45 秋の感謝祭3
ユリアは待ち合わせに遅れないようにと、早めにシエロンの木の元へ向かった。
昨日は今日が楽しみ過ぎてなかなか寝付けなかったけれど、寝不足も愛おしくなるほどに、ドキドキしている。
しかし、白い花をつけたシエロンの木の下に、アレクシスはすでに立っていた。
早めに、と思ったユリアよりも早く来てくれているその姿に、嬉しさが込み上げる。
「アレク・・・」
駆け寄ろうとしたその時、
「アレクシスでんかぁ」
聞いたことのある、よく通る甲高い声が聞こえた。
ユリアはガクっと項垂れる。
「こんなところで何をなさっているのぉ?」
カイナは猫撫で声でアレクシスに絡む。
(何なの、その語尾の伸ばし方は・・・)
あれがいいと思っている男性が一人でもいるのだとしたら、どこかおかしい人だろうとユリアは思う。
「グランカ男爵令嬢はいつも元気だね、私はここで婚約者と待ち合わせをしているんだ」
アレクシスはその柔らかい物腰で丁寧に説明する。
(いやいや、いやいやいや・・・・・今日はダメ!今日はダメでしょうよ!)
ユリアは立ち止まり、アレクシスに心の中で突っ込んだ。
「まぁ、そうですのね。でも、殿下をお待たせするなんて・・・」
堂々とユリアを貶めようとする姿に、怒りが込み上げる。
「いや、私が彼女に会いたすぎて、早く来すぎただけなんだ。この花の下で彼女を待つ時間すら、大切に思えるからね」
アレクシスの惚気のような言葉に、カイナは目を輝かせた。
「わたくしもそんな風に言ってもらいたいですわ」
「君にもそんな相手が見つかるといいね」
アレクシスは、向けられる好意に気付いているのかいないのか、残酷にもそう言って見せた。
「殿下、あの・・・これなんですけど・・・・」
カイナは全くめげずに、アレクシスに何かを差し出して見せる。
「これは・・・タッセル?」
「はい。感謝祭のダンスパーティー、どうかわたくしと一緒に踊ってくださいませんか?」
「私に向けてそれを言うのは、きっと勇気が要っただろうね」
アレクシスは優しく微笑んだ。
しかし決して、その手を伸ばしはしない。
「けれどすまないね、私はユリアからしか、それをもらいたくはないんだ」
カイナは、差し出した手をゆっくりと下げた。
「なんっ・・・て素敵なんですの」
受け取ってもらえなかったというのに、カイナはなお、自分の好意をアレクシスに伝え続ける。
「理想ですの。大好きですわ」
「ありがとう」
「二番目でもいいのです」
「私はユリアしかいらないんだ」
「駄目ですの?」
「駄目なんだ」
「絶対?」
「絶対」
不毛なやり取りを繰り返して、カイナはようやく引き下がった。
「分かりました。でも、私の舞台を観に来てはくださるかしら?」
「もちろん、素晴らしい歌声を期待しているよ」
「わたくし、諦めないことを人生のモットーにしておりますの。わたくしの歌で、殿下を振り向かせてみせますわ」
カイナはそう言うと、アレクシスに短いカーテシーをして去っていった。
ユリアは一連の会話を聞いて、ドキドキという自分の心臓の音を聞いていた。
ーーーーユリアしかいらないんだ。
アレクシスの優しい声が何度も繰り返される。
ある意味、カイナのあの粘り強さが、アレクシスからユリアへの思いを引き出してくれたと言えるだろう。
(出て・・・行きにくいよ〜)
嬉しすぎて、平常心ではいられない。
カイナに言い寄られる姿を見て、しっかり断ってほしいと願っていた。
(断ってた)
きっぱり、すっぱりと。
あんなに断られているのに、全くめげないカイナにも、ある意味尊敬が芽生える。
そして、一瞬たりとも揺れる様子のなかったアレクシスのことも、心から信頼できた。
赤い顔を隠せないまま、ユリアはアレクシスの元へ向かう。
「もしかして聞いていたの?」
アレクシスは少し驚いた様に尋ねた。
ユリアが静かに頷くと、アレクシスの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「あの、ね、その・・・」
さっきまですらすらとユリアに対する気持ちを口に出していたのに、急に何にも言葉が出て来なくなる。
「あー・・・」
アレクシスは諦めた様に口を閉じ、ユリアの前に跪いた。
そして、ユリアの前に小さな箱を差し出す。
「どうか、ダンスパーティーで私と踊ってください」
箱の中身はユリアの好きな黄色くて可愛い花の飾りだった。
泣きそうに嬉しくて、ユリアはその飾りを手に取った。
「はい、喜んで」
顔をくしゃくしゃにして喜ぶユリアに、アレクシスもはにかむように笑った。
「じゃあ、私からも。私からしか欲しくないタッセル、受け取ってください」
ユリアは少し心に余裕ができて、アレクシスをからかうように渡した。
「これは・・・・」
ユリアが差し出したタッセルは、金色に緑の紐が数本混ざったものだった。
「何色がいいか、本当に悩んだのだけれど」
獅子のアレクシスも大好きだと伝えたくて、金色を選んだ。
そして、そこにユリアの瞳の色を混ぜて、いつもそばに置いて欲しいと願いを込めたのである。
アレクシスは感激したようにタッセルを手に取り、
「私の剣につけるよ」
と約束した。
きっとこの時感じた思いは、生涯忘れることはないだろうと、ユリアは思った。




