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姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

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(25)追い詰められて


 侯爵家の力は、裕福さも王宮での権力も、伯爵家とは桁が違うらしい。

 もしセレイス様のご機嫌を損ねることが、ゼンフィール侯爵家のご機嫌を損ねることに繋がるとしたら。地方の伯爵家なんて、あっという間に吹き飛びそうだ。

 運よく侯爵家本体がまともだったとしても、セレイス様が私が誘惑したとか言い出したら……目があっただけで誘惑されたとか言う人もいるそうだから……。


 ……って、あれ?

 今のこの状況、過程を全て説明してくれる目撃者がいない時点でダメじゃないですか?

 しまった!

 一人になりたくてここに逃げ込んだけど、クズなセレイス様に追ってこられた時点で詰んでる?!


「リリー・アレナ。愛しているよ」


 ちょっと待って! 近い! それに鼻息! 鼻息荒すぎっ!

 必死でクズ男を押しのけようとしているのに、セレイス様の体は無駄に大きくてちょっと重い!

 殴ったり蹴ったりしていいなら、男性一人くらいなら撃退は難しくないんだけど! でも目撃者がいない状況でそれをやるとまずいよね?

 ……かなりまずい気がするけど、もう実行しちゃっていいかなっ?!


「リリー・アレナ。夜と昼の狭間に立つ君は誰よりも美しい」

「う、うわっ! ちょっと、手っ! 手を離してくださいっ!」

「可愛らしい手だね。そして君の唇はもっと蠱惑的だ」


 言葉が乱れてしまったのに、クズ男は全く気付いていない!

 くっ……もう、こうなったら殴るしか……っ!

 青ざめながら覚悟を決めた私は、クズ男の顔を片手で押しのけながら、もう片方の拳をぐっと握り、さらに第二攻撃のために少し腰を落として足にじわりと力をためた。




「なんだ、先客がいたのか」


 場違いなほど静かな声がした。

 目だけを動かすと、豪華な衣装が見えた。一目で金がかかっていることがわかる。

 いったいどこの大金持ちだろう。でも、いいタイミングです!

 ……いや、待てよ。

 ここでクズ男が、私に誘惑されたから云々なんて言い出したら、中途半端な目撃者は危険かもしれない!?


「君は、ゼンフィール侯爵の子息だったか」

「こ、これは、ノルワーズ公爵閣下!」


 不機嫌そうに振り返ったクズ男は、相手を見て慌てたように私から離れた。やっと解放されて、ほっとする。

 でも、今、公爵と言いましたか?

 いきなりすごい大物の登場だ。助かった!

 私は急いでクズ男から距離を取った。

 髪が乱れて顔に落ちてきたので、それも手早く整える。

 ……どうか、逢引き中なんて誤解はされませんように……!


「閣下。セレイス君は、もしかして逢引き中だったのでは?」

「ふふっ。それは無粋なことをしてしまったようですわね。閣下、広間に戻りましょう」


 ……誤解されたっ?!

 公爵閣下の取り巻きなのか、複数の男女が私たちを見てくすくすと笑っている。

 最悪な展開になってしまった。

 頭が真っ白になった時、クズ男を見ていた閣下が私を見て呆れたように首を振った。


「逢引きはありえないだろう。相手は子供じゃないか」

「……あら、本当ですわね」


 美しいご婦人が、私を見て首を傾げた。

 胸周りを見た気がするけど、ここはグッと我慢だ。だって流れが私に向いてきたのだから!


 ……ん? そちらの大物貴族様、どこかでお見かけしたような……。

 公爵閣下と呼ばれているけど、私の目には知っている人に見える。

 具体的には、黒曜石のように真っ黒な髪とか、作り物のようにきれいだけど感情の薄い水色の目とか。恐ろしいほど整っている顔立ちもあのお兄さんにそっくりだ。

 どう言う事? 他人の空似? いや髪型まで完全一致しているから、他人とも違うよね?

 ということは……えっ、やっぱり目の怖いお兄さん本人なの?


 今までの行いを思い出すと、貴族らしい振る舞いを教え込まれているから、妙に胸がドキドキしてくる。

 一人で密かに焦っていると、怖い公爵閣下はクズセレイス様への言葉を続けた。


「ゼンフィール侯爵家の、セレイスと言ったか。君は成人した女性と婚約したと認識していたのだが」

「あ、あの、彼女は婚約者の妹でして!」

「……それで?」

「つまり、その、彼女が話があると言うので、ここに来ただけです!」

「おやおや、若い子に言い寄られましたか。セレイス君は色男だからなぁ」


 ……はぁっ?

 そこの腹回りのたっぷりしたおじさん! そのお腹はちょっとかわいいけど、勝手に納得して笑うんじゃない!

 私がグッと拳を握りしめ、言い返そうと一歩前に踏み出した時。なんとか公爵閣下はセレイス様を見つめ、不快そうに顔をしかめた。


「この私に、嘘が通用すると思っているのか?」


 恐ろしく冷淡な声だった。

 感情の薄い水色の目が、氷そのもののようにクズ男を見据えていた。ただでさえ人相が悪く見えるほど表情に乏しい顔が、目つきだけで人を怖気つかせる迫力になっている。

 あんな目で見据えられたら、セレイス様でなくても青ざめるだろう。あの目は怖いんだ……。


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