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姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

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(36)黒い犬


「ああ、伯爵様とオクタヴィア様が出発されるようだな」


 ロイカーおじさんが窓を外を見た。

 私もつられたように目を向ける。たくましい馬たちをつけた立派な馬車が玄関前に止まっていた。周囲には武装した騎士が集まっていて、半分近くがすでに騎乗している。

 王都は平和なはずなのに、とても物々しい。

 魔獣が入り込んでいるからかと思ったけど、装備がやや軽い騎士が多い。対人武器がメインのようだ。


「……まあ、うちの大将は敵も多いからな」


 ロイカーおじさんが、独り言のようにつぶやいた。

 私が見上げると、イケオジな魔導師様は自分の頭をトントンと指先で示しながらニヤッと笑った。


「嬢ちゃん、知識も大事だが、思考防御も早く身につけるんだぞ?」


 ……やっぱりロイカーおじさんにも、私の思考は読めてしまうらしい。

 でも、お兄さんほど筒抜けではないらしい。それに、今日の私は以前とは違う。お兄さんからお守りをもらっているのだ!


「お兄さんって、あの怖い公爵閣下のことだよな? 嬢ちゃん、そんなに仲が良いのか?」

「仲が良いと言うと怒られそうだけど、あのお兄さん、顔の割に面倒見がいいから話を聞いてくれるんだよ。どうしても魔術を発動できなくて皆が困っている話をしたら、なんとお守りを……!」

「おい、ちょっと待て。嬢ちゃん、まさか俺のことも話をしたのかっ!?」

「話したよ。ロイカーおじさんが泣いてたことも話したら、かなり笑ってた」

「笑った……? えっ? あの方が笑うのか? そんな……いやそれより、俺は今後もあの方と顔を合わせるんだぞっ!」

「あー……、まあ、きっと大丈夫だよ」

「全然大丈夫じゃねぇっ!」


 天井に向けてそう叫び、ロイカーおじさんは頭を抱えてしまった。

 でも、本当に大丈夫だと思うんだけどな。面白いエピソード付きの相手なら、きっと親しみがわくだろうし。

 ……あ、二人とも高位の魔導師だから、そういうのはダメなのかな?

 うん、やっぱりダメなのかもしれないな……ごめんね。ロイカーおじさん。



 心の中で謝っていると、急に外の空気が変わった。

 お姉様が出て来たようだ。

 窓から身を乗り出すと、美しいドレス姿のオクタヴィアお姉様が見えた。王宮に赴くから、今日のお姉さまはきっちりと正装している。

 さすが、お姉様。

 キリッとしているのに華やかで、最高にお美しい!

 窓枠にもたれかかって、うっとりと眺める。

 背後では、まだロイカーおじさんが深刻そうな顔で部屋の中を歩き回っているようだ。

 振り返る気もしないから、たっぷりとお姉様と武装した騎士たちを鑑賞しようとした。


 ふと、強烈な視線を感じた。

 不思議な気配もある。

 どこから視線が来ているのかと見回して、屋敷から離れた木の上に黒い犬を見つけた。

 ……あれは、ただの犬ではないだろう。

 木の上に犬がいる時点で普通ではないけど、多分あの犬はそう言うレベルの異質さではないだろう。 

 一般的な大型犬より少し大きく、毛並みは長い。まるで絹糸のような艶のある黒色で……縦の虹彩が入った目はまぶしいほどの銀色だった。


「……あ」


 あの犬に似ている。

 もしかして、お兄さんと一緒にいた黒い犬が私を見に来たのだろうか。

 ありえない事ではない。あれは魔獣のふりをしているけど、多分魔物だ。かつて「災害をもたらすもの」と呼ばれて恐れられた存在が、なぜあんなに気楽に王都の中に入り込むのか。絶対におかしいと思う。


「チビ嬢ちゃん。どうした?」


 馬車とは異なる方向をじっと見ていることに気付いたのか、ロイカーおじさんが声をかけてきた。私は振り返ると、黒い犬がいる木を指さした。


「あの木の上に、犬がいる」

「……犬? 犬が木の上にいるのか?」


 ロイカー様は首を傾げ、でもすぐに窓辺に来て私の示す方向を見つめた。とても真剣な顔になっている。と言うことは、あれはあまりいいものではないのかもしれない。

 少し緊張しながら私も犬に目を戻す。

 黒い犬は馬車の方へ目を向け、すぐにまた私たちを見つめる。銀色の目がさっきより強い光を帯びた気がして、私は反射的に一歩下がってロイカーおじさんを見上げた。

 ロイカーおじさんには、短い呪文を唱えて魔力を周囲に放ち始めている。驚いていると、犬がいる木を睨みながら、首を振った。


「……チビ嬢ちゃん。その犬とやらは俺には見えない。どんな犬だ?」

「え? 見えないの? 黒い犬だよ? 大きくて、毛が長くて、目が銀色の……」


 そう言いかけた時、木の上の黒い犬が私を見つめなら笑った。

 ……確かに笑った。

 美しく鋭い牙が剥き出しになり、銀色の目を細めた。


「犬が笑った……?」

「……おい、下がれっ!」


 突然、私は後ろに引っ張られた。

 ロイカーおじさんが私の肩を押さえながらしゃがみ込んだ。

 その直後、ヒュンと風を切る音がした。さらにガツッ!と硬い音が三度続き、窓枠に矢が三本刺さっていた。


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