6話 追跡
2112年9月。埼玉県入間第2特殊軍事基地は、超能力者指定暴力集団、通称「人の子」による襲撃を受けた。
基地外周部のとある崖の上。
2つの人影が基地を遠くから見下ろす。
一人は白髪で、身長は150cm弱の小柄な少年。
白いパーカーのフードを深々とかぶり、顔は見えない。
もう一人は、身長2メートルを優に超えるほどの大男。
全身を黒色のトレーニングウェアのような服で包んでおり、目隠しをしている。
「ねえ、敵さんは強いのかな?オジサンたち、大丈夫かなー?」
銀髪の少年がしゃべり始める。
声は無邪気な子供そのものだ。
「さあな。しかし、アシトは幹部の中でも実力派の精鋭だ。簡単には死なん。」
目隠しした大男が太く落ち着いた声で答える。
「そうだね。きっと、一人で敵さんみーんな蹴散らしちゃうね!」
「ああ…」
---基地内にサイレンが鳴り響く。
人影を追って、寮内の廊下を駆ける少年。
「くそっ!あいつの通った道に死体が落ちてやがる…」
襲撃のアナウンスが入った直後、怪しい影があったから追っかけてはみたが、これはあまりにも…
敵にこの施設に侵入させ、暴れ回らせるなんてありえない、ここの監督が許すわけがない。
どうやって入って来たのか知らないが、現に施設内で暴れてやがる。
それにこいつは、いやこいつらは目的がある。
今追ってる奴の足取りは明らかに、迷うことなく、ある方向へ向かっている。
「足取りに迷いがないな。コイツが向かう方向は…武器庫かっ!」
相当まずいな。
襲ってきたってことは、敵の目的。
多分、武器をかっさらうっていう準備が整ったってことだ。
それに、武器を奪われれば、教官たちだって返り討ちになる可能性もある。
この入間第2特殊軍事基地は言わば、超能力者、つまり軍の最高戦力が集まる場所。
それだけ安全な場所とも言える。
その分、武器も安心して保管できるため、他の施設より武器の保管料が多い。
なにより、対超能力者用の兵器まである。
最悪は、武器が敵の手に渡り、この基地が敵の手に落ちることだ。
と、追ってる奴が常時発動の識道の射程に入った。
走ってる途中は半径30メートル程度まで範囲が縮んでしまう。
「一気に追いつく!」
脚の筋肉の収縮から伸びたタイミングで、神血を一瞬で覚醒させる。
ダンッと床をえぐり、爆発音に似た音を立てて、敵と思わしき人物のところまで一瞬で跳躍していく。
追いついたそいつと目が合う。
そこにいたのは…
「鬼瓦教官!?」
「なっ!?」
意外な人物が目の前にいた。
「教官…なんでここに?」
「なんでって、死体が落ちていただろう?その血痕を辿ってきたのだ。」
「そんなことより、貴様!敵襲を受けたとサイレンが鳴っていたのが聞こえなかったのか。早く1階の広間へ向かえ!」
鬼瓦教官は教官の休憩室にいたはずじゃ。
いや、教官は俺と違って疲れてなければ、無線で緊急の連絡を貰って、すぐにあちこち動き回ったのかもしれない。
しかし!
