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1 セシリア王立学園

「ぼく、おねえちゃんのことが世界で一番好き!」

 こぼれそうほど大きな瞳を潤ませて、彼はそう笑った。

(何この可愛い生き物!か〜わ〜い〜い〜!!)

 彼の名はテディ。4歳の男の子。

 黒髪はツヤツヤのサラサラ。うるうるの瞳は薄い茶色。肌はぷくぷくのやわやわ。

 ユリアはテディをギュッと抱きしめた。

「私もテディがとっても大好きよ」

(私、この子がいれば婚約者なんてどうでもいいわ〜)

 この可愛さ、そう思っても仕方ないと思う。



 白亜の城とも評されるセシリア王立学園は本国の王侯貴族が集まる全寮制の学校である。大陸戦争から約200年、カイゼン王家を中心に栄えるこの国、フォンターク王国では15歳を成人とし、その年度初めから学園に通うことが通例である。

 親元から離れて自立した生活を送るため、敢えて王都のはずれに建設したため、家に帰ることができるのは、特別な用事がある時か緊急時、長期休暇くらいである。とはいえ複数名の侍従・侍女を連れてきても良いことになっているため、設立当初の目的である「自立した生活」ができているとは言い難い。

 ユリアは今年17歳。3年間の学園生活の最終学年であり、卒業後には結婚することが決まっている。

 結婚相手のことを思い、ユリアは憂鬱になった。

 アレクシス=カイゼン、この国の第一王子であり、王太子候補である。つまり、ユリアはフォンターク王国の次期王妃候補だった。

 初めてアレクシスに出会ったのは8歳、ユリアは銀髪の美少年に一目惚れした。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 城下を通り抜けて城門をくぐると、馬車2台がすれ違うことのできるほどの道を挟んで、大人の背丈の2倍ほどあろうかという壁が聳えている。真っ直ぐな道の向こうに、美しい本宮が見えた。

「おとうさま、おしろきれいね。」

「そうだね、ユリア。危ないから窓から顔を出すのはやめなさい。」

 ユリアの父であるマグリット=シュマルフは、無邪気に喜ぶユリアを微笑ましいと思いながら注意した。

 王宮の入り口の手前で乗っていた馬車を降りると、目の前には大きな円形の噴水があり、気持ちよさそうに軽く飛沫を上げていた。

「わあ〜」

 ユリアは高位貴族であるシュマルフ侯爵家の一人娘であり、家族と暮らす邸宅はとても立派である。それでも王宮は規模が違った。見るもの全てが美しく、心が躍った。

「とってもすてき」

 ユリアはきれいなものがとにかく好きだった。

 そして出会ってしまったのだ。

「陛下と王妃殿下に拝謁いたします。こちらは娘のユリア=シュマルフでございます。」

 謁見の間でシュマルフ侯爵が頭を垂れ、ユリアを紹介した。

 ユリアは家で練習した通りに一歩前へ出て、幼いながらも精一杯のカーテシーを行いながら、挨拶をした。

「ユリア=シュマルフです。おめにかかれてこうえいでございます。」

「まあ、可愛らしいこと」

 ユリアの前には王と王妃が並んで座っていた。

 初めて見る王は威厳たっぷりで、王妃は凛とした雰囲気があったものの、微笑みかけてくれる表情は二人とも優しそうだった。

 そして王妃の後ろから、少年が姿を現した。

「ほら、あなたもご挨拶なさい。」

 少年は王妃に促されてユリアの前にやってきた。

「ア、アレクシス=カイゼンです。王宮へようこそ」

 ユリアは少年、アレクシスの美しさに口が半開きになった。

 銀髪のサラサラストレートは、肩口でまっすぐに揃えられていた。美しいブルーの瞳はキラキラと揺れている。しかも、第一王子という身分にも関わらず、偉ぶるどころか、ユリアに対して恥じらっている。

 ユリアは幼いながらに思った。

(ま、負けている・・・・・!!)

