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姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

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35/53

(31)帰宅すると


 ふん、ふん、ふふんふんー。

 歩きながらの鼻歌は、王都で覚えた歌だ。

 吟遊詩人が通りで歌っていたもので、冒険ものと思って聞き入っていたら恋歌だったという私にとってはがっかり曲なのだけど、その吟遊詩人は作曲の才能があったようで、歌詞はともかく旋律は耳に残っていた。

 今日のように楽しい気分になっていると、つい鼻歌で出る。


 いい気分だ。

 セレイス様と会わずに済むようになったし、お兄さんにも会えたし、オクタヴィアお姉様はいつも通りにとてもお美しいし、人生は最高かもしれない!

 歩きながら、私は左手を上げて腕を見る。

 長袖の下に隠れているけど、この下にはお兄さんのお守りがある。袖を捲ったとしても私には全く見えないのが残念だ。

 でも、お兄さんの指が描いていた形はなんとなく覚えている。どんな意味があるか、屋敷に戻ったらロイカーおじさんに聞いてみようかな。


 そんなことを思いながら、私は屋敷を囲む塀にスルスルと登って、ポンと敷地の中に入った。幸い、見渡した限りでは人影はない。

 メイドたちに騒がれる前に、こっそり中に入ってしまおう。

 と思ったのに。どこかの窓から潜り込もうと裏側に回りかけた時、屋敷の玄関が開いた。


「リリー! また抜け出していたのね!」


 現れたのはオクタヴィアお姉様だった。

 物陰に隠れかけた私は、諦めて開けた場所に出た。お姉さまは駆け寄りながら全身をチェックしたようだ。私の前に立った時には、ほっとしたように微笑んでくれた顔は、領地でのお姉様と同じでちょっと嬉しくなる。

 怪我がないことを確認したお姉様は、拳コツンではなく、私の頬をふにゅっとつまんだ。


「今日も、位置確認用の魔道具を置いていったでしょう? 遊びに行くのは許してあげるから、せめて、どこへ向かうかは教えてちょうだい」

「ごめんなさい。……でも教えてしまったら、誰かが追いかけてくるんでしょう?」

「それは、そうなんだけど」


 お姉様はちらりと私の背後を見た。

 振り返ると、疲れた顔のイケオジ魔導師ロイカーおじさんがいた。ロイカーおじさんは私と目が合うと、苦笑いを浮かべて首を振った。


「ちび嬢ちゃん。頼むから普通の道を通ってくれ。塀を越えたり壁の隙間を抜けられると、尾行班が追いつけないんだ」

「……尾行班? えっ、もしかしてついてきていたのっ?」

「途中まではな。今日こそ行き先を突き止めるつもりで俺も参加したんだが、王都は魔導結界が多くてな。時間がかかりすぎてダメだった」


 ……今日こそ?

 もしかして、今までも尾行されたことがあったの?

 気付かなかったな。まあ魔導師が相手なら、私には気付きようがないか。そもそも熟練の本職の尾行班が動いていたのなら、私では絶対に気づけない。

 でも、ちょっと待った。

 魔導結界ってなんだろう? そんな物は見たことも感じたこともない。でもロイカーおじさんはそのせいでうまく追いかけることができなかったらしい。へぇー……。


「……私、普通に動けるよ?」

「それはお嬢ちゃんだからだよ。昔から結界抜けが得意だっただろう?」


 はて。

 私は領地でしか過ごしたことがないんだけど。まさか、領地に結界があったのだろうか。

 首を傾げると、ロイカーおじさんは苦笑した。


「あるんだよ。この屋敷にもある。敷地に入ったら、すぐに迎えが出てくることに疑問を持たなかったのか?」

「……お姉様の愛情と思ってました」

「まあ」


 オクタヴィアお姉様は目を大きく開き、それから堪えきれずに笑い始めた。

 どうやらお姉様の笑いのツボに入ったようだ。そんなに面白いことを言ってしまったかな?

 首を傾げると、ロイカーおじさんまであらぬ方向に目を彷徨わせていた。ごまかしているつもりかもしれないけど、肩がプルプルと震えている。なぜこんなに受けているのだろう。

 私は思わず首を傾げてしまった。





「オクタヴィア。まあ、ではないだろう」


 ふいに、低く深い声が聞こえた。

 慌てて向き直ると、屋敷の玄関扉にもたれかかるように立っている人がいた。

 気配は全く感じなかった。

 鮮やかな金髪と紫色の目、それに端正な顔立ちはお姉様とそっくり。短く刈り込んだ顎髭が洒落者らしさを醸し出している。


「……お、お父様」


 呆然とつぶやき、それから急いで姿勢を正した。

 その間に、お父様は……アズトール伯爵はゆったりとした歩調でやってくる。四十代の半ばを過ぎていて、それほど若くないはずなのに、久しぶりのお父様からは身じろぎすら許さないような圧力を感じる。

 腰で硬い音を立てているのは、ただの剣ではない。魔剣だ。平和なはずの王都でも、お父様は領地と同じ武装を貫いているようだ。


 すぐ前で足を止め、お父様は無言のまま私を見下ろした。


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