8 魔法使いウィリアム=ザッハーク1
翌日、ユリアは料理長に頼み、本当に大きなパンケーキを作ってもらった。
大きなパンケーキに均等に火を通すのはとても難しいことらしく、薄いパンケーキを何層にも積み上げて、ユリアが見上げるほど背の高いパンケーキを作ってくれたのだ。
これには、テディもユリアも大喜びし、料理長を絶賛した。しかし、テディの願いはこれからである。ユリアだけでなく、なるべく多くの人と分け合いたいのだ。
テディの願いを叶えようと、侯爵夫妻も乗り気になり、執事とメルが采配を振るった。
普段の業務もあるので、屋敷中のみんなが一同に集まるということは難しかったが、侍女や執事、調理担当に庭師など、多くの者に切り分けたパンケーキと飲み物を用意した。
年若い侍女がひどい怪我を負い、複雑な思いを抱えていたものもいたようだが、パンケーキを食べて、その優しい味に涙ぐむ者までいた。
「これで『なかよし』だね!」
(天使かな?)
テディの幼く無邪気な笑顔は侯爵家のみんなの心を温めた。
ユリアは朝一番に王宮へ手紙を送った。
それだけで一歩前進した気がしていた。
最後の夏季休暇はとんでもない幕開けだったが、3年間の夏季休暇の中でも一番充実した時間を過ごせている。
理由は一つ、テディがいるからだ。
ユリアはゆっくりと周囲を眺めた。
ホールの中央に置かれたパンケーキは、絵本のようにあっという間に減っていき、その周りには笑顔が溢れている。
すると、執事がマグリッドに近づき、何か耳打ちする様子が目に入った。
足早にユリアのそばに近づいたマグリッドは、冷静に告げた。
「どうやらテディの縁者が尋ねて来たようだ。」
テディは侯爵家の子ではない。保護者が現れれば、お別れなのだ。
そうなれば、この夢のような時間も終わる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
応接室に招かれたテディの縁者だという者は、名をウィリアム=ザッハークと名乗った。
なんと魔塔の魔法使いだという。
しかし侯爵家に来るにしては、何というか、くたびれている。
青白い顔色、目の下のクマ、色素の薄い唇をしている。なで肩で猫背だからか、来客用のソファに座る姿はとても小さく見えた。
年齢は30代、というところだろうか。
(ちゃんと寝て、食べているのかな、この人・・・。)
初対面ながら、心配になるような細さだ。
なぜか半笑いのような笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。
(何だろう。働きすぎておかしくなっている人みたい・・・)
疲れ切っているようなこの人が、テディの家族なのだろうか。
執事のエセルバートが、紅茶とパンケーキを出すと、
「パンケーキ・・・?」
目の前の魔法使いは、蚊の鳴くような声で呟いた。
「テディの提案で、今日は屋敷中のものでパンケーキを食べているのだ。」
マグリッドはウィリアムにもパンケーキを勧めた。
「テディ様はお元気にされていますか?」
不安そうに尋ねるウィリアムの様子に、マグリッドはテディを連れてくるように指示した。
いきなり合わせるのもどうかと考えていたが、なんだかウィリアムが気の毒な人に見えてきたのだ。
「あっ、リー様だ!」
トテトテとかけ寄ってくるテディに、ウィリアムは安心したように涙ぐんだ。
「テディ様ー!よかった、ご無事だったんですねー!」
(リー様?!)
家族について詳しく話してはいけないと約束をしていた「リー様」の正体は、ウィリアムのことだったのか。
ユリアが衝撃を受けていると、目の前でウィリアムがふらぁと倒れた。
「ウィリアム殿!」
初対面の魔法使いは、こうして意識を失ったのである。
侯爵家でボロボロだったウィリアムが、魔塔の中では「100年に一人の天才」と称されるほどの稀有な存在だとユリアが知ったのは、随分後のことだった。




