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姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ(雇われ悪女1巻6/5)
猿百合令嬢、王都に行く

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(10)女神様とは……?


 私は立ち上がって睨みつけそうになったけど、必死で堪えて目を逸らすだけにした。

 せっかく美味しそうなお菓子が並んでいるのに、急激に魅力が消えてしまった。

 雰囲気を変えたいから、オクタヴィアお姉様に話しかけたいところだけど、まだ侯爵様とお話し中だ。真剣な顔になっているから、きっと私には考えが及ばないような政治向きの話をしているのだろう。

 カタ、と音がした。振り返らなくても、セレイス様が椅子を動かして私のすぐ近くに寄っているのがわかる。


「そんなに怯えないでくれ。僕だってわかっている。この想いは許されない。でも誰も止めることはできないんだ。リリー・アレナ。君はなんて美しいのだろう。理想の女神様だ」


 ……私は、絶世の美女と言われた母親に似ているとよく言われる。だから、顔だけはかなりいいと思う。

 でも、自慢じゃないけど、いいのは顔だけだ。

 ただでさえ成長が遅くて年齢のわりに子供っぽいのに、王都に来るまで山野を走り回る野生児だった。オクタヴィアお姉様のように内面からにじみ出るような知性や気品はないし、思わず振り返りたくなるような色香もないのだ。


 なのに、私が理想って……女神様って……どうしよう。この人の言っている言葉が全く理解できない!

 もうヤダこの人!

 後ろ暗いことを口にしているという自覚があるのなら、少しは人目を気にしてくださいっ! これだから使用人を家具としか認識しないお貴族様はいやなんだよっ! お姉様は除くけどっ!


 髪を掻き乱したい衝動に耐えて、私はお菓子を取るふりをしてガタンっと音高く立ち上がった。もちろん、こんな音を立てるのは無作法だ。

 慌てたように、同じ部屋にいるお姉様が振り返った。……よしっ!

 まだ子供のように見える外見を利用して、私は領地にいた時のように小走りにお姉さまに抱きついた。


「お姉様ぁ! お菓子、とても美味しいかったです! 次はお庭を見に行きましょうぅ! ……あ、お姉様はまだお話し中でしたか?」

「もう、侯爵様に失礼でしょう? でも、お庭はとてもきれいよ。私も初めて見せていただいた時は感動したわ」


 オクタヴィアお姉様も、つい昔の癖が出たのだろう。

 ゼンフィール侯爵を気にしながら少し困ったように眉を動かしたのに、私を抱きしめながら頭を撫でてくれた。

 ……ああ、これだよ。これが私の幸せ。これこそ至福というんですよ。

 美しくて聡明で優しい姉に抱きしめられて、頭を撫でられる。これに勝る幸せなんてあり得ない。女神様云々なんて、その辺の砂つぶにも劣るんだからっ!

 セレイス様のことを忘れ、私はうっとりとお姉様を堪能した。なのに、セレイス様が笑顔でやってきてしまった。


「オクタヴィア。君たちは本当に仲がいいんだね。ちょっと嫉妬してしまうな。僕も混ぜてもらいたいよ」

「まあ、セレイス様はそんな冗談を言う人だったのですね」


 オクタヴィアお姉様は驚いたように目を大きくしている。

 ああ、そんなお顔のお姉様も尊い……。

 ……でも、お姉様、婚約者殿は冗談を言っているわけじゃなさそうですよ。

 なんか本気というか。ありえないんだけど、私に女神様なんて言うんです。冗談にしても悪質なのに、本気ならただのクズじゃないですか?

 いい人だと思ったのに、騙された。

 なんでこんなクズがお姉様の婚約者なんだろうっ!

 お姉様の手を引っ張るように庭に逃げながら、私は心の中で絶叫した。



   ◇◇



 帰りの馬車の中で、私は隣に座るお姉様を見上げ、そっと聞いた。


「お姉様。セレイス様のこと、どう思っていますか?」

「セレイス様?」


 急な質問だったからか、オクタヴィアお姉様は驚いた顔をした。

 でもすぐににっこりと笑ってくれた。


「そうね、立場によって評価が違うかも知れないわね」

「……立場?」


 私が首を傾げると、お姉様は優しく微笑んでくれた。


「セレイス様は、とても気さくな方でしょう?」

「あ、はい」


 気さくであることは間違いない。

 それは否定しない。ちょっと距離が近すぎて、思考が理解できないだけだ。


「侯爵家の生まれなのに、私に敬意を示してくれるのよ。アズトール家の秘書官たちにも受けはいいみたいだし、それとなく見てきたけれど、使用人にも思いやり深く接しているみたいなのよね。そういうところは方針が同じだから、気楽に接することができる人なの」

「……そうですか」


 確かに、全般的にいい人だ。

 ……でも私に女神様なんていう人は、やっぱりいい人ではないと思う。

 そんなことを思っていると、お姉様はふと表情を改めた。


「でも、アズトール家を継ぐ人間としては評価が違ってくるわね。ゼンフィール侯爵家は力があるから縁組するには良い家だと思うけれど、アズトール家に益がなければ、どんなにセレイス様が魅力的な人であっても『いい人』とは思わないのよ」


 お姉様の顔はどこか冷ややかだった。

 こういうお姉様も、とても知的で素敵です。

 例え婚約者であろうと、セレイス様に心を許していないところも貴族らしくてかっこいい!


 ……お姉様は口にしないけれど、ゼンフィール侯爵様の長男より次男のセレイス様の方が出来がいいらしい。こっそり歩き回っている時に使用人たちが噂しあっているのを聞いてしまった。

 そういう優秀な人だから、ちょっと私の顔に血迷っただけに違いない。

 たまにいるんだよね。お母様譲りのこの顔に、過剰なほどくらっとしてしまう人が。


 きっとすぐに正気にかえる。そう言うものだ。……そうであって欲しい。

 私は窓の外を見た。王都の美しい街並みを眺めながら、心の中のもやもやをぐっと飲み込んだ。


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