7話 人の子
軍事基地に強襲してきた謎の敵襲団。
そのうちの一人と思われる人物と対峙し、圧倒的な実力差を思い知ったショウヤ。
敵から逃げるショウヤは、その敵を倒すべく給水場へと辿りつく---
「どこだっガキ!今すぐ殺してやるっ!」
死に物狂いで俺を探してやがる。
さっきまでとずいぶん態度が変わってんな。
とうとう本性を現したってか?
「はあ。にしても、強襲を受けているってのに、外が静かだな。迎撃部隊は動いているのか?」
そう小声でぼやきながら、貯水槽の蛇口にあるモノを仕掛けていく。
バケモンは血まなこでそこらじゅうを暴れまわってる。
よし、仕掛けも設置し終えたし、行くか。
「おい、怪物女!こっちだ。」
「あ゛ん?ソコにいたか。」
大声で怪物を呼び、おびき寄せる。
うまくいく保証はないが、やるしかないだろう。
「まてよ!クソガキっ!」
よし、いいぞ。うまく誘導できてる。
しかし、突然化け物は足を止めてしまう。
え?どうした。何故今足を止める?
「アナタ…私をここまで誘導したわね?」
「っ!」
思わず、なぜわかった?という表情をしてしまった。
「ふふっ。かわいい子ねぇ、何でわかったの?って顔してるわ。」
「くそっ。」
さっきのような余裕のある口調に戻ってしまった。
まさか冷静さを欠いたふりをしていたというのか?あれは演技に見えなかったぞ。
なんて考えていると、
「うぶな子ねぇ。さっきの私は本気で怒ってたわよ?痛かったし、私に傷つけるなんて許せないわっ。」
思ったこと全部ばれてる…
「まさかっ!」
「んん?」
「おまえ、超能力を二つも持ってるのか!?」
「へっ?」
「だって、何も知らないはずなのに俺の罠に気付いたし、俺の思ってること全部言い当てるし…それって、つまり、能力を2つ持ってるってことだっ!!」
それしかない。
俺の罠は完璧だった、罠を仕掛けている最中もこっちに気付かれてなかったのに、罠に近づいた瞬間、その存在に気付いた。
これがもう…それしかないだろう。
しかし、思いがけない反応が相手から帰って来た。
「…っ」
「な、なんだ!まさか他にも…」
「アッハハハハハハ!」
「っ!一体何なんだ。」
「ハハハハ…げほ、ごほっ。」
「…あなたほんと最高ね!」
は?さっきからコイツの様子がおかしい。
最初あった時からずっとおかしな奴だったが、今はもう狂人と言うほかない。
「なにがおかしい?」
「だって、あなたお馬鹿さんなんですもの。」
「へ?」
「私は別に超能力をいくつも持ってるわけじゃないのよ?あなたの罠に気付いたのは、今まで隠れ続けてたのに、いきなり私の前に現れたからよ。そのまま逃げ切ればいいのにねぇ。」
「だったら、俺の思考を読んだのは---」
「それは、あなたの顔に書いてるからよ。正直な子なのねぇ。」
罠がバレたのも俺の考えが読まれたのも、全部俺が原因かよ。
そんなに顔に出てたか、俺。
顔をぺたぺたと触ってみる。が、特に意味はない。
「それはそうと--」
「シュッ、ズドンッ!」
俺の仕掛けた罠を飛び越えて、怪物が一気に跳躍して俺の目の前に降りる。
これは、逃れられないな。
戦慄した俺に、化け物は告げる。
「私の名は紅。対政府組織≪人の子≫の幹部で、コードネームは≪キメラ≫。」
「人の子、だと?そんな奴らが軍事基地に何の用だ!」
「そんなのあなたには関係ないわぁ。それに、あなたはもう戦いからは逃げられないし、相手が名乗ったら、自分も名乗るのが礼儀ってものよ?」
「…」
もう、戦闘は避けられない。
この紅って女は、俺より力も超能力者としても格上だ。
あとには…引けないっ!!
覚悟を決め、戦技をフル稼働して、拳を握る。
ドンッと左足を前に構え、己が何者か相手に告げる。
「俺の名は御王 勝彌、超能力者特殊鎮圧部隊っ訓練兵!階級は二等兵!」
「ふふっ、本当に素直でいい子ねっ!」
「ブンッ」
巨腕から繰り出される圧倒的なスピードとパワーで周囲の建物を壊し、地面をえぐる。
俺は駆道でそのスピードより上のスピードでかわす。
しかし、相手の腕は六本あり、足は四足獣。
同時多数の攻撃に、強靭な脚による即座の追撃。
俺はよけきれずに、後方へ吹っ飛ばされる。
地面に激突し、体中が激痛に見舞われる。
それでも、血を吐けども立ち上がり、拳を構える。
「まだ立てるのねぇ。あなたの戦技、確かに特別なようね。」
「ここで…」
「?」
「ここで、死んでたまるかっ!俺はあの日決めたんだ。そして誓った、これからは自分のやりたいように生きると!」
「っ!!」
チャリン、と身に付けていた俺のネックレスがぶら下がる。
ネックレスに下げられた、逆十字のペンダントが光る---
---2108年5月。
俺は超能力者になった。
これは、俺が超能力者鎮圧部隊に入隊したころの話である。
目が覚めると俺はベッドの上に横たわっていた。
起きたときには、もう涙は流れていなかった。
バッと起き上がって、あたりを見渡してみると、どこかの病室にいるようだった。
周囲に人の姿は見えず、窓からは赤く染まる夕日が差し込んでいた。
「ここは、どこだ…。俺は、怪しい施設に連れてかれて…そこにあの二人がいて---」
そして、アダムとイヴに血を渡され、アダムは俺に言った。
---「君はちゃんと約束を守った。ありがとう!」
「ちゃんとあの少女を守ってくれた」」--
そこから記憶がない。
いろいろと疑問が残った。
彼らの血が俺の手に流れ込んできた、グロテスクなあの描写。
思い出すと吐きそうになる。
アダムは最後に言った言葉、「あの少女」って誰だ。
あの子か?
