16 獅子の後悔
怒りに身体が沸騰しそうで、獅子は咆哮をあげた。
小さな体の中に入り込んだ毒が熱を生み、体中に痛みが走る。
この痛みをどうにかしたくて、激しく暴れた。
目の前で自分の世話をしてくれていた優しい人たちが、大きな獣の恐ろしさに悲鳴をあげ、逃げ惑っている。
向けられるその目には恐怖の感情を宿していて、獅子の感情を煽った。
なぜ、こんなことになったのか。
獅子はすでに死んでいるよく知った侍女の亡骸を前に、怒りを抑えられなかった。
自分のせいで死んだのか。
悔恨は痛みに掻き消される。
収まらない怒りに、理性がコントロールできない。
体から光の力が溢れる。
そして獅子は自らの力を出し尽くし、意識を失った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
泣き腫らした目をした二人は、応接室のソファに並んで座り、砂糖をたっぷりと入れた温かいミルクティーを飲んでいた。
「おいしいですね」
ウィリアムがそう言って微笑むと、テディも小さく「うん」と頷いた。
ユリアは対面のソファに座り、まじまじと着ぐるみを脱いだテディの耳を見た。
(まさか、尻尾まであるなんて・・・・・)
うす茶色の尻尾の先には、濃い茶色の毛が豊かに存在を主張し、ゆらゆらと揺れている。
(あの尻尾はネコというよりも・・・・・)
まるで子ライオンの耳と尻尾のような特徴を見て、ユリアは大精霊リオネルの化身と言われる獅子を思い浮かべた。
テディは精霊の加護をもっている。考えられないことではないのかもしれない。
「おっと・・・」
ウィリアムが素早くテディの持っていたティーカップとテディを支える。
「危ないところでしたね」
テディはうつらうつらと船を漕いでいる。
泣き疲れたところに、ミルクティー を飲んで、 ホッとしたのだろう。
「ベッドに連れて行きましょう」
すぐに執事がやってきて、テディを柔らかいタオルケットで包み、耳と尻尾を隠してユリアの寝室へと運んでいった。
ユリアがテディの身体の異変について知らせたのは、マグリッドと執事のエセルバートだけだ。
他の侍女や侍従は下がらせている。
残ったウィリアムとユリア、そしてマグリッドはしばらくお茶を飲みながら、無言の時間を過ごした。
そして、
「テディ様は大精霊リオネルの大きな加護をおもちなのです」
ウィリアムが口火を切った。
「その力は獅子そのものに姿を変えることができるのです・・・というより、実は今のところはそれが一番自然体なのです」
衝撃的な話に二人は体をこわばらせた。
「獅子に?」
「はい。それも、精霊伝説で伝わっているようなとても大きな獅子です」
歴代の王家や高位貴族の加護もちの中でも、体が変異するなどという話は聞いたことがなかった。
行き過ぎた力は脅威にも受け取られる。王家が隠し、保護してきたのにはそんな事情があったからなのかと、マグリッドは半分納得していた。
ウィリアムは少し悲しそうに話を続けた。
「もちろん、生まれた時からそうだったわけではありません。テディ様は以前、致死量の毒を服用されたことがあるのです」
「なんですって・・・」
ユリアの中に、溶岩のようにドロドロとした怒りが湧き上がる。
「強い力を宿す獅子に変身することで、身を守ったのだと思います。ただ、獅子に変身した時のテディ様は人としての理性のコントロールを失い、力を暴発させてしまいました。近くにいた者たちは、その余波を受け、傷を負った者もいたのです」
幼いテディは、その事実にどれ程怯えたことだろうか。
「テディ様は獅子である自分が、周りからどう見られるかということをとても気にされています」
ーーーーおねえちゃんがぼくをきらいにならないなら・・・・・
ユリアは胸が締め付けられるように苦しくなった。
「ぼくは、毒と加護の影響で獅子の姿から戻ることができなくなったテディ様を人間に戻すことができないか、と陛下から直接依頼を受けました。だから、魔塔の魔法使いでも、このことを知っているのはぼくだけなのです」
それからの長い年月を振り返り、ウィリアムは拳を固く握りしめた。
「ぼくは、精霊やその加護に興味があって、その依頼を安易に引き受けました。魔塔の中で加護について一番詳しいのは自分だという自負もありました。だけど、ぼくの全力をもってしても、テディ様を完全に人の姿に戻すのは難しく、ぼくは・・・・・役立たずです」
ユリアはこれまでのウィリアムの言葉が、ようやく少し、理解できたような気がした。




