37 弱気な王子
成人である15歳を迎える年度に、フォンターク王国の多くの王侯貴族たちはセシリア王立学園に入学する。
ユリアと共に学生生活を送れるとあって、アレクシスはその時をとても楽しみにしていた。
しかし、突然の毒殺未遂事件により、獅子の姿から戻れなくなったアレクシスは、それどころではなくなってしまっていたのだ。
ウィリアムの魔法陣の効果により、テディの姿になったアレクシスには、時々エドワードやキャロラインと過ごす時間があった。
「テディは可愛いけれど、困ったわね」
キャロラインは複雑な表情で、テディを抱き上げる。
「そうだな、このままではセシリアに行かせるのは無理だろう」
エドワードはどこか諦めたように言った。
「私たちの出会いも学園だった。テディよ、このままではユリア嬢にも別の出会いがあるかもしれんぞ」
おそらく冗談で言ったのであろうこの言葉が、テディの心の奥底に響いた。
(別の出会い?)
テディであってテディではない、心の奥のアレクシスが受けた衝撃は大きかった。
そして、その日の夕方、いつものようにウィリアムが作成した魔法陣は、テディをアレクシスに戻すことに成功したのである。しかし、
「アレクシス殿下の姿でいられるのは、わずか2時間程度みたいで・・・」
2時間たつと、獅子に戻ってしまうのだった。
「アレクシス・・・・」
キャロラインは心配そうに名を呼ぶ。
「それでも私は、入学したいです」
アレクシスは「お願いします」と頭を下げた。
困ったように見つめ合うエドワードとキャロラインに、ウィリアムは提案した。
「2時間ごとに魔法陣に入れば、どうにかなるかもしれません」
「ウィリアムの魔力が必要なのだろう、其方も学園に行かなければならなくなるぞ」
「どの道、この魔法陣の研究を続けるなら、アレクシス殿下のそばにいた方がやりやすいですから」
そして、継続することが無理なら、別の方法を考える、という約束で、ウィリアムは第一王子の従者として、アレクシスと共に学園に行くことになったある。
ーーーー入学式の日。
(ユリア・・・・・)
アレクシスの心境は複雑で、獣の自分を卑下しているアレクシスにとっては、まだ人に会うことが怖かったし、ユリアにどう思われるのかも怖かった。
だが、王子のアレクシスを、学園の生徒たちは放っておいてはくれない。
次々と向けられる視線。
ヒソヒソと聞こえてくる、自分のことを噂している話声。
アレクシスはその緊張感に耐えていた。
多くの人に囲まれることは、今のアレクシスにとっては苦痛でしかなかったのだ。
「ーーーーアレクシス殿下」
声をかけられて、振り向く。
目が合い、確かにお互いを認識した。
2年ぶりの逢瀬だ。
(ユリア・・・なんて綺麗になっているんだ)
心が踊り、血が騒いだ。
その瞬間、うずうずとした感覚が体中を駆け巡る。
(これは・・・)
まずいと判断した。
このままでは獅子に変化する。
「ああ、君か。久しぶり」
それだけ行って、背を向けて、足早に去る。
途中からは全速力だ。慌てて空いている教室へと逃げ込んだ。
「アレクシス殿下、大丈夫ですか?!」
後からついてきたウィリアムが駆け込んでくる。
「もう・・・無理・・・」
その瞬間、光に包まれたアレクシスは、大きな獅子に姿を変えた。
「どうして・・・2時間経っていないのに・・・」
ウィリアムは興奮気味の獅子を宥め、また魔法陣をかけるが、獅子はなかなかアレクシスの姿には戻らなかった。
「ーーーーというのが、あの日の真相なんだ」
アレクシス話しながらその様子を気にして、ちらちらとユリアの表情を窺う。
「ユリア様に会うと、興奮してか何なのか、獅子に戻ってしまわれたのです」
ウィリアムは補足するように言った。
ユリアは複雑な心境である。
つまり、あの頃アレクシスがとことんそっけなくユリアを避けていたのは、
「獅子に変身してしまうからだったのね・・・・・」
「魔法陣にも改良を重ねていたのですが、思うようにいかなくて・・・」
「それで、学園生活が無理だからって、泥人形になったの?」
貴重な学園生活なのに。
(そういえば、テディが言っていたわね)
ーーーーさむさむーってしてたのに、あつあつーってなっててね、ぼく、びっくりしたの。
「私がユリアを避け続けたことで、君の心がどんどん離れていくのを感じていたんだ。実際、君の表情が曇っていくのは、私も辛くてね。もういっそ何もかも話してしまおうかとも考えたんだけれど・・・・・」
アレクシスが一番怖かったのは、獅子である自分を、ユリアが拒絶することだった。
「普通の人間じゃないと嫌われるかもしれないと思うと、勇気がもてなくてね」
獅子の力で人を傷付けたことは、大きなトラウマだった。
「嫌いになんかならないわ、絶対に」
「今は、信じてる。テディの私に、君が何度も伝えてくれたから」
見つめ合う二人のいい感じの空気に、ウィリアムは少し顔を赤らめながら言った。
「本当、よかったです。あの時、ユリア様が『もう、アレクシス殿下のことなんか知らない』って言ったのを聞いて、殿下はまた、獅子から戻れなくなっちゃって、もうお二人は無理かもーなんて思ったりしちゃたりしたんで」
「え・・・?」
「その、ね、ユリア・・・あの時、私のことが嫌いになったんじゃないかい?」
ユリアはぼんやりと思い出す。
(そういえばあの頃・・・・・)




