28 アレクシス=カイゼン
ーーーーフレディ殿下が、ぜひアレクシス殿下にも飲んでほしいとのことです。
微笑みながら入れてくれたのは、うす桃色の花が入った、可愛らしいお茶だった。
その微笑みの向こう側で、侍女はアレクシスに、死んでくれと願っていたのだろうか。
口を付けるその時を、侍女が待っている。
カップを口元に近付けると、花のいい香りがした。
弟のフレディは、どこか遠慮がちな子どもだった。
腹違いを気にしてからか、周囲の気配を敏感に察し、出しゃばらないようにしているところがあるように見えた。
自分とはまた違う繊細さをもつ彼は、母親を亡くしてからはいつも寂しそうに見えた。
そんな彼がプレゼントしてくれたという花紅茶を、テディは嬉しく思う。
「いい匂い」
こくり、と飲んだ。
「・・・飲みましたね・・・・・」
侍女は低い声でそう言った。直後、ドクンと、心臓の音が聞こえた気がした。
心臓は早鐘を打ち、体が異変を感じる。
指先が震え、持っていられなくなったティーカップが、床に落ちて割れた。
「あ・・・ああ・・・・・」
苦しくて、何かに縋ろうとテーブルクロスを掴む。
信じられない思いで侍女を見上げると、侍女は、どこか悲しそうな表情をしていた。
「私もすぐに行きますから」
そう言うと、ポケットから小さな瓶を取り出し、煽るように飲んだ。
「はあ、はあ、はあ・・・・・」
呼吸ができなくなり、意識がぼんやりとしていく。
「な、ぜ・・・・・」
なぜ、アレクシスに毒を飲ませたのか。
そしてなぜ、毒を飲ませることに成功したのに、そんなにも悲しそうだったのか、アレクシスには分からない。
燃えるような痛みと苦しみの中で、それに抗おうと、体の中に何かが生まれたのがわかった。
獅子の奥で、アレクシスはわずかに意識を保っていた。
殺されそうになったことへの恨み。
毒を飲んだ痛みと苦しさ。
真実を語らないまま、死んでいった侍女への憤り。
自分の中から生まれた、強大すぎる力。
襲いかかってくるような怒涛の感情の中で、アレクシスは意識を手放した方が楽だった。
獅子の絶望が光を増幅させる。
止めなければ、と分かっていたのに、どこかぼうっと鈍くなっていた感覚は、暴走を止めることはなかった。
周囲にいた人々は、突然現れた凶暴な獅子を恐れ、その制御しきれない力に傷付いていた。
こんなにも多くの人を、自分の力が傷付けたのか。
あの侍女も、自分が殺したようなものなのかもしれない。
そう思えた。
自分が恐ろしいーーーーー。
やがて獅子は力を使い果たし、倒れた。
アレクシスに戻るのが、怖い。
身の内にこんな獰猛な獣がいる自分が、ひどく恐ろしかった。
ーーーーありがとう。
そう言って、ふわりと笑う少女の笑顔が脳裏をよぎった。
美しいものや可愛いものが大好きだといういう少女は、自分が選び、手折った花を贈ると、まるでそれが値の張る宝石よりも価値が高いものなのではないか、といいうほどに喜んだ。
引っ込み思案で、勇気がなく、母親の後ろに隠れるような自分を、彼女は大丈夫だと肯定してくれた。
「お父様が言っていたのだけどね、人の短所と長所って、紙一重なんですって」
ユリアはどこか得意そうに言った。
「勇気がなかなか出なくて、すぐに行動できない人は、物事をよく考えられる慎重な人なんだって。でね、私みたいにどこでもすぐ突っ込んでいくような人は、失敗を恐れない行動力がある人なの」
それは、目が覚めるような言葉だった。
「『何事も考え方次第で、人の評価は変わるのだ』って偉そうにおっしゃっていたから、きっと本当のことだと思うわ」
“偉そうに”という言葉まで必要だったかどうかは分からないが、アレクシスはユリアのことが心から好きになった。
(ユリアに、怖がられたくないな・・・・・)
彼女の笑顔が好きだった。
けれど今の自分を見たら、ユリアは怖いと言って泣くかもしれない。
こんな恐ろしい獣の婚約者は嫌だと、拒絶されるかもしれない。
大好きなあの少女に、嫌われるかもしれない・・・・・。
人間の姿に戻る勇気は、とてもじゃないがもてなかった。
やがて、獅子の元に一人の魔法使いが現れる。
最初はただひたすら魔方陣を仕掛けてくる魔法使いが邪魔で、鬱陶しかった。
そのうち、魔法使いは獅子に対し、まるで犬か猫のように接し始めた。
そこに悪意はなく、優しく撫でてくる手は心地よかった。
獅子の姿を恐れず温かい愛情をくれる魔法使いに、獅子は閉じていた心を、少しずつ緩めていったのだ。
度重なる失敗の末、ウィリアムの魔法陣は、ついに獅子を人間に戻すことに成功した。
しかしその魔法陣は、アレクシスの記憶をも奪うものだった。




