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(3)二年ぶりの再会


「リリー。もうすぐ到着するよ」


 馬車と並んで馬を歩かせていた細身の男の人が、馬を寄せてきた。

 領地から一緒に来てくれたサイラム先生だ。騎士たちと比べると頼りなさそうなお兄さんだけど、サイラム先生は凄腕の治療師様で、領地では絶大な尊敬を集めている。もちろん私もものすごくお世話になっているから、先生のことは大好きだ。


「向こうが貴族の邸宅が集まっている区画だよ。その奥に、アズトール家の屋敷もある」

「へえ、大きな家ばかりだね」

「貴族の家だからね。だから、そろそろ準備をした方がいいと思うよ」


 サイラム先生は穏やかに微笑んだ。

 とても落ち着いて見えるけど、先生はまだ二十代の半ばらしい。落ち着きがないと評判の私も、サイラム先生と話をしているとお上品な気分になる。

 だから、馬車の座面にまっすぐに座った。


 メイドたちはすでに仕事向きの顔に戻っていて、すかさず私の髪に櫛を入れ、ドレスの裾を丁寧に伸ばして身支度を整え始める。

 揺れ続ける馬車の中だというのに、メイドたちの動きに淀みはない。

 その手際に感心している間に、馬車はゆっくりと速度を落とし始め、やがてぴたりと止まった。



 私が育ったアズトール本領の屋敷は、頑丈な城壁に囲まれた高台に作られている。敷地は魔獣が暴れても建物に影響がないくらいに広く、建物もほとんど要塞のような造りをしていた。辺境地区と呼ばれる場所ならそれが普通で、貴族の屋敷は最後の避難場所になるように作られている。


 それに比べると、王都の屋敷は様子が全く違う。

 平地に建てられているという点で、まず平和が前提の作りになっていて、その他も外観重視の建物だ。窓に格子が入っていないし、もちろん窓そのものの数が多くて、一つ一つがしっかりと大きかった。壁もあまり厚くはないようだ。

 全体的にとても美しい。美しすぎて、私が知っている辺境地区領主アズトール家と結びつけることができない。


「……さすが王都。平和なんだね……」


 馬車から降りて呆然と建物を見上げていると、玄関の扉が開いた。

 中から現れたのは、とても美しい女性だった。女性としては長身で、凛とした雰囲気の青色のドレスを着ている。その背には長い金髪が光の滝のように流れ落ちていた。これから物語が始まるような、全てが完璧に美しい姿だ。


 なんてきれい。

 思わず見惚れている私に、紫色の目のその人は……オクタヴィアお姉様は優しい春の光のような笑みを向けてくれた。


「リリー! 会いたかったわ!」


 駆け寄ってきたオクタヴィアお姉様は、私をぎゅっと抱きしめた。長い長い馬車旅でうっすらと土埃に汚れているのに、全く気にしていない。

 ああ、やっぱりオクタヴィアお姉様は優しくてきれいで、最高だ!

 私も久しぶりのお姉様を堪能する。

 具体的には、柔らかくていい香りのするお姉様に抱きついて、頭をたっぷり撫でてもらった。


 でも、感動的な再会中なのに、背後から無粋な咳払いが聞こえ、お姉様は腕を緩めてしまった。

 ……なんてことだ。邪魔しないでよ、ロイカーおじさん。

 私が恨めしげに振り返ったのに、領地から一緒に来てくれたイケオジな魔導師は平然としていて、お姉様に恭しい礼をしている。ごく自然に私を無視したな。さすがロイカーおじさん。


「お久しぶりでございます。オクタヴィア様」

「護衛任務、ご苦労だったわね。……それからサイラム先生も。またお会いできて嬉しいわ」

「私もまたお会いできて光栄ですよ。タヴィア……いや、失礼。オクタヴィア様」

「いいのよ。昔のように『タヴィア』って呼んでください」


 お姉様は花が咲くように微笑んだ。

 ……うわぁ、笑顔が美しすぎる。サイラム先生が目を泳がせてしまったのも仕方がない。

 笑顔の直撃を受けたサイラム先生に少し同情していたら、お姉様は私の背を押して、屋敷の中へと促した。


「長旅で疲れているでしょう。すぐに温かいお茶を用意するわね。口うるさいお父様は今はいないから、安心してくつろいでいいのよ。でも、お父様ったら、あなた用に特別にお菓子を用意しているのよ。素直に可愛がればいいのに、本当に頑固な人なんだから」


 居心地のいい居間に案内され、お姉様はさらりとお父様への文句を言いながらお茶を入れてくれた。

 お茶の香りがふわりと広がる。アズトール領でよく飲んだお茶だ。長い旅で強張っていた体が、すうっと緩んで行く気がする。


「道中はどうだったかしら。魔獣と出会ったりしなかった? ロイカー師が一緒だから危険はないだろうし、予定通りの到着だから順調だったと思うけれど……リリー? どうしたの? もしかして体調が悪いの?」


 お茶を私の前に置いてくれたオクタヴィアお姉様は、ふと眉を顰めて間近から覗き込んだ。

 お姉様から甘い香りがする。金色の髪が流れ落ちる肩は滑らかで、鎖骨が作る影は妖艶で美しい。

 我を忘れてうっとりとお姉様を見上げた私は、ふうと息を吐いた。


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