7 大きな大きなパンケーキ
ユリアは夜な夜な、テディに絵本を選んでは、声に出して読んだ。
眠りやすいようになるべく穏やかな声で。
「うさぎさんは大きな大きなパンケーキを見上げて言いました。
『これ、ぜーんぶ食べていいの?』
『そうだよ、ぜーんぶ君のだよ』
『わあ、すてき。でも、みんなと「おいしいね」って言いながら食べたら、もっとおいしいと思うんだ。』
それからみんなで、
「おいしいね」
「おいしいよ」
と歌いながら、パンケーキを食べました。
森のみんなで食べると、大きなパンケーキはあっという間になくなってしまいました。
けれど森には、ずっと、ずーっと残る、「なかよし」が生まれたのでした。
おしまい」
「うわあ、ぼくもパンケーキたべたーい!」
(まずい、興奮させてしまったわ。)
「こんなに大きなパンケーキは難しいけれど、うちのパンケーキも美味しいわよ。明日作ってもらえるようにお願いしてみましょうか。」
「ほんと?」
「ええ」
「そしたらね、ぼくもみんなで分けっこする!そしたらおねえちゃんと、もっと『なかよし』だね!」
(かーわーいーいー)
涙が出そうに可愛い。
テディは絵本が気に入って、パンケーキの絵が大きく描いてある見開きのページを開き、絵を掴むようにして見えないパンケーキをユリアに食べさせてくれる。
「はい、あーん」
(こ、これは、「あーん」せざるを得ないわね。)
「あーん、パクッ」
「おいしい?」
「うん、おいしい。じゃあ次はテディの番ね、はい、あーん」
「あーん、パクッ!おーいしーい!」
両腕を伸ばしてキャッキャと喜ぶテディ。
(まずい、これは寝ないわ。でも可愛くてやめられない。)
それからしばらく、二人は「あーん、パクッ」と繰り返し、心が満たされる時間を共有したのだった。
(・・・・よし、寝たわね。)
安心したように眠りにつくテディを見て、これまでにない充足感を得ている自分に気が付いた。
何でこんなに可愛いんだろう。
ユリアはまだ17歳。けれど、テディへの母性本能が爆発していた。
自分の好意を受け止めてくれる相手がいる。それは恋愛とは別のものだけれど、こんなにも満たされることだったのかと、驚いた。
かつてはアレクシスも自分の思いを受けてめてくれていたように思う。しかし、学園入学後は、拒絶ではなく、受け流されてきた。まるで、どうでもいい存在かのように。
それが、とても悲しかった。
ユリアはずっと傷ついていた。
終わらせることのできない関係ゆえの癒えない傷。その痛みから目を逸らし続けてきた。
テディがどこのだれで、何者なのかは、未だに分からない。だが、そんなことはもはやどうでもいいのだ。
ユリアはベッド脇に膝を付き、眠っているテディの柔らかい頬を人差し指でぷにぷにする。
(いけないわ、ようやく寝たというのに、つい安眠妨害してしまう)
17歳が眠るにはまだ早い。
そっと続き部屋に移動し、机の引き出しにしまってある白い便箋を取り出した。
アレクシスの好きな香りがしたためられたもので、爽やかな花の香りがするものだ。
陛下と謁見し、帰ってきた父親はアレクシスが見舞いに来るかも知れないと言った。
けれど、アレクシスは来なかった。ユリアの傷は回復し、侍女のクレアは男爵家に帰った。ベルは意識を取り戻し、起き上がることはできないが、食事が取れるようになった。
それだけの時間が経っても、アレクシスからはユリアを心配する言葉すら届かなかった。
ユリアは、アレクシスに会うための約束を取り付けるため、手紙を送ることにした。
そして、二人の関係について話合いをし、気持ちの整理をしようと決めたのである。
(明日、この手紙を送ろう。)




