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姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

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(20)この猫は猫ではない


 そう、顔は最高にきれいなお兄さんは、猫まみれだった。

 前は小鳥まみれだったけど、木陰で座っているお兄さんの周りは猫がいっぱいいる。これなら小鳥たちが姿を消してしまうのも仕方がない。

 さっきの白い猫も美しかったけど、他の猫たちも毛並みがとても美しい。色や模様は多種多様だけど、どの猫も絹糸のような長い毛をしていて本当に魅力的だ。


 いやー、王都の猫は美猫揃いですねっ!

 素直に感動した。

 でも、次の瞬間、お兄さんは膝に頭を乗せている猫様の首根っこをぐいっとつかんだ。えっ?と思った時には、後ろ首をつかまれた猫様がぶらんと吊り下げられていた。

 気持ちよさそうに寝転がっている猫様に対して、なんてご無体なっ!


 ……でも、なんだか強烈な既視感があるような……いや、気のせいかな……?

 無性に気になって、私は首をかしげた。

 首根っこをつかまれた猫。無造作に猫をつかんでいるその人は、冷たい水色の目をしていて……。


「……あ」


 そういう人を見たことがある。

 私が王都に到着した日に、猫をぶら下げていた人って、もしかして……というか、お兄さん、猫様の扱いが雑ですね?!

 私の心の声が聞こえたようで、お兄さんはものすごくうんざりした顔になった。


「よく見ろ。お前には、これが猫に見えるのか?」

「え? どこから見ても美猫でしょう。こんなにキレイな猫様、今まで見たことが……」


 熱く語ろうとして、私は目を大きく見開いて口を閉じてしまった。

 よくよく見ると、お兄さんがぶら下げている猫様は何かがおかしかった。

 長い毛並みに浮かび上がる縞模様については、特に珍しいものではない。街中を自由に歩き回っている猫にしては毛並みが美しすぎる気がするけど、金持ちの飼い猫が散歩中なだけかもしれないから、そこは目をつぶる。気にしない。


 ……でも。

 さっきまでは真っ白だったはずなのに、なぜあんなに赤くなっているんだろう。木陰にいるから、光の加減とか目の錯覚という言い訳は聞かない。

 それに、牙が長すぎる。かぱっと口を開けているわけでもないのに、鋭くて長い牙が口からはみ出していた。


 こういう「動物」は、領地でよく見ていた。

 私は慌ててお兄さんの周りにいる他の猫たちにも目を向けた。

 のんびりと寝転がっている猫も、顔を上げてこちらを見ている猫も、よく見ると明らかにおかしい。毛並みの色が黄色とか青色とかが混じっていたりで奇抜だし、牙が長いし、不自然に美しい。


 それにもっとおかしなことがある。お兄さんも猫も敷物の上にいるのに、猫たちがいる場所の布の沈み具合がおかしかった。

 かなり大型の猫ばかりなのに、上質そうな布はごく僅かに窪んでいるだけだ。

 体格と、体重が全く釣り合っていない。


 自慢じゃないけど、私は辺境生まれの半野良育ちだ。だからイエネコもネコ科猛獣もよく知っている。当然、猫の体格と体重がどのくらいの比率かも知っている。

 その常識の範囲を超えて軽すぎる猫なんて、それは普通の猫のはずがない。

 それに……猫たちは、皆、妙にまぶしい銀色の目をしている。

 血の気が引くのを感じた。


「……あの、その猫様たちは……もしかして……」

「魔獣だ」


 や、やっぱり!

 ということは、ここにいる猫たちは、もしかして魔虎ですかっ!


「そういうことだ。気付くのが遅いぞ」

「で、でもなぜ魔虎が猫の大きさになっているんですか! 魔虎はもっと大きいですよね? 魔獣は姿を多少は変えられるとは聞いていますけど、小型化している魔虎なんて初めて見ましたよっ!」

「そうか。よかったな」


 いやいや、ちょっと待ってください!

 その猫たちは魔獣ですよね? 魔虎ですよねっ?


「なぜ凶悪な魔獣がそんなにいるんですか! 王都って実はサバイバル上等な土地だったんですか!」

「気にするな」


 いや、気にしますよ!

 顔を引きつらせた私は、なおも言葉を続けようとした。

 でも、お兄さんはぶらんと掴んでいた赤い猫を、無造作に私に投げてきた。


「うわっ! 危ないじゃないですかっ! 普通の女の子なら、きゃーって悲鳴をあげて避けちゃいますよ!」

「普通はそうかもしれんが、お前は受け止められるだろう。……触りたいならさっさと触れ。私の前で暴れるほど愚かな魔獣ではないから安心しろ」


 ……あれ。触りたくてうずうずしていたのが、バレている?

 まあ、いいか。

 投げつけられた猫っぽい魔獣を、そっと抱きしめる。

 猫っぽい魔獣はチラリと私を見上げ、ペシリと尻尾で腕を叩いて、そのまま目を閉じた。

 どうやら、本当に触らせてくれる気があるらしい。

 ならば、遠慮なく。


「……さらさら……ふわふわ……」


 素晴らしい毛並みだ。

 そっと撫でてみたけど、嫌がらない。頬擦りも許してくれた。至福の感触を堪能して、でもすぐに我に返ってお兄さんの隣に座った。

 あ、こっちもいい肌触り。今日の敷物もとても高価なのだろうな。ちょっと贅沢な気分だ。……そういうことにしてしまおう。

 一瞬怯んだ私は、気を取り直して背筋を伸ばした。


「えっと、ごきげんよう。お兄さん。今日は良い天気ですね。王都の空って本当に青くて気持ちがいいです」


 こほんと咳払いをしてから、貴族令嬢らしく天気の話題を出してみた。

 でも、お兄さんは驚いたように眉を動かした。


「……お前、普通の天候の話題が恐ろしく似合わないな」

「えっ、そんなこと言うんですか。こう見えても、一通りの淑女教育は受けているんですよ!」

「魔獣を触り慣れているのは、どちらかというと淑女ではないだろう」


 お兄さんは呆れ顔だ。

 もちろん私は気にせず、会話を続行した。


「いやー、お会いできてよかったです。最近、姉の婚約者がしつこくてうんざりしているんですよ。わざわざ他の家にまで押しかけてくるなんて、絶対に頭がおかしいですよ! でも、私の姉は相変わらずとても美人で最高なんです。お兄さんの財力なら略奪もアリだと思うのですが、いかがですか!」

「……要らん。この魔獣どもも要らないから、全部引き取れ」


 お兄さんはそう言うと、膝に乗っていた黒い魔獣をころりと除けてしまった。

 猫様に懐かれているというのに、なんて贅沢な。

 ……いや、魔獣だけど。

 魔獣だから全く重くないのに、なぜ嫌がるんですか! かわいい姿をしていても、本当はかなり凶悪な魔獣ですけど! もしかして、猫はお嫌いですか! 魔獣だけど!


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