 ユリアも両親や祖父母に可愛いと言われながら育った。自分が不細工だとは思っていない。だがしかし、ここに本物の美少女・・・ではなく、美少年がいたのだ。 

(かわいい!すき!!)

 ハートを掴まれた。

 目が離せなかった。

 そして、紹介されたアレクシス王子が婚約者候補であることを聞いたユリアは、全力で受け入れたのであった。

 それから度々アレクシスに会い、一緒に過ごした。花を摘み、贈りあったこともある。

 いつも優しく、おっとりとしていて、ユリアはそんなアレクシスがずっと好きだった。

 そう、大好きだった。

 しかし、どんな事情があったのかは知らないが、13歳になった時、アレクシスは王妃様の実家に預けられ、それからセシリア王立学園に入学するまで、ユリアと会うことはなかったのだ。

 学園に入学することは、ユリアにとって、アレクシスに再会することだった。

 十代の少年少女の成長は目を見張るものがある。丸二年もの間、姿すら見ることのできなかった婚約者は、一体どんな風に成長していることだろうか。また、自分の成長を、アレクシスはどう受け入れてくれるだろうか。少しは女性らしさを感じて、ときめいてくれるだろうか。

 不安と期待を胸に入学式を迎えた。

 ところが、だ。

 アレクシスの存在を知らせるようにざわついていた周囲の人垣。

 皆がやや興奮気味にこの国の王太子候補を一目見ようと心待ちにしていた。

 ユリアも、どんな再会になるのか、心を弾ませていた。

「アレクシス殿下」

 堪えきれずに、声をかけてしまった。

 目が合い、お互いを認識する。

 その瞬間を、何と形容すればよいか分からない。

 ユリアはもう一度恋に落ちたのではないかと思った。

 二年前は正面にあった顔。今は少し目線を上げて見なければならないほど身長が伸びていた。

 変わらず、サラサラストレートの艶髪だったが、短く切り揃えられ、形のいい耳がはっきりと見えている。

 肩幅が広がり、もう可憐な少女に見間違えるようなことはなかった。

(か、かっこよくなってる〜!!!)

 比べて自分はどうだろうか。自分が胸を高鳴らせているように、アレクシスも何かを感じてくれているだろうか。

 ユリアはアレクシスが何か言ってくれるのを待った。

「ああ、君か。久しぶり」

 アレクシスは一言、そう言った。そして、背を向けて足早に去って行ったのだ。そう、まるで逃げるかのように。

「え・・・・・?」

 それはただの無視よりも酷かった。

 「君か」と認識しておいてからの拒絶。

 ユリアは混乱した。

 会うのを物凄く楽しみにしていたのだ。

 会ったら何を話そうかと、侍女に相談したり、日記に書き留めたりしていた。

 二人が婚約者であることを、周りも認識しているため、ユリアが拒絶されたかのような姿を見て、ざわざわとした雰囲気が広がった。

 それからである。アレクシスとユリアの結婚は、あくまで政略上のものであり、そこに愛はないのだと、周囲に認識をされてしまった。

 実際、それ以降もアレクシスの態度は変わらなかった。

 ユリアに興味がないのだ。

 目を合わせては、恥ずかしそうに微笑んでくれた可愛いアレクシスはもういない。

 自分がどんなにアレクシスを好きでいても、相手もそうとは限らないのだ。成長とともに、気持ちも変わったのだろう。

 ユリアは失恋した気分だった。夢にまで見た学園生活は色褪せ、しばらくは憂鬱な日々を送った。

 それでも、どんなに悲しくてもお腹は空くし、勉強は進む。

 せっかくの三年間の学園生活を無意味なものにしたくはない。

(ちゃんと青春しよう!)

 ユリアは勉強した。

 そして、行事にも積極的に参加した。

 そうしているうちに、信頼できる友や仲間もできた。

 第一王子という婚約者がいる以上、他の人と恋愛することはできなかったが、それでも充実した学園生活送ることができているとユリアは感じていた。

 

 

 

 

 

 

 




 



 

 

 

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