表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/53

(12)謎の井戸


 その人物は、明るい昼間だというのに頭からすっぽりフードをかぶっていて、人目を避けるように顔を伏せていた。そのいかにも怪しげな風体で、せかせかと歩いている。

 距離を置いてこっそり観察していると、その不審者は立派な木がある廃屋の塀の前で足を止めた。そこは塀が壊れて、人がかろうじて通れるほどの隙間ができていた。


 これはあやしい。

 そう思いながら見ていると、不審者はキョロキョロと周囲を確かめてから、するりと隙間から中へと入っていった。

 ……すごく怪しいな。

 思いきり怪しすぎて、好奇心が私を駆り立てる。こっそりと足を忍ばせ、気配を殺し、生まれ育った領地で得た全技術を駆使して、私は不審者の後を追って中に忍び込んだ。




 壊れた塀の中は、予想通りの光景が広がっていた。

 日当たりがいい場所では雑草が生い茂っている一方で、鬱蒼と茂りすぎた木々の下では日光が完全に遮られてしまって、ほとんど何も生えていない。

 不審者に驚いて飛び立った小鳥たちは、気配を殺している私には気付いていないようで、のんびり地表に降りたり小枝を飛び回ったりしている。

 この小鳥たちのくつろぎ方、やはりここには人が住んでいないようだ。


 そろりそろりと進むうちに、さっきの不審者を見つけた。フードを深くかぶったまま、古い井戸を覗き込むように立っている。

 あの人、何をしているんだろう。

 無性に気になって、こっそりと雑草の中を移動して、よく見える位置まで回り込んだ。

 どうやら井戸に向けて何か言っているらしい。でも、私には何も聞こえない。

 おかしい。

 あの口の動かし方、それに大きく息をつくような肩の動き。

 どう考えても「叫んでいる」ように見える。なのに、かなり近付いているのに何も聞こえなかった。

 何気なく周りを見ると、不審者の近くでは小鳥が砂浴びをしていた。やはり私だけが聞こえないわけでもないようだ。


 しばらくして、不審者はくるりと井戸に背を向けた。

 不思議なことに、最初に見かけた時の怪しさ全開の雰囲気が消えていた。フードを被ったままの胡散臭い姿なのに、何だか清々しさすら感じる。

 口元が微笑んでいるせいだろうか。

 まるで……全ての怨みつらみを放出し切ったかのような、そんな爽やかさだ。

 明るい雰囲気になった不審者は、軽やかな足取りで塀の方へと戻っていった。そのまま外に出るようだ。

 でも、今度は後を追わなかった。



 あの不審者のことは、もうどうでもいい。

 今の、興味の対象は井戸だ。

 どうみても叫んでいたのに、何も聞こえなかった井戸。

 ストレスが消え去ったようなあの足取りを見て、私はピンときた。それを確かめなければ。……主に私の好奇心のために!


 まず、そっと井戸に近寄いてみる。近くから見ても、井戸はごく平凡な井戸にしか見えなかった。

 本来は蓋がついていたみたいだけど、木の板が朽ちてしまって、閉まっているのは半分以下の状態になっている。

 子供が遊びに来る場所ならとても危険だ。ここは滅多に人が来ないようだけど、ぽっかりと暗い空間が深々と続いていた。

 水面も底も全く見えない。王都の井戸にしては深すぎる。ますます怪しい。

 私は小石を拾って井戸の内壁を狙って投げてみた。

 小石は狙い通りに壁に当たって落ちていく。でも、何も音はしない。


 次に、手を叩いてみた。まずは井戸の内部に身を乗り出して。次は井戸の石積みの枠の上で。さらに一歩離れた場所で。

 井戸から一歩離れて、ようやく手を叩く音が聞こえた。

 それまでは、手のひらがピリリと痛むほど叩いているのに、全く音がしなかった。


「……ふむ。つまりこれは、音を吸い込む井戸なのかな?」


 私は気取った姿勢で呟くと、にやりと笑った。

 早速、井戸に向けて思いっきり叫んだ。「あー!」とか「ヤッホー!」とか叫んだはずなのに、私の耳には何も聞こえない。

 振り返ると、ちょうど通りかかった猫がのんびりと歩いていた。

 私が大きな声を出して、動物があんなにのほほんとしているなんてあり得ない。領地にいた頃は、声だけでウサギを狩るとまで言われた私だからね!


 ふふふ。実にいいものを見つけてしまった。

 この不思議な井戸、最大限に活用させてもらいましょう!



『……クズは滅びろっ!』


 井戸の奥に向けて思いっきり叫んだ。


『二十四歳のいい大人のくせに、十六歳の小娘の手に触って喜ぶなぁぁぁっ!』


 腹の底から叫んでいるのに、何も聞こえない。

 ああ、なんて素晴らしい! 私のためにあるようなストレス解消場所だっ!

 さらにクズ男への不平不満を叫びながら、私は喜びに浸っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