俺が暴徒たちを殺したあの日の---
と、思い出している途中で、扉がガラっと開く。
静かな病室に扉が開く音が響く。
そして、誰かが入ってくる。
「やあ、気付いたかいショウヤ君。」
話しかけてきた一人の男は、俺をあの施設に連れていき、「アダム」と「イヴ」のもとへ案内した黒スーツの男だった。
「ここは、どこ…ですか?俺は。俺の体は…」
「ここは、日本の軍事基地の病棟だよ。君の体は今までのモノとは違う。君は今、超能力者になったんだ。」
「超能力者…」
そういって、自分の手を見てみる。
特に変わったような感じはしないし、いきなり「君は超能力者だ」、とか言われても実感がわかない。
「あれから2日、君は眠っていた。そして、今日は何の日だかわかるかい?」
「…いや、わからない。」
「今日は、5月23日。君の誕生日だ!おめでとう。これは、ささやかな私からのプレゼントだ。」
「…」
男は懐から、一つの小包を俺に渡した。
中を開け手に取ってみると、それは、銀色の逆十字のペンダントが下がったネックレスだった。
「これは?」
「君が、これからも自分の意思で自分の事を決められるように。そういう願いが込められてる。」
「自分の意思…」
母に捨てられてから、俺は俺のやりたいように生きると、そう決めた。
あの日、俺は死んだ。
そして生まれ変わった。
もう、他人に決められることなく、自分の意思で生きる、と---
---紅視点
自分のやりたいように生きるんだと、目の前の少年…ショウヤは叫び、決死の覚悟をした顔をしていた。
何か様子がおかしいわねぇ。
この子が叫んだ瞬間、周囲の景気が歪んだ気がしたのよね。
それと同時にとてつもない圧が私にのしかかった感じ…いや、これは…
出遭ったときから疲労困憊のようだったし、この怪我で立ってるのがおかしいくらいだわぁ。
この子に今、何かが起きている。としか言いようがないわねえ。
とても嫌な予感がするわ---
---ショウヤ視点
俺の頭の中には、生きてやる!俺の意思が踏みねじられるなんて赦せない!
という思いしかなかった。
ここで、コイツ(紅)を倒し、生きて帰るんだ。
生きて仲間たちと…ミキトやサヤ、カリンにゴリラのおっさんたちと笑って過ごす日々を!
「バンッ」
俺の周囲が急に音を立てて弾けた。
地面が窪み、風がながれた。
なにが起こったのか知らないが、この時の俺はそんなこと気にする余裕はなかった。
今度は構えは取らず、めいいっぱい足を踏み込んで、そして紅にむかって跳躍した。
ダンッという衝撃音を背後に残し、一気に距離を詰める。
「うあ゛あ゛っ!」
「グシャッ!」
「っ!!」
紅の顔面目掛けて思いっきり振り抜いた拳は、とっさにガードした3本の腕を異様な方向に捻じ曲げ、相手の後方へ、ちぎれて吹っ飛んで行った。
ガシャンと窓へ腕が飛んで行く。
「なん---」
続けざまに、後ろへ勢いをつけた左足を紅の胴体に叩き込む。
ドスッという鈍い音を立てて、後方へ吹っ飛ぶ紅。
紅の吹っ飛んだ跡は建物の壁ごと崩壊しており、粉塵が舞っていた。
地面へ音を立てず降りた俺の前方、がれきの中からそれは現れる。
「…あぁー」
と、うめき声をあげながら近づいてくる紅。
生やした六本腕は左半分がちぎれ、胴体部分は異常な窪みの跡を残し、全身から血がだくだくと流れている。
「あなたぁ…はあっそれはっ、反則じゃないの?」
「もう、こんなところで全力を出すことになるなんて、ね゛っ!」
そう言うと、彼女の体が再び変化し、スライムのようになってから生まれ変わる。
そして、今度は異形ではなく人型へと変貌する。
形は女性のシルエットだが、見た目は外骨格の鎧のようなものを纏っている。
鎧の隙間からは発達した筋肉のようなものが見え、明らかに体術特化な容姿だ。
「千変万化、傲慢の混成獣…」
「ショウヤ、あなたに死ねない理由があるように、あたしにだってあるのよ。」
「…」
「行くわよ…」
そこからの戦闘はさらに苛烈な戦闘となった。
肉弾戦となり、互いに殴り合い血を吐きながら、それでも負けんと殴り返す。
紅の装甲は固く、ショットガンやライフルでも傷つくことがないほどである。
