29 エドワードの愛
広間は、さっきまで大きな爆発があったとは思えないほど静かだった。
グレイは扉から中に入り、衝撃を受ける。
(全員が倒れている・・・・?)
この中に何が起きたが説明できるものはいるのだろうか、と考えていると、何やらゴソゴソと人の気配がした。
「ア、アレクシス殿下!」
もう何年も姿を見ていない、フォンターク王国の第一王子だ。
「久しぶりだね、グレイ」
「ついに、ついに戻られたのですね・・・」
グレイはちょっと泣そうになったが、ぐっと堪えた。
「ところで殿下、その格好は・・・・?」
ギクリ、とアレクシスは固まった。
王子の服は、なぜか上下共にサイズが全くあっていない。
「あれ、こいつはラクルード・・・なんで裸なんだ?」
足元に伸びているラクルードは、下着しか身につけていなかった。
グレイはラクルードの姿をわずかな時間しか見てはいなかったが、今アレクシスが身に付けている服は、ラクルードが着ていたような気がする。
(身ぐるみはいだのですね、殿下・・・・)
「広間に残っている者は皆、眠っているだけだ。命に別状はない。それから、この者は今回の爆発事件の首謀者の一人だ。捕まえておいてくれ」
言いながら、アレクシスはユリアの元へ行き、そっと抱き上げた。
「彼女は私が運ぶ」
グレイはジーンとしながら、その光景を見守った。
そして、少し離れたところで倒れているウィリアムを見つける。
「おい、ウィリアム!起きろー!」
頬を軽く叩くと、ウィエリアムは「うーん」と言って寝返りを打とうとする。
日頃の寝不足がたたっているのだ。この状況で筆頭魔法使いが気持ちよく寝てどうするのか。
「あっ、大精霊リオネルだ!」
グレイがあり得ないことを大声で叫ぶと、ウィリアムはガバッと起きて「え、どこどこ?」と尋ねた。
この執着心は誰にも真似できない。
「ウィリアム、嘘だ」
「え・・・・あ?」
ウィリアムは左右を見回し、状況を把握しようとする。
「何があったか覚えているか?」
「えー・・・と、うん」
「まあいい。とりあえず、別宮にいる騎士団から応援を連れてくる。お前は眠っている人たちを起こすことはできるか?」
「うん」
何にせよ人手がいる、と考えながら、グレイは意識のないラクルードを軽々と肩に担いでいなくなった。
ウィリアムはまだ少しボーッとしながらも、素早く小さな魔法陣を空中に描いた。魔法陣は床に着地し、光を放っている。ウィリアムはその上に乗って、ささやくように言った。
「皆さん、起きてくださーい」
ウィリイアムの声は、人々の耳元に優しく届く。
目覚めを促されたように、人々はゆっくりと意識を取り戻していった。
「あら・・・わたくし、どうしていたのかしら・・・」
どこか幸せな気持ちで目を覚ました人々は一様に、とてもいい夢を見ていた気がすると言った。
エドワード=カイゼンは別宮に運ばれて、すぐに意識を取り戻した。
ふと温かみを感じて視線を向けると、フレディがその手を握り締めている。
「父上っ」
エドワードは驚いた。
近年のフレディは家族に心を閉ざし、エドワードを拒絶するかのような態度だった。
きっかけは乳母メアリの死だ。そして、その真実を隠そうとしたエドワードへの不信。
フレディはメアリの死を悲しみ、嘘を厭い、心配する兄姉にも背を向け、まるで自ら孤独になりたがっているかのようだった。
やがて心は荒み、世間を恨み、態度も言葉も荒れていった。
王宮内でのフレディの評判は徐々に悪くなり、周囲からは心配の声も上がっていた。
セシリア王立学園に入学後、この夏季休暇に初めて帰省してからは、ただ淡々と、王子としての役目を果たしているだけのようにエドワードは感じていた。
父としての自分の態度が、彼の心に寄り添っていなかったのだと、後悔していた。
家族の命が脅かされ、怒りを感じていたこともある。
その裏に何者かが潜んでいることを知り、犯人を探すことに重きを置いてしまった。
母を失い、乳母を失い、心の拠り所を失くしたフレディを、父の愛をもって、まずは抱きしめてやるべきだったのに。
目の前で泣きそうな顔をしている息子が、自分を心配をして父と呼んでくれる。
その幸せを噛み締めた。
「フレディ、お前が無事でよかった」
その言葉に、フレディの顔が歪み、瞳には涙が滲む。
ーーーあの瞬間、エドワードは国王という立場を忘れた。
もちろん王は、自分の命を最優先に守らなければならない。その肩に国民の生活が乗っているからだ。けれど爆発の気配を感じたときのエドワードは、ただの父だった。
フレディを抱きしめ、その爆風から護った。
この子が救えるなら、自分はどうなっても構わなかった。
それが間違いだと、分かってはいるけれど・・・・・。
「どうして・・・僕はずっと・・・・・」
フレディは耐え切れずその頬に涙を流した。
エドワードが優しくて、それは思い描いていた理想の父親で。
ここにあるのは、自分があの日見た、温かい家族の空気だった。
「父上が無事でよかった・・・・・」
フレディは俯き、小さく呟いた。
今年15歳を迎える、14歳のフレディ。その身体はまだほっそりと小さかった。
小さな体で虚勢を張って、一人でいいのだと過ごしてきた。
けれど、本当はこんなに父親の愛に飢えていた。
「父上・・・・」
フレディの声は震えていた。
「お話があります」
全てを話そう、フレディはそう覚悟を決めるのだった。