「それよりも、敵の狙いが武器庫かもしれません!」
「なんだと?それは本当か?」
「放送が入る前、訓練生が自身の寮室で串刺しにされていました。おそらく、戦うリスクの低い訓練生を襲い、こちらが混乱している隙に、この施設の監視室か武器庫をいただくつもりなのでしょう。」
「殺されただと…忌々しい敵どもめ!同じようにめった刺しにして宙づりにしてやる!」
おお、怖っ。
鬼瓦教官はいつも険しい表情をしているが、この時の教官はいつもの比じゃない。
同時に気になることも言った。
「それと、俺も識道があります。今は体がへとへとですが、識道なら遠くの方の敵まで見つけられます!」
「そうか。それは頼もしいな。ここからだと、監視室よ武器庫が近い。100メートル先まで見えるお前なら、敵に気付かれる前に近づけるな。」
「それに教官の実力なら敵なしですね!」
「ふっ、そうだな。よし、行くぞ!」
やることを確認して武器庫の方へ向かう俺と鬼瓦教官。
長い廊下を駆け、別棟への渡り廊下へ差し掛かる。
そして、俺は走りながら教官に話しかけられる。
「よく敵の目的が分かったな?」
「いえ、ここを襲うなんてそれくらいしか理由ないでしょ?」
「まあ、そうだな」
と、会話を続ける。
「ところで鬼瓦教官。あなた、いつ裏切ったんですか?」
「えっ…」
「ダンッ!」
「っぐ!」
足刀蹴りをモロに喰らい、渡り廊下の奥へ吹っ飛び転がる鬼瓦教官。
口から血を吐き、血の滲んだ脇腹を手で抱えるようにしてうずくまる。
骨が折れる感触が足に残る。
「い、いきなり…何を…」
「いきなり?いきなりここを襲ったのは、あんたたちだろう?」
「なにを言って---」
「あんたがさっき、自分で言ったこと覚えてるか?」
「なにがだ!」
見え透いた嘘をまだついてきやがる。
まだ正体を隠すつもりらしい。
いや、怪我が案外深いのか。
「同じようにめった刺しにして宙づりにしてやるって言った時だよ。」
「それがどうした?」
悟ったかのように、急に冷静になる鬼瓦教官。
「俺は、串刺しにされた、と言ったが、宙づりにされたとは一言も言ってない。」
「…それは,想像の仕方の問題だろう。」
「それに、あんたは俺の識道の距離を把握していた。昨日測ったばかりのな。知ってるのは、カバンを直接漁ったあの男だけだ。」
「…話したんだ。君が休憩室から出ていった後、彼との会話で、君の識道の範囲を知った。」
「それはありえない。」
「なんでだ?」
「俺は休憩室をすぐ出た後、寮に直行した。寮で訓練生の殺人事件があった直後、人影を見た。休憩室の反対方向から走って来た人影をな。」
「…」
「それを追って追いついたら、人影はあんただった。時間的にあり得ないんだよ。俺の方が先に出たのに、あいつと世間話した後、あんたが反対方向から走って来るなんて。それに、お前からは血生臭いにおいがする。お前何者だ?」
「あれれれれれれー?ばれちゃったかなー?」
口調が急に変わり、鬼瓦教官だったそいつは、ぐにゃぐにゃに形を変化させていく。
まるでスライム。
そいつは形を変えながら言った。
「感のいいガキわぁ、きらいだよー」
んーどっかで聞いたことあるな、そのセリフ。
「おい、鬼瓦教官とカバン漁った奴どこにやった?」とか、言った方がいいのか?
とりあえず、このシリアスな場面でそれを言うのは置いておこう。
「はっ!最初から臭いんだよ、あんた。」
「あらやだぁ。レディに対して失礼じゃあないの?」
ねっとりとした女性口調とその見た目が何とも奇妙だ。
次第にスライムから人の姿へ形が再び変わっていく。
すると目の前に、妖艶な美しい女性が立っていた。
目は紅色、身長は170くらいか?長い黒髪の和風美人って感じだ。
おまけに服まで変わって、赤い、血のような色の着物を着ている。
「さっきだってー、わたしを思いっきり蹴とばして。すごく痛かったわぁ。ほんとうに悪い子ねえ。」
「よく言う。痛かったという割に元気そうじゃないか。怪我だって無くなってやがる。」
彼女の脇に蹴りを入れて、血が滲んでたはずなのに、もうすっかり無くなってる。
どういう原理だ?
ただの変身能力じゃなさそうだ。
「女性を化け物みたいに言わないのっ。」
「どっからどう見ても化け物だろ。スライム女!」
「はあ。口の悪い子ね。そんな子にはお仕置きが必要だわ!」
そう言うと、一歩、足を踏み出し、一気に様相が変わる。
まるで猛獣のような眼光を放つスライム女。
とてつもない殺気に、身が硬直し、背筋が凍る。
こちらも臨戦態勢に入り、纏道、洞道、を発動し、駆動がいつでも発動できるよう、身構える。
そして、超能力で作った刀を握る。
今回は刃があり、当てたら切断間違いなしの凶器だ。
「へぇ。それがあなたの超能力ね?とってもいい能力。でもっ…」
「っ!!」
また先ほどのスライムのようになった女は、どんどん形を変えて3メートル強の巨大な化け物へ姿を変える。
体から腕を六本も生やし、下半身は虎のような四足獣へと変貌する。
「千変万化っ!憤怒の混成獣!」
「ふふっ…私の方がもっといいっ!!」
危険を感じ、後ろへと咄嗟に駆道で跳ぶ。
すると、巨大な腕が、目の前を豪速で縦に振り抜かれる。
ヒュッという風切り音を立てて、周囲を一瞬で破壊していく。
自分がさっきいた場所が床ごと無くなって貫通していた。
風圧と衝撃で後ろに転ぶ。
「おいおい、まじかよ…」
一撃喰らったら即死間違いなしだ。
疲れが溜まっているのか足が震える感覚に陥る。
「あらぁ?仕留めたと思ったのにー。あなたもすごく…いいみたいねぇ?」
「ズドンッ」
怪物が俺に向かって跳躍する。
やば過ぎる!相手の力量を測り損ねた。
このままじゃ、あの巨体から振り下ろされる巨腕に押しつぶされるのも時間の問題だ。
とりあえず死角だ。あいつの視界から外れて一度撤退する。
その後は、教官たちや迎撃部隊と合流して---
「バガンッ」
突然壁が崩れ、その中から赤目の美女の顔を持った化け物が姿を現す。
「わたしを置いてどこにいくのよ!!」
「っく!」
急いで踵を返し、駆道を全力で使って廊下を駆ける。
が、壁や床を突き破ってすぐに奴が追いかけて来る。
「きゃはハハハ!逃げられないわよ!」
「追いかけてくんな!未練たらたらかッ。」
と、恐怖でわけわかんないことを口走ってしまう。
それが、相手に効いたのか。
「あぁん?何を言ってるのかしら!」
ズドンとそこら中をさらに破壊しまくって追いかけて来る。
やばい、虎の尾を踏んだか?
