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(1)初めての王都


 うんざりするほど長かった馬車の旅は、ようやく終わりに近付いたらしい。

 馬車の窓から身を乗り出すと、細い水路が無数に伸びている平な土地の中に、突如として巨大な壁がそびえているのがよく見えた。


 周囲の農地とは全く雰囲気の違う、巨大な石造りの建造物だ。

 あれが有名な王都を守る壁なのだろう。

 壁は極めて堅固で、翼を持つもの以外、乗り越える存在なんていないはず。そう納得するような、とんでもない高さの外壁だ。実際は、さらに上空まで魔法によって守られていると聞いている。


 残念ながら、私はみんなが大絶賛する魔法防護壁を見ることができない。

 でも、不可視の守りが見えなくても、王都はとても強固な守りを持つ安全な場所なんだなということはわかる。

 私は辺境地区育ちだから。


「これが王都かぁ……」


 次第に近付く巨大な壁を見上げながら、私はうっとりとつぶやいた。馬車の窓から体を半分以上出しているけど、そのくらいは気にするほどのことではない。

 でも一緒に乗っているメイドたちは、私とは少し違うようだった。


「お、お嬢様! お願いですから、どうかお座りになってくださいませっ!」

「危ないですから、馬車の中に戻ってくださいっ!」


 領地から同行している若いメイドたちは、いつもの冷静さを失って真っ青な顔をして私の腰や腕にしがみついていた。この様子では、外の光景なんて見ていないのではないんじゃないかな。

 ということで、まずはご機嫌取りを試みた。


「二人とも王都生まれだったよね。王都の外壁も懐かしいでしょう?」

「そんなことより、お嬢様の身の安全が第一です!」

「外壁が見たければ、日を改めてゆっくり見物できるように手配しますからっ!」


 メイドたちの目に涙が浮かんでいる。

 そんな半泣きで懇願されたら……大人しく引き下がるしかない。私は二十歳前後の女の人の涙に弱いのだ。


 仕方なく、外に出ていた身体を引っ込める。やれやれと思いながら揺れる座面に座った途端、メイドの一人が素早い動きで窓を閉めてしまった。もう一人は、私のスカートの裾を綺麗に直している。

 できるだけ整備された街道を選んでいても、辺境地区や未開の森林地帯を旅してきた馬車は、窓は最低限の大きさしかない。だから窓から離れてしまうと、外の光景は窓の格子の隙間からわずかに見えるだけになってしまう。


 とても残念だ。初めての王都への入城なのに、あの巨大な石壁を十分に堪能できなくなった。

 未練がましくため息を吐く。すると、まだ少し青ざめているメイドたちが私の何倍も大きいため息をついた。


「リリーお嬢様……お願いですから、王都では大人しく大人しくしていてくださいね」

「近いうちに侯爵家の方々ともお会いするはずです。どうかどうか、大人しく大人しくしていてくださいませ!」


 二人に切々と訴えられた。

 そんなに「大人しく」とくり返さなくてもいいじゃないか。少し拗ねたい気分になってくる。


「……私も一応、伯爵家の娘だよ? 礼儀作法くらい、一通りは……」

「お嬢様! 普通の礼儀ではダメでございます! 王都の貴族は人の粗を探して喜ぶ怖い人たちなのですよ! 小さな失敗も許されないんですよっ!」

「それに、オクタヴィアお嬢様の婚約者様は侯爵家のご出身です! 絶対に、絶っ対に失礼のないように大人しくしてくださいませっ!」


 ……メイドたちが必死すぎる。それに、少し失礼だと思う。

 私だって空気は読めるし、相手を見ての行動くらいできる年齢になっている。礼儀作法も、出発直前まで目尻を釣り上げた教師たちに叩き込まれているのを忘れたの?


「私だって、やればできるよ。……たぶん」

「たぶんではダメです!」

「せめて、オクタヴィアお嬢様の婚約者様の前でだけは、大人しくしてくださいませっ!」


 旅の疲れでうっすらと目の下にクマができているメイドたちに詰め寄られてしまうと、渋々頷くしかない。

 せめてもの抵抗で、馬車の窓の向こうに見える巨大な外壁を眺め続けた。


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