。
「・・・・・お嬢様、この方、何だかかわいそうです。」
(ん?何だか上の方から声が聞こえるな。)
「目を冷ましたら食事を用意して、お腹いっぱい食べていただきましょう。あ、でも体に優しいものがいいかしらね。」
「かしこまりました。・・・あの、お腹が空いて布団を食べるだなんて、魔塔の魔法使いとはそれほどに貧しいものなのですか?」
(いや、お金はあるよ。使ってないし、使い道もないけど、もう貧乏じゃないよ。仕送りもしてるよ。)
「そんなはずはないわよ、魔塔に所属する方たちは魔力が強くて、魔法陣の研究と作成で国に貢献している方達ですもの。」
(そうそう、でもぼくは役に立ててはいないんだけど・・・・・)
ウィリアムは悲しくなって、ツーと涙を流しながら目を覚ました。
「あれ?ここ、どこ?」
はっきりと覚醒すると、さっきのパンケーキは夢だったのだと分かった。
ウィリアムが周囲を確認すると、そこには侍女一人とユリアがいた。
「あの・・・ハンカチ、使ってください。」
困ったように差し出されたハンカチを見て、さらに涙が出る。
(優しい・・・。ぼくは、こんなに役立たずなのに・・・)
「ありがとうございます。こんなぼくに、もったいないです。」
「そんなことないわ、テディの縁者の方と聞いております。大切な方ですわ。」
美しいユリアから優しい言葉をかけられると、何だかもっと切なくなった。
長年、魔法陣の研究に没頭し続けた弊害で、ウィリアムの情緒は全く育っていなかった。
「ぼくが・・・ぼくが全部悪いんですうぅぅぅぅぅぅっ」
ウィリアムはハンカチに顔を押しつけて、おいおいと泣いた。
わけも分からず、ユリアはウィリアムが泣き止むまで、励まし続けるしかなかった。