さっきより勢いを増して追いかけて来る。
すぐに追いつかれそうだ。どうする、一度、正面切って戦ってみるか?
いや、一撃喰らえば死ぬ。無策で突っ込めば死にに行くようなもんだ。
それに、相手に一撃を喰らわせたとしても、すぐに治される可能性が高い。
ジリ貧だな。
「…!」
と、窓の外を見て一瞬思いつく。
このまま追いかけて来ることを辞めないなら、誘導すればいい。
問題はその地点まで捕まらずに誘導できるかがミソだな。
まあ、このまま捕まって殺されるくらいなら…やってやるさ!
「ねえ?いつまで逃げるつもりなのー。もう諦めなさい?」
「はっ。諦めるのはお前だろ。いつまで追いかけるつもりだ!」
そして、廊下の窓を割って外へ飛び出す。
しかし、奴も懲りずに追いかけて来る。
「そとに出たって結果は変わらないわよー?」
「んなこたぁわかってる!」
死に物狂いで走る。ここが一番危ないポイントだ。
外は遮蔽物が少なく、あの巨体も自由に走りやすい。
今まで以上に過酷だ。
「もう、終わりにしてやるわぁ。」
そう言うと、奴は一気に跳躍して俺の正面に回り込む。
まずい、コイツの先に目的地があるんだ。
「さあ、観念しなさい?」
「…」
「あら?意外と素直なのねぇ。お利口なのはあたし好きだわぁ。」
ドスンドスンと地面を鳴らして、一歩ずつ近寄ってくる。
今気づいたんだが、こいつは変身と共に質量も変化してる。
また、変化で増やせる質量も制限があるっぽい。
今までの攻撃も、腕をもっと大きく変化させれば確実に当たっていただろう。
大きさ、重量、あるいはどっちも制限がありそうだ。
ま、今そんなことわかっても意味無いんだけどな。
考えていると、いつの間にか目の前に奴が来ていた。
そして、巨大な腕を振り上げる。
「とても楽しかったわぁ。殺すのがちょっと残念だけど。ゆるしてねっ。」
「ブンツ!」
大きな腕が一本振り下ろされる。
腕が豪速で俺の頭上へ一気に叩きつけられる---
その寸前。
俺は鋼鉄で出来た巨大な斧の刃を地面に植えつけるように出現させた。
バキンッと異様な音が鳴り響く。
俺の頭を砕くはずの奴の腕がグチャという音をたてて血まみれで複雑に折れていた。
「ッ!」
突然の出来事に、思わず後ろへ下がる怪物に、間髪入れず追撃を入れる。
「喰らえっ!」
「ドンッ」
「あ゛あ゛っ!」
怪物の顔面に投げつけたものが爆発する。
投げたのは手榴弾だ 。
俺の能力は具現化だ。
つまり、俺の想像したものであれば、よほど無理のあるもの出ない限り作成可能だ。
「このくそガキィ…!よくも!」
腕は血まみれで顔面から胴にかけて焼けただれている化け物は、怒りのあまり鬼の形相だ。
俺はすぐにその場から離れ、目的地へ逃げ込む。
ここなら奴を殺せる!
「待てガキっ!どこだ!」
そして、怪物が見た場所は…
「ここは…」
大量の貯水槽が並ぶ、給水場である。