48 秋の感謝祭6
歌姫カイナ=グランカ。
彼女がどんな人でも関係ない。
この舞台を観た人は、きっと素晴らしい夢を見た。
なぜ途切れ途切れの小さく細い声が、こんなにも通るのだろうか。
高音域の伸びのある声が、会場を震わせるほど響く。
カリロット姫の感情に乗せて発せられる歌に、心が揺さぶられた。
彼女の葛藤に、努力に、夢や希望に、人生の喜怒哀楽に、魅せられる。
鳴り止まないカーテンコールに、演者たちが舞台に登場した。奏者たちの紹介もあり、会場は沸き続けている。
ユリアは感動し、刺繍入りの白いハンカチでそっと涙を拭った。
アレクシスも感じ入ったように目を閉じて、余韻を楽しんでいる。
そしてウィリアムは号泣し過ぎて既に目を腫らしていた。ハンカチがないのだろう、袖口がぐっしょりと濡れている。
「彼女、すごいわ」
もちろん、歌手や奏者の皆が一つになって創り上げた舞台だ。しかし、誰よりも彼女に心が惹かれる。
「素晴らしい歌い手だ。今日の舞台をきっかけに、マルディアのような道が開けるかもしれないね」
アレクシスの言葉にユリアも頷いた。
「ウィリアム大丈夫?」
「はい、僕も頑張って研究を続けようと思います」
一体カリロット姫のどこに自分を重ねたのか、ウィリアムは一人、鼻をすすりながら決意していた。
観客たちが退場しようと混雑し始める。
「下が落ち着いてから移動しようか」
ビップ専用通路から優先的に外に出ることはできるけれど、ユリアたちはしばらくこの余韻に浸ることにした。
アレクシスはハンカチを渡し、ウィリアムはそれで盛大に鼻を噛む。
(王子のハンカチ・・・)
ユリアは思う。
ウィリアムのことが大好きなのはアレクシスの方だと。
観客の数が少なくなり、ユリアたちもそろそろ席を立とうと歩みを進めた時だった。
「殿下!ユリア様!」
息を切らした音楽部の部長、カール=マグワイヤが二人を呼び止めた。
「申し訳ありません、その、ちょっと緊急事態で・・・」
事情を言いにくいのか、カールは口ごもる。顔は青ざめ、尋常ではない様子だ。
「とにかくですね、ちょっと来ていただきたいのです」
ウィリアムの姿は例によって見えていないようだ。
ユリアは走るカールの後を追い、アレクシスと共に、舞台の裏側へ案内される。
そして、そこにはカリロット姫の衣装を纏ったままのカイナ=グランデが倒れていたのだった。
歌劇が終わり、そう時間も経っていない。
しかし、さっきまで素晴らしい歌声を披露していたカイナは、意識を失い、ぐったりと床に倒れている。
「カイナ様!」
ユリアは慌てて駆け寄ろうとした。しかしアレクシスが腕をとり、引き留める。
「ウィリアム」
アレクシスの指示に、ウィリアムはカイナに近寄り首元に触れ、脈をとった。
ウィリアムがハッとしたようにアレクシスに視線を送る。
「生きています」
「ユリアはここにいて」
アレクシスはカイナのそばにしゃがみ、手を翳した。
突如、光がカイナの全身を包み込む。
その圧倒的に美しい光景に見惚れ、音楽部の部員たちは息を飲んだ。
光はゆっくりと小さくなり、消えてなくなる。
カイナはその瞳を開いた。
「アレクシス様・・・?」
カイナのぼんやりとした瞳が、アレクシスの姿を捉える。
「カイナ嬢、無事で良かった」
アレクシスの優しい言葉に、カイナはゆっくりと身を起こした。
ユリアはホッとして、長い息を吐く。
「やっぱり、殿下には癒しの力があったのですね」
隣でカールが呟いた。
「ご存じだったのですか?」
ユリアはカールに訪ねた。
「ぼくの父がシャウジャミアンとの交流パーティーに参加していてね。殿下ならあるいは、と思ったんだ」
しばらくすると、学園の医師を呼びに行っていたらしい音楽部の顧問が帰ってきた。
アレクシスが顧問教師に事情を話し、一緒にきた医師はカイナを診察した。
カイナは自分で立ち上がることができたようで、歩いて顧問と医師と一緒にその場を立ち去った。
「さて、本人がいなくなったわけだが、どうしてこういうことになったのか、事情は話してもらえるのかな」
アレクシスはゆっくりと音楽部員に向き直り、尋ねた。




