(4)お姉様は最高ですよ?
「オクタヴィアお姉様がとてもおきれいだから、見惚れていました」
「……まあ、そうなの?」
「昔からお姉さまは美人だと思っていましたが、迎えに出てきてくれたのを見て、息が止まるかと思いました。おきれいで、スタイルが良くて、ドキドキするほどの色香があるのに、笑顔は私が知っている明るくて清純なお姉様のままで……。ああ、だめだ。お姉様を讃えるための語彙が足りません! 筋肉質なおっさんたちが出てくる冒険物語とか戦記物とかじゃなくて、鬱陶しいくらいにヒロインを賞賛する恋愛小説を読んでおくべきでした!
国語のライモール先生の忠告は正しかったです! 今後は先生の忠告は絶対に聞くようにしますっ! せめてお姉様のお美しさを半分くらい表現できるようになりたいですっ!」
興奮してまくし立てていた私は、でもふとお姉様の表情が曇ったことに気付いた。
……あ、あれ?
もしかして、私、失礼なことを言ってしまいましたか?
恐る恐るお姉様の顔を見つめると、お姉様は慌てたように笑顔を浮かべた。
「違うのよ。あなたは悪くないわ。リリーに褒めてもらえて、とても嬉しいわ。でも……あのね、私、恥ずかしいんだけど……愚かにも過信していたの」
……過信、とは?
つい首を傾げてしまう。うつむいたお姉様は、本当に恥ずかしそうに真っ赤になっていた。
「領地では、みんなが私を褒めてくれたでしょう? だから、私……自分が美人なんだと思い込んでいたの」
「……えっと。お姉様は美人ですよ? そうだよね、サイラム先生」
「え? あ、うん、そうだね。タヴィアは、その……とてもお美しいと思う」
急に話を振ったせいか、サイラム先生はいつもの落ち着きがどこかに行っている。顔まで赤い。
でもお姉様はそんなサイラム先生の異変に気付いていない。と言うか顔を伏せてしまっている。
え? なぜそんな叱られている子犬みたいな顔しているの?
「いいの! 私はもうわかってしまったから! 私、全然きれいではないわよね。私が次期当主だから、領地のみんなは誉めてくれたのよね」
小さな声で声で答えるお姉様は、本当に恥ずかしそうだ。
真っ赤になって目を伏せるお姉様も、とても可愛らしくて魅力的だ。男なら思わず庇ってあげたくなるような雰囲気というか。実際に、何事にも動じないと言われていたサイラム先生が、とても落ち着かない様子になっていて……。
……いや、ちょっと待って。
何だか、変な単語を聞いた気がする。
というか、さっきから全く話が読めない。……え? もしかしてお姉様は……自分が美人ではないと思っている? いや、まさか…………ええっ!?
「オクタヴィアお姉様は美人ですよ! お顔立ちは完璧で、背は高くて、スタイルはいいし、とても優しいし親切だし、笑顔は清らかで明るいし! 妹なのに、久しぶりのお姉様に見惚れてしまったんですからっ!」
私が懸命に言ったのに、お姉様は優しいけど寂しそうな顔で微笑んだ。
「リリーは優しい子ね。でも、いいのよ。私は背が高すぎるし、顔も硬いし……」
「誰ですか。そんなひどいことを言ったのは!」
「王都の方々は礼儀正しいから、面と向かって言われたことはないわよ? でも……こっそりそう言っているのを聞いてしまったのよ。それに……誰も私の周りにきてくれないということは、そういうことなのよね」
……は? なにそれ。
それって、ただの嫉妬だよね。田舎者が来ると侮っていたら、光り輝くような絶世の美女が現れて、行き場のない嫉妬から意地悪の限りを尽くそうとしているに決まっている。
でも、お姉様の周りに誰も来ない、というのはどういうことだろう。
…………まさかとは思うけど、人が、男の人たちが集まって来ないってこと? まさか本当にそうなの? 誰も来ないの? は? はぁっっ!?
オクタヴィアお姉様は、ただ美しいだけの人じゃない。
私なんかと違って、性格が良くて頭が良くて、誰に対しても公平に優しくて、でも厳しくあるべき時は厳しい態度を取ることができる人だ。
完璧な女性というのは、お姉様のことを指している。
なのに、嫉妬に狂った女性陣はともかく、賞賛して然るべき男どもは一体何をしているんだろう!
溢れそうになる怒りを言葉にしようとして、でも私はぐっと唇を噛み締めた。
お姉様の背後に控えているメイドたちが、必死の顔で何かを伝えようとしていることに気付いたから。メイドたちは、手旗信号のように手を動かしていた。口もパクパク動かしている。
残念ながら、彼女たちが何を言おうとしているかは全然わからない。
でもわからないなりに、意図は理解できた。
どうやら、王都の男どもの不甲斐なさをなじるだけで解決する状況ではないようだ。
こう見えて、私はもう十六歳だ。メイドたちは全然信用してくれないけれど、わがままなだけの子供じゃない。空気は読める。それを見せつけるいい機会かもしれない。




