表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/53

(32)お父様との再会


 お父様の紫色の目は、お姉様と同じ色だ。でも研ぎ澄まされた刃を突きつけられているようで、見つめられると冷たい汗が背中を流れていく。

 ……怖い。

 でもそれ以上に、あの紫色の目に落胆の色が浮かぶのが怖い。二年ぶりのお父様は、私を見て昔のようにため息をつくのだろうか。


 そう考え始めると頭が真っ白になる。足が震え、私はぎゅっと手を握りしめ……ふと、水色の目を思い出した。

 腕に刻み込んでもらったお守りのことも思い出して、そっと右の手で左の腕を触れる。

 なぜそんなことをしたのかは、わからない。でも、少し気持ちが呼吸が楽にできるようになった。


「……お、お久しぶりです、お父様」


 声は震えていたが、なんとか言葉になった。

 私は伯爵令嬢に相応しい形の礼をする。屋敷を抜け出した格好のままだから、私は馬丁見習いの少年のような姿だ。それにまだ足が震えているから、あまり美しい形にはならなかったと思う。でも、恐る恐る顔をあげると、お父様はまだ私をじっと見つめていた。

 まだ、ため息はつかれていない。

 落胆の表情もない。

 もしかして……少しは合格点に近かったのかな?

 固唾を飲みながら反応を待っていると、お父様は私を見つめたまま丹念に整えた顎髭に触れた。


「抜け出したと聞いて、昔のままかと覚悟したが……外見は少し成長しているようだな」


 低くつぶやき、それからおもむろに両手を脇の下に入れて、私をひょいと持ち上げた。

 小さくて細いままの私は、簡単に高々と浮かんでしまった。


「お、お父様っ?」

「……まだ軽すぎるな。王都の食事は口に合っているか?」

「え? あ、はい。とても美味しいです」

「そうか。ならば体調はどうだ? 体が重かったり怠くなるようなことはないか?」

「毎日元気です……けど」


 え? なぜこんな質問をされているの?

 元気いっぱいに塀を乗り越えるし、壁をよじ登るし、木にも登ってますが……そんなことも正直に告白しておくべきなのかな。

 いや、もしかしたらお父様のことだから、深い意味を込めているのかもしれない。どうしよう。私には意図が全くわからない。

 宙に浮いたままの足がぶらぶらと揺れて頼りない。

 それに、脇と肩が痛い。

 こんな風に抱き上げられたのは久しぶりすぎて、そろそろ体が辛い。

 ……なんだかお兄さんに首の後ろを掴まれた猫のようだ。猫たちもこんな気分だったのだろうか。猫ではなくて魔獣だけど。

 一人で混乱していると、お姉様がため息をついた。


「お父様。リリーはもう十六歳です。子供の年齢ではありませんよ。下ろしてあげてください。……それに、もし体調に異変があるのなら、屋敷を抜け出して裏道を走り回ったりしません」

「ふむ。それもそうか」


 お父様はやっと納得したのか、私を地面に下ろした。

 ……自分の足で、しっかり立つことのできるありがたさを思い知ってしまった。

 身長は成人女性の平均からは遠いものの、私は健康体だ。筋肉がついている分、見た目のわりにそこそこの体重がある。なのにお父様は私を抱き上げ続けたのに、少しも疲労していない。

 さすが武闘派で名高いアズトール伯爵。外見は端正な人なのに、美麗な貴族の衣装の下には衰え知らずの肉体が隠れているらしい。


 まだ動揺がおさまらずにドキドキしていたら、頭に何か重いものが載った。

 目を挙げると、太い腕が見えた。頭に載っているのはお父様の手のようだ。私の心臓はまた大きく乱れた。

 驚きを隠せない私を、お父様はまたじっと見ている。

 思わず呼吸も忘れて立ち尽くしていると、頭に乗った大きな手が動いた。……頭を撫でられている。やっとそう気付いた。


「中に入れ。そろそろ食事の時間だ」

「は、はい」


 私が頷くと、大きな手はもう一度くしゃりと頭を撫でて離れていった。

 お父様はそのまま背を向けて屋敷へと戻っていく。

 その広い背中を呆然と見送っていると、お姉さまがため息をついた。


「全く、もっと素直に可愛がればよろしいのに」

「……あの、お姉さま。今、お父様に……頭を……頭を……」


 お姉様にそう言いかけて、私は言葉を続けられずにうつむいた。

 頭を撫でられたと思ったのは、もしかしたら私の勝手な思い込みじゃないか。頭に手が乗ったこと自体が、私の想像だった気がしてくる。

 私は……お父様に、そんなことをしてもらったことがないから。

 そんな私に、お姉様は腰をかがめて覗き込むようにして微笑んでくれた。


「お父様は、時々あなたの頭を撫でていたわよ。……リリーは起きている間はじっとしていないから、いつも寝入った後だったけれど」

「……本当に?」

「そのうち、いろいろ話してあげるわ。さあ、中に入りましょう。お父様にたくさん食べる姿を見せて、安心させてあげましょう」

「…………はい」


 やっと笑い返すことができた。

 オクタヴィアお姉様もとても優しく笑ってくれて、まるで領地にいた頃のように私の手を引いてくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