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40 四大侯爵家の誇り2

 美しかったはずの母は棺に横になり、その姿はひどく痩せていた。

(一体、何が・・・・・)

 明日が葬儀だから準備をしておくように、と父は言った。

 その姿は憔悴しているように見えたが、事情を教えてはくれなかった。

 以前、夏季休暇に会った時、母はこんなに痩せてはいなかった。

 そして、学園に送られてきた手紙も、いつもと変わりなかった。

 突然のことすぎて、キールはどうしていいか分からない。

 母に仕えていた侍女を探し、問いただす。

「答えてくれ、一体何が・・・・何があったんだ」

 侍女はその場に泣き崩れた。

「旦那様が・・・屋敷に連れて来た方がいて・・・・・」

 しゃくり上げながら、侍女は少しずつ話した。

 ガイズは、まだ若い女性を連れてきて、側室にすると言った。

 そして、その女性のお腹には、子どもがいると言う。

 子爵家の生まれだという女性で、気が強く、ガイズの前ではおとなしいが、フレアの前では頻繁に暴言を吐いたのだという。

ーーーー侯爵様にとって、あなたはキール様の母上ではあって、女ではないのよ。

 だから、今愛されているのは、自分なのだと訴えた。

「奥様にそのようなことを言われるのは一度ではありませんでした。しかし、奥様は旦那様には何も仰らず・・・・・。やがて食が細り、奥様はキール様の帰宅だけを心待ちにされるようになりました」

 ガイズはその女性に、夢中だったという。

 女はマウリーと共に離れに暮らし、その姿はまるで最初から三人の親子だったのではないかと思われるようだった。

「父は・・・・母を捨てたのか・・・・・」

 離婚は選択肢になかっただろう。侯爵家の面子が何よりも大切な人だ。そんなことはあり得ない。

 離れとはいえ屋敷の中に若い女を囲い、それを感じ取れるような場所で母を独りにした。

「奥様はもう、限界だったのです」

「どうして亡くなったのだ」

「毒を・・・自分で毒をお飲みになられたのです」

 父は立派な人だと、父のような人になれと母は言った。

 母一人を大切にできない父は、果たして立派な人なのか?

 その瞬間、幼い頃から少しずつ増えていた父への疑念は、憎悪へと変わった。

 葬儀は寂しいものだった。

 屋敷の者たちの、啜り泣く声が聞こえる。

 キールは声を出すこともなく、静かに泣きながら母を見送った。

 そして葬儀が終わると、すぐに侯爵家を出て学園に戻った。

 父の顔も、マウリーも、連れて来たという女の姿も、見たくなかったのだ。

 何も考えたくなくて、日々本を読み、学業に打ち込んでいた。

 やがて冬季休暇は終わり、日常が戻る。

 キールは以前とは違い、学園内でも一人でいることが増えた。

「お腹でも壊したの?毎日、こーんな顔をしちゃって」

 声をかけてきたのはマリーベルだった。

 キールの顔まねなのか、眉間に皺を寄せる。

 キールは苦笑した。

「可愛いお顔が台無しですよ」

「あら、可愛いなんて言ってくれてありがとう」

 マリーベルはころころと笑う。

「何かあったの?」

 話したい気持ちもあった。しかし、侯爵家の醜聞だ。とても言えなかった。

「まあ、言いたくないならいいのだけれど」

 マリーベルはそう言って、キールの隣に座った。

「近いです」

「あら、嫌なの?」

 嫌ではないが、困る。

「私が辛いとき、あなたも隣にいてくれたじゃない」

「こ、こんなに近くはなかったでしょう?」

 慌てるキールに、マリーベルはまた笑った。

「誰も見ていないわ。それに、あなたは私に何もしないって分かってる」

 可愛い少女を、まるで悪魔のようだとも思う。

「冬季休暇中にね、王室から提案されたの。婚約は継続するけれど、立場は側妃になるんですって」

 キールは驚愕した。

「キャロライン様が正妃になるのよ」

 マリーベルは正面を向いたまま言う。

「ひどいわよねー、私は生まれた時からエドワード殿下の奥様になるんだって自分を磨いてきたのに、嫌になっちゃうわ」

 キールの中でマリーベルとフレアが重なった。

「でもね、婚約を白紙にしてもいいって言われたのに、それはできなかった」

 馬鹿よねーと笑う。

「あなたを慰めに来たようにして、実は私が慰められたいの。ねえ、慰めてくれる?」

 キールは不器用に手を伸ばし、マリーベルの頭を撫でた。

 他に慰める方法が分からなかった。

「ありがとう」

 隣で、マリーベルは少し泣いた。

 キールは考える。

 精霊の祝福とは何か。

 王家、四大侯爵家に与えられたという祝福。

 その誇りをことあるごとに口にしたガイズ。

 けれどその男は、女性一人を幸福にできないのだ。


 

 

 


 

 


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