31 祝福を受けし者2
王子としての対面を保てるだけの服装に着替えたアレクシスは、少しほっとする。そして婚約者の父であるマグリッドに会う覚悟を決めた。
その前に、
「みんなは怪我をしたりはしていないかい?」
アレクシスは尋ねた。
「レオンが私を庇って足を怪我したの」
「サーシャ!大丈夫だよ、大した怪我じゃないんだ」
レオンはどこか恥ずかしそ言う。
「見せてごらん」
アレクシスはしゃがみ、レオンの傷を確認した。爆風で何かがぶつかったのだろう。うっすらと痣ができ、腫れている。
アレクシスは足元に右手をかざした。
光が広がったかと思うと穏やかな熱が傷を癒し、レオンは驚愕する。
「兄上は、治癒能力をおもちなのですか・・・?」
レオンは尊敬の光を携えて兄を見つめた。
「リオネル様からいただいた加護の力だよ」
アレクシスはもう、その力を恐れてばかりではなかった。
「まだコントロールできるようになったばかりなんだ」
(加護・・・・・?)
ユリアは急速に頭の中を整理していく。
ウィリアムの後ろにいたはずのテディ。
ユリアが殴られて床に倒れたとき、テディは獅子に姿を変え、その力は暴走した。
ユリアは止めなければと思い、獅子になったテディに抱きついた。
そしてその後、気を失う最中、ぼんやりと見た姿はアレクシスだった。
(ん・・・・・?)
いや、そんなまさか、と一人笑う。
「一人で笑って、どうしたんだい?ユリア」
ユリアの顔をそっと覗き込むアレクシス。
ーーーーおねえちゃん、どうしたのー?
幼いテディの姿が脳裏に浮かぶ。
「な、なんでもないわよー、ほほほ」
(そんなわけがないわよね)
いや、そんなことはあってもらったら困るのだ。
(テディは黒髪だし、違うに決まってるわ、うん)
自らを説得する。
(テディとディーン殿下が似てるなって思ったりもしたけど、関係ない関係ない)
だって色が違うし!と必死に言い聞かせた。
「アレクシス、なるべく早く陛下にも会ってちょうだい」
キャロラインは真面目な顔で言った。
エドワードが、どれほどこの日を待ち侘びていたか知っている。
あの事件に、どれほど心を痛めたことか。
「シュマルフ侯爵にお会いしたらすぐに」
アレクシスは約束した。
シュマルフ侯爵家は王国の四大侯爵家であり、最も貴まれる貴族の一つである・・・にも関わらず、避難してきた貴族が一同に集まる場所にいた。
同じ四大侯爵家のマルティナ侯爵など、休める部屋を用意しろと喚き散らし、まだ避難が完了していない人も多くいたというのに、侍従たちは専用の部屋を用意させられていた。
その姿に、シュマルフ侯爵とミーディア侯爵はみっともないと冷たい視線を送る。
気を遣って、他の四大侯爵家の方々にもすぐに専用の部屋を用意します、と言いにきた侍従に、そんなものは必要ないから、怪我人の手当てを優先してほしいというと、感動したように礼をし、行動に移していた。
緊急時にこそ、貴族としての真価が問われる。
フォンターク王国の貴族には、大精霊リオネルの敬愛の元に、「貴族たるもの美しく生きよ」という教訓のようなものがある。「美しさ」とは何か、を深慮することが貴族の嗜みなのだ。
強欲に生き、権力を振りかざしている者が、果たして美しいといえるだろうか。否、である。
四大侯爵家の二組がそうして現状に耐えているからこそ、他の侯爵やその下位の貴族たちは文句を言わず、待つことができるのだ。
マグリッドはこの場いないもう一人の四大侯爵について考える。
パーティーの会場にはいた。挨拶も交わした。
しかし今、キール=ザフィールの姿はない。
兼ねてより胡散臭い男だった。いつも笑顔でいるようでいて、その実、目の奥が笑っていない。
権力に酔いやすいマルティナのように単純な男ではない。
(まさかやつが・・・・・)
ザフィール侯爵家から今日のパーティーに参加していたのは侯爵ただ一人。
奥方や後継の子息は姿を見せてはいなかった。
マグリッドの心に浮かんだ靄は晴れない。
(この四大体制も、もしかすると続かぬかも知れぬな・・・)
そう思った時だった。
「ーーーお父様、お母様!」
家族の姿を見つけたユリアが、駆け寄ってくる。
「ユリア!」
隣にはアレクシスの姿がある。
「ユリア・・・ああ、ユリア、ちゃんと顔を見せてちょうだい」
そばにいたジュリアーヌがユリアの頬に触れ、涙声で言った。
「お母様、よくご無事で・・・」
「本当に、心配したんだぞ」
セドリックもほっとしたように言う。
「お兄様・・・」
家族のありがたみや大切さについて、ユリアはこれほどまでに実感したことはなかった。
一頻り家族で無事を喜び合い、侯爵家へ帰る段取りについて話す。
「今馬車を手配しているが、何分混乱しているだろうからな、気長に待とう。何、みんなが無事なのだから、ゆっくり待ばいいのだ」
マグリッドはそう言いながらゆったりと笑う。
ユリアは、自分身を挺して護ってくれた父を、頼もしく、そして誇らしく思った。
「シュマルフ侯爵、お久しぶりです」
アレクシスは内心ハラハラしながら、侯爵に挨拶をする。
さっきまでの泥人形とは異なる雰囲気に、マグリッドは本物のアレクシスだと察した。
「殿下・・・何やら事情があったとか。また改めて、聞かせてもらえますかな?」
マグリッドは真剣な表情で尋ねた。
アレクシスも神妙に答える。
「必ず」
「ならばそれでよい」
マグリッドはあっさりと言った。
その胸中の複雑さは察するに余りある。
そしてアレクシスはある決意を元に、周囲を見渡す。
貴族たちは疲労し、多くの者が痛みを堪えている。
アレクシスは、その場の全員に聞こえるように声を張った。
「皆の者」
ザワザワとしていた避難所はしんと鎮まり、誰もが美しい王子の姿に目を奪われ、その声に耳を澄ませた。
「私はこの度、大精霊リオネルより加護を授かった」
アレクシスは思ったのだ。
もうこの力を誰に知られても構わない、と。
「リオネルの意志である、今よりここにいる皆の傷を癒そう!」
自分には、どんな姿でも好きだと言ってくれる女がいるのだから。
「光に身を委ねよ」
アレクシスは目を閉じ、念じた。
大きな温かい光が、人々を包み込み傷を癒していく。
この場にいた侍女侍従に至るまでの皆、まるで浄化されるような心地だった。
湧き上がるリオネルへの敬愛の念。そしてその思いは、この国の王子アレクシスへと向けられた。
「リオネル様だ・・・・」
誰かが呟いた。
「アレクシス殿下は大精霊リオネル様の再来だ!」
次第に声は大きくなり、アレクシスへの称賛は、しばらくの間止むことはなかった。




