42 カイナ=グランカ
暑さは和らぎ、穏やかな気候になってきた学園は、日常を取り戻していた。
ユリアは大陸史の講義を終え、カフェテリアでシエルと休憩しようと移動していた。
「アレクシスで〜んかっ」
高く甘い声でアレクシスを呼ぶ声が聞こえ、反射的に視線をやると、そこにはアレクシスを追いかける黒髪の美女がいた。
ユリアは何かを察し、固まる。
「わたくし今からお茶でもしようかと思っておりますの。殿下もご一緒にいかがかしら」
(何、あれ・・・・)
ユリアは呆然とした。
今や、アレクシスとユリアの関係が良好であることは、学園中の生徒が知っている。
それなのにああやってアレクシスを誘うということは、
「喧嘩を売られていますわね」
隣にいたシエルがやや面白そうに言った。
「あれ、誰か知ってる?」
恐る恐る尋る。
「ユリア様も名前は聞いたことがあるはず。彼女が今回のプリマドンナ、カイナ=グランカですわ」
カイナ=グランカ。
確かに聞いたことがあった。
セシリア王立学園では、もうすぐ秋の感謝祭が行われる。コンセプトは生命への感謝、学べることへの感謝の2本柱だ。そして、生徒たちが所属する部活動の披露の場でもある。
内容は大きく分けて3つ。
芸術部による絵画や彫刻、刺繍など芸術作品の展示。
音楽部による歌劇。
剣術部に限らず、学園に所属する者なら誰でも参加が可能だという、剣術大会である。
さらにそのお祭りの最後には、学園の生徒が一同に会する、ダンスパーティーがある。
このダンスパーティーのパートナーを誘うため、男性は女性に花飾りを贈り、女性は男性に手作りのタッセルを贈るのが恒例になっている。
ちなみにユリアは文化的行事部に所属しているため、この芸術部と音楽部のサポートをする予定になっているのだが、カイナ=グランカは、その音楽部に所属し、今回行われる歌劇「カリロット姫」の主役を務める歌手だった。
「名前は知ってるわ」
ユリアはこの春に歌姫マルディアを呼ぶことに成功した。
その際、音楽部は特に喜び、熱狂し、感謝感激を伝えるため、ユリアに何枚もの手紙を送ったのだ。その中に、カイナの手紙もあったように思う。
「彼女、今回初めてプリマドンナに選ばれたのですって。すると、どうやら音楽部の貴族令嬢から恨みを買ってまったようで、派手に詰られていたそうよ。相手の令嬢は、たかが男爵令嬢のくせにって、身分をもち出したらしいわ」
「負けた上に恥の上塗りをしたのね」
「ふふ、そうね。そこになんと殿下が颯爽と通りかかって、今のあなたと同じように仰ったらしいわ。『恥ずかしいからやめなさい』って。婚約者って似るのね」
(何だろう・・・何か、恥ずかしい・・・・・)
「それ以来、ああやって暇さえあれば追っかけているらしいわ。婚約者がいることをみんなが知っている殿下を。彼女、強者よね」
夏季休暇があけたアレクシスは、笑い、憂い、喜び、悲しみ、時には拗ねた表情を見せる。
今までただ淡々と過ごしていた人形と違い、様々な表情を見せた。
その魅力に、周りが魅了されないわけがないのだ。
ユリアは複雑な心境になる。
本物のアレクシスがいてくれて嬉しい。嬉しいのだが、ライバルが増えるのは困り物だ。
しかも、正々堂々となんて戦えない。
ユリアは何もせずとも婚約者なのだから。
(安心なような、ずるいような・・・・・)
カイナに言いられているアレクシスはユリアに見られているとも知らず、困ったように微笑んでいる。
よくも悪くも優しすぎるアレクシス。
(あれ、これ、カイナじゃないな)
どちらかというと、はっきりと断らないアレクシスへのストレスを感じる。
「放っておきましょう」
ユリアはシエルに言い、カフェへと足を進めようとする。
「よろしいのです?」
「後で殿下をとっちめてやるわ」
だから、これ以上見ていたところで時間の無駄なのだ。
「お手柔らかになさいませ」
シエルは完全に面白がっている。




