39 四大侯爵家の誇り1
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読んでくださる方、本当にありがとうございます。
精霊から祝福を与えられた四大侯爵家の一つ。
その侯爵家の継承者。
生まれた時から定められていたその立場は、ひどく重荷に感じられた。
キール=ザフィールの父、ガイズは精霊を敬愛し、祝福を与えられた四大侯爵という立場に高い自尊心をもった男であった。
当然、一人息子にかける期待は高く、行き過ぎた躾は時に暴力も伴った。
王家を中心に、四代公爵家がこの国を支えているのだ。その一角を担うこのザフィール侯爵家の人間は、常に優れていなければならない、失敗は許されないのだと。
その考えは、まだ幼いキールを追い詰めた。
「ーーーーごめんなさい父上」
床に伏し、父に許しを請う。
「許してください」
鞭で打たれながら、何度も。
幼い子どもならば誰でもするような何気ない失敗に、一晩そこで反省しろ、と捨て置かれる。
血が流れるほどではなくとも、内出血したそれは痣となり、キールに傷を残した。
自分が出来損ないだから、駄目な人間だから、父に鞭で打たれるのだと、そう思った。
この痛みも、苦しみも、全部自分が悪いからなのだ、と。
キールは痛みを抱えながら、高みを目指した。
ガイズは立派な人間だった。
多くの人間にかしずかれ、忠誠を誓われている。屋敷の人間もガイズのことを悪く言う人間を見たことがない。
母は言う。
父上は大変立派な方だから、よく言うことを聞きなさい。あなたも父上のような人間になるのですよ、と。
そして、あなたに厳しくされるのは、期待されているからなのですよ、と。
キールは頷き、信じた。
そして、ある日、一人の少年が屋敷に連れて来られる。
名をマウリーと名乗った。
ガイズの婚外子だった。
母親が亡くなったそうで、今日から離れで暮らすとのことだった。
誇り高く正しくあれ、と言っていた父がやったことに、初めて違和感をもった。
母はどんな気持ちなのだろう、と。
しかし、そんなことは聞けなかった。
マウリーは明るく、屋敷の者に愛された。
学はそれほどではないが、剣に優れていた。
キールは彼にどう接してよいか分からず、戸惑ってはいたが、挨拶程度は普通に交わした。
見かけはするものの、食事は離れで取っているのか、そう会うこともなかった。
侯爵家を継ぐのは変わらずキールだ。そう影響はない、そう思っていた。
そしてある日、ガイズとマウリーが二人で会話しているのを見てしまった。
ガイズは優しく、その声音は穏やかなものだった。
父上が厳しくしているのは、期待しているからなのだという母の言葉が蘇る。
だが、果たして父が自分にあのような温かい笑みを向けてくれたことが一度でもあっただろうか、と戸惑いもした。
腑に落ちない何かを抱えたままやがて時は流れ、15歳を迎える年、キールはセシリア王立学園に入学した。
同級生には王太子エドワード=カイゼンがいる。
王宮で挨拶をしたことはある彼は、王子然とした、迫力のある方だった。
やがて侯爵として国王に仕えるのだから、学生のうちから自分が力なれたならいいと、そう思っていた。
そして、彼女に出会う。
マリーベル=ステュアート。
エドワードの婚約者である、伯爵令嬢だ。
キールの目に、マリーベルはどこまでも可憐な少女に映った。
そして、侯爵の家に生まれた自分の方が位は上なのに、やがて王妃になるこの方は自分より目上の方だとそう理解した。
けれど、エドワードの目が誰を追いかけているかは、一目瞭然だった。
キャロライン=ミーディア。
同じ四代侯爵家のミーディア侯爵家の末娘だ。
そして、以前はキールの婚約者候補でもあった。
結果的に四代侯爵家同士の婚約は、王家に敬遠される可能性があると判断されはしたものの、何度か会い、話をしたことはあった。
美しく聡明で、女性のわりに政治に関心が高く、はっきりとものを言う印象があった。
エドワードが彼女に惹かれるのに、そう時間はかからなかった。
だれの目から見てもそうなのだ。幼い頃からエドワードを見ていたマリーベルに分からないわけがない。
マリーベルはそれでも、一途にエドワードを思い続けた。
見ているこちらが切なくなるほどに。
キールはやがて、自分ならばそんな思いをさせないのに、と思うようになった。そして、王太子の婚約者と言う立場の彼女に恋心を抱いていることに気が付いたのだ。
初恋だった。
もちろん、一方通行の恋心だ。
誰にも知られるわけにはいかない。
それでも、エドワードを思うマリーベルを思い続けた。
第二学年の冬季休暇、キールは侯爵家に帰省した。
そして父に帰宅の挨拶をしようと執事に声をかけると、正面の階段からガイズが降りてきた。
自分のを迎えにきたのか、と意外に思いながら、キールは頭を下げる。
「父上、キール=ザフィール、ただ今戻りました」
「よく帰ったキール、疲れているだろうがお前に話がある」
ガイズはそう言い、ついてくるように言った。
周囲の者たちが、心配そうに視線を向ける。
何かあったのだろうか、と心がざわついた。
「昨日、お前の帰宅を待たずして、フレアが亡くなった」
「え・・・・・・?」
フレアは母親の名だ。
何かの間違いではないかと思った。
「昨日の朝のことだ」
けれどガイズは戸惑うキールを待たずに話を進める。頭が言葉を受け入れることができず、キールはただ呆然とした。