しかし、今の彼女の装甲は一部が剥がれ、砕かれ肉が見え血が出ている。
対するショウヤも、体はボロボロで、拳の肉が裂け、骨の一部が見えるほどだ。
そして、両者は弾かれるように、距離を取る。
二人は拳をさらに固め、深く体を落とし、構える。
スッとそこから、二人の姿が消えたのち、怒号が空間に響く。
「うあ゛あ゛あ゛ぁーー!!」
「はぁあああ!!」
「ガキンッ!!」
両者の拳が重なり、鋭い金属音と衝撃音が混じり、周囲の窓ガラスが吹き飛ぶ。
ズドンと、反発し合ったボールのようにそれぞれ後方へ吹っ飛び、がれきの中へ盛大に突っ込む。
「…」
先ほどの轟音から、今度はシンと静寂にあたりが包まれる。
と、ガタガタと音が一方のがれきから聞こえ、出て来る影があった。
それは---
「…勝負あっ---」
「ドス」
現れたのは紅の方だった。
力尽きたようにその場に倒れこんで、地面に手をついている。
右腕が無くなっており、全身ボロボロである。
ショウヤの方は、がれきに埋もれて仰向けに上半身部分が出ている。
しかし、ショウヤの左腕はどう見ても原型をとどめていなかった。
「うっ…今、ケリをつけるわ。」
とぼとぼ体を引きずるように、ショウヤの方へ歩み寄る紅。
「ここで殺さなきゃ、危険…だわ。」
「ドゴゴゴ」
「…!?」
ショウヤにとどめを刺そうとする紅の上空をヘリコプターが飛び交う。
そして、彼女にライトが当てられる。
「そんな…」
「ストン」
上空のヘリから、黒い影が下りて来て、紅へ向かって歩き出す。
それは、ヘリの光の下へ照らし出されていく。
「よお、”キメラ”。随分とボロボロじゃねえか。随分暴れまわったようだが、もうお終いだ。」
「…っ!エスパー隊の、”鬼人”!こんな状態で対面しなきゃいけないなんてねえ。私もここまでなのかしら…」
降りて来た人物は、超能力者特殊鎮圧部隊の”鬼人”と呼ばれる人物であった。
その男は特殊な黒い装備で身を覆ているが、その身が内包する筋肉を隠し切れず、誰が見ても屈強な体をした軍人であった。
しかし、ヘリの逆光で顔は見えない。
「観念しろ--」
「それは、待って貰おうか。」
と、鬼人なる者が言いかけたとき、どこからか声が聞こえてくる。
しかし、鬼人はその声の主がいる方を暗闇の中見据えていた。
視線の先は、がれきが散らかる建物の上に、全身黒い専用トレーニングウェアを纏った目隠しの大男に向けられていた。
「お前は…」
「ねえねえ、この人返してもらうよ!」
「…!?」
いつの間にか、紅のそばにまで、フードを深々とかぶった白髪の少年が歩いていた。
明らかに異質の気を放つ二人に、身構える鬼人。
構えたと同時に鬼人に向かって、白髪の少年は言った。
「今ここで君とやる気はないよ!今回の目的は、ある程度達成したし、帰らせてもらうね!」
「貴様、逃げられると思っているのか?」
「よしなよ!せっかく見逃すって言ってるんだから、自分でも気づいてるでしょ?やったら負けるって。」
「…」
そういう少年に、何も言い返さない鬼人なる者。
「それに、君の後ろの少年を早く手当してあげなよ。すごいよね!紅をこんなにボロボロにしちゃって!君なんかよりよっぽどそっちの子と戦ってみたいな!」
と、背後のがれきに埋まる血まみれの少年を見やる。
「それじゃあ、運が良ければまた会えるかもね!ばいばーい!」
「なっ!待て!」
フッと一瞬で音を立てず、姿を消してしまった少年。
さっきまでいたはずの黒い巨人も、いつの間にか消えていた。
「少年!」
と、鬼人はショウヤの下へ急いで駆けよる。
そして、がれきをどけて少年の体を見て戦慄する。
右手はあるが、拳から骨が見えており、左腕はぐちゃぐちゃで辛うじてくっついている状況。
足はがれきに潰され、血まみれでどうなっているか分からない。
胴体も顔も血まみれで、擦り傷、打撲…数えたらきりがないほど重症だった。
「医療班急げ!一刻を争う危険な状態だ!至急手当を。」
「…あ、あ」
「なっ!まだ生きがあるのか!?」
「…れは、俺は生き…る」
少年はそう言って、電池が切れたロボットのように気を失った。
その様子に驚愕しつつも、心の中で賞賛する鬼人。
こうして、入間第2特殊軍事基地襲撃事件は幕を閉じた。