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34 マリーベル=カイゼン

 マリーベルとエドワードの結婚は、そもそも、アレクシスの曽祖父が契約したものだった。

「学園時代、ひいお爺様は伯爵家の令嬢と恋に落ちたらしいんだけど、お互いに婚約者がいてね、家の反対を押し切ってまで結婚することができなかったんだって。まあ、昔の方が今よりもっと政略的だったと思うしね、王太子だったひいお爺様が勝手をするわけにはいかなかったと思う。」

 ユリアは、もし自分という婚約者がいるのに、アレクシスの本当に好きな人が自分じゃなかったら、と思うと、想像しただけで悲しかった。

 ユリア自身、この約2年半の年月を、そう思いながら過ごしてきたのだから。

「自分の恋心を孫に託したかったんだろうね。父上は生まれながらにして、マリーベル様との婚約が決まっていたんだ」

「正直に言っていいかしら」

「どうぞ」

「いい迷惑ね」

「ふふ、そうだね」

 アレクシスは正直なユリアにふわりと笑う。

「父上にとって、マリーベル様は特別好きでもないけど、嫌でもない相手だったらしい。だから、別に婚約してもいいかくらいに考えていたのだけれど・・・・」

「キャロライン様に出会ってしまわれたのね」

 アレクシスは複雑そうに頷いた。

 自分の両親の恋話というものは、どうにも照れくさいものがある。

「当時の父上は、わがままというか・・・ずいぶん傲慢な性格をされていたらしくてね」

「エドワード様が?!」

「あ、ご自分で言われていたんだよ」

 アレクシスは焦ったように言う。

「そんな父上に対し、『間違ってるだろー!』って食ってかかったのが、“学園の華”と呼ばれていた母上だったんだって。で、気になって気になって・・・気が付いたら好きになってたって、惚気られました」

 ユリアは若かりし国王夫妻の聞いたことがなかった恋話に、ドキドキした。

「母上の実家がミーディア侯爵家だったことも大きかったんだ」

 本来、相応しい年齢の娘がいるなら、王妃に相応しいのは侯爵家の娘だ。

「父上は母上に惚れ込んで、母上もそんな父上を憎からず思っていた。だけど、婚約者の伯爵家は、ひいお爺様と契約を交わしている。だから王家としては、正妃を母上に、側妃をマリーベル様に、という形で提案した」

 マリーベルの気持ちを考えると、ユリアは胸が締め付けられるような気がした。

「婚約を白紙に戻すこともできたらしいんだけど、マリーベル様は父上とどうしても結婚したくて、周囲の人には、『運命の王子様』なんだって話していたらしい。父上も、一途な思いに心打たれるところもあってね、本人がそう望むなら、と・・・」

 実際、国王や貴族が側室を娶ることは珍しくない。そこまで反対されることもなかっただろう。

「母上の胸中までは知らないけど、寛大な方だし、マリーベル様ともうまくいっていたと思うよ。ただ、王太子は一人だから・・・」

 アレクシスは苦笑する。

「私が生まれた後に、レオンとサーシャが産まれたけど、生まれたばかりの頃のレオンは病弱だったらしくてね、マリーベル様はとても心配されていたんだそうだ。その後、元気いっぱいにフレディが生まれたことで、マリーベル様はフレディに夢をもってしまった」

「まさか・・・・」

 嫌な予感に、ユリアの表情が青ざめる。

(いや、アレクシスが毒殺されそうになったのは、マリーベル様が亡くなった後のはず)

 ユリアは、そんなはずがないと、自分の考えを否定した。

「これは、王家でも知っている者は少ないのだけれど、私が8歳になったばかりの頃、母上は二人目を妊娠されていたんだ。そして、まだお腹が目立っていない頃に、母上は階段から落ちそうになったマリーベル様を庇って、その子を流産してしまった」

「え・・・・・」

 それは、衝撃的な話だった。

「私もついこの間まで、知らなかった。・・・・・二人とも私には、傷付いている姿を見せたりしなかったから」

 アレクシスは悲しそうに視線を下げ、話し続ける。

 決して、わざとではなかったのだと・・・そう信じていると、エドワードはアレクシスに語った。

「母上はもちろん、父上もそれは気落ちされたそうでね、そしてその原因となってしまったマリーベル様も・・・・・」

 三人の心の中に、どれほどの葛藤があったことだろうか。

 ユリアは想像する。

 思い合うエドワードとキャロライン。健康に生まれ、王太子を期待され、すくすくと育つ第一王子のアレクシス。マリーベルにはそぞかし順風満帆に見えたことだろう。

 決して表に出してはいけない嫉妬を、心に抱え続けていたのかもしれない。

 キャロラインにも、マリーベルのせいではないと分かっていても攻めたくなる気持ちがあったのではないだろうか。誰だってそう考える。

 しかし、キャロラインもエドワードも、マリーベルを責めなかったのだろう。

 いっそ、罵られた方が、マリーベルは楽だったかもしれない。

「マリーベル様は、徐々に記憶が混濁しはじめたんだ」

 罪悪感はゆっくりと、周囲も気付かないほどに時間をかけて、じわじわとマリーベルの心を蝕んでいった。

「そして、自分が母上のお子を意図的に殺めてしまったと、思い込んでしまった」

 言動がおかしくなり、やがて極端な思考に走った。

「母上の子を殺したのは自分だから、今度は自分の子どもを殺そう。マリーベル様はそう言って、フレディに手をかけようとされたんだそうだ」

 声を上げそうになって、ユリアは口元を押させる。

「幸い・・・乳母のメアリが気付いてね、大事には至らなかった」

(一番、大事だったから・・・・?だから、殺そうとしたの・・・?)

「フレディはこのこと、寝ていたから知らないんだ」

(知らなくてよかった・・・)

 子どもは無条件に自分の母親を愛するものだ。その母親に殺されそうになるだなんて、想像したくもなかった。

「父上もこれを重く見られてね、医師と相談し、マリーベル様を隔離して子ども達には会えないようにした。うつる病気だからと嘘をついて・・・・・」

 マリーベルの口数は少なくなり、ベッドの上でぼうっと窓の外を眺めている時間が長くなっていった。

「それでも、父上なりに、マリーベル様のところへ行って、お話をされていたんだそうだよ。けれど、お心が戻ることはなく・・・・・」

 マリーベルの状態は悪化し、幼児へと退行していった。

ーーーーーあのね、いつかね、王子様が迎えにくるのよ。

 エドワードはその夢物語を聞いて、自分の選択が過間違っていたのではないかと繰り返し考え続けた。

 誰よりも愛されることを願った少女は、王子の一番にはなれなかった。

「そしてある日、マリーベル様は自ら毒を飲んで亡くなられたんだ」

 意識がはっきりしていた時に書いたらしき、自筆の遺書がそばに置いてあったのだという。

 マリーベルは病気で亡くなったことにし、自死が公表されることはなかった。

 遺体は丁重に葬られ、今も王家の墓に眠っている。

「マリーベル様にはお輿入れの際、伯爵家から連れてきた侍女がいてね、フレディが生まれてからは、マリーベル様立っての願いで、乳母を務められていた。私もよく見知っていた人だからね、安心していたんだ」

 アレクシスは今でも、あの時の恐怖を忘れたわけではない。

 思い出すだけで、体が震えそうになる。

 けれど今、目の前には自分を愛してくれるユリアがいる。

「私に毒を飲ませたのは、その乳母なんだ」

 アレクシスは拳を握りしめる。

「なぜなのかは、未だに分からない。私は、13歳だった」

 




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