2話 初めての模擬戦
俺が8歳で入隊してからもう2年が経つ。
俺の所属するエスパー部隊は訓練期間が設けられており、訓練を修了すると、実戦への参加が認められる。
訓練期間は3年。
3年経ったものは次の4月までに、訓練修了試験を受け、合格する必要がある。
「ミキト、修了試験どうだった?」
「当然、合格だ。」
「おめでとう」
「おう、ありがとな」
9月中旬の真っ昼間の太陽の下、木陰に入り、生い茂る芝の上に二人寝転がって涼む。
ミキトはこの隊に入隊してから3年が経ち、この間、訓練修了試験を受けた。
そして、見事合格。
落ちる者も少なからずいるが、大体7割が合格する。
「半年とちょっとでお別れだな。」
「なんだショウヤ。俺がいなくなると寂しいか?」
おっさん臭い会話をする10歳と15歳。
しかし、あれだな。
入隊して訓練して、同じ寮の下で寝食を共にして。
まあ、ちょっと神経に触るような性格の奴だけど、仲良くもなって。
寂しくないと言えば嘘になる。
「まあ、最初はミキトにだいぶ助けられたからな。」
「ほんとだぜ、隊員同士の連携の訓練じゃ先に一人で突っ走るし、座学はわからない所だれにも聞かないし。まったくどうしようもねえ奴だったな。」
俺が入隊したての頃。
人を信用することが出来ない俺に、手を差し伸べ、助けてくれたのは他の誰でもないミキトなのだ。
兄が狂ってなかったら、きっとこんな感じなのかな。
最初は嫌な奴だと思ったし、今でもそれは変わらないのだが、ミキトのことを自分の兄のように感じている。
「ちょっと、そこの二人!なんで昼食後すぐにいなくなるのよ!」
感傷に浸っていると、木下の二人の下へ、やかましく声を出しながらやってくる少女がいた。
いや、二人の少女だ。
やかましい声の主の「九条 沙耶」と、いつもサヤの隣にくっついている、全く喋らない少女「赤花 夏鈴」だ。
「別にいいだろ。声かける必要あったか?」
と、ミキトがうるさいなぁと言わんばかりの口調で木を見上げながら答える。
「あるでしょ!?忘れたの?今日の午後の訓練で4人一組で、訓練生同士の模擬戦があるから、一緒に話し合いましょうって!」
「いや、忘れたわけじゃねえよ?でも話し合う必要あるか?俺とこのショウヤがいれば問題ないだろ。」
そう、どうでもよさそうに返事するミキト。
「なによそれ!いつも私たちの援護のおかげで戦えてるじゃないの!」
「っていうかショウヤもなんで一声かけないのよ!」
やべっ、俺の方にも来た。
「いや、まあ、教官が事前に作戦を立てておくように、なんて言ってなかったから。その話し合いも含めて訓練の一環だろうと思った。」
我ながら、良い言い訳を思いついたものだ。
「…まあ、それも一理あるわね。でも、今度からは声をかけなさいよ!同じチームメイトなんだから。」
「イ、イエッサー…」
威圧感がすごい。
ここで、いやでも…と言うと、さらにあれこれ言われかねないので、ここは一歩さがって「はい」と答えておく。
「相変わらずサヤはお節介焼きだなー。ほら、カリンもそう思うだろ?」
と無神経にカリンへ話を振る。
いや、割と気遣ってのことかもしれない。
ぶっきらぼうではあるが、その反面、兄貴分な性質があるからな。
「ちょっとカリンに変なこと言わないの!カリンはそんなこと思ってないもんね。」
「…」
あれ?いつもならサヤの返事には、喋らないが頷くことはするのに…
ってことは、
「え?カリンちゃん?本気でそんなこと思ってないよね?」
「…」
変わらず首を縦に振らない。
すると、俺の横で大笑いする奴がいた。
「アッハハハ!こりゃいい。お前サヤにすらお節介だと思われてんの!」
「う、うるさいわね!確かに、ちょっと…気にしすぎたかしら?」
可哀そうに、信頼していたサヤにまで裏切られるとは。
さぞ辛かろう。
と、俺も一緒になって笑う。
「なっ!ショウヤまで。あんた覚悟しときなさいよ!」
と威圧されるが何のその。
ぐぬぬ、と悔しがっている本人をよそに、俺たちの笑いは止まらない。
と、ここで昼休憩の終わりのチャイムが鳴り響く。
鳴り響くラッパの合図に、サヤは肩を落とし、4人は基地内の模擬戦訓練場へと赴く。
ピッ!と笛の合図が鳴る。
場所は外、広場に移動させられ皆、直立不動で立たされている。
彼らの向く方向に、一段高い台の上に二人の教官が立ち、今回の訓練の内容を説明する。
「諸君はこの訓練を何度も経験していることだろうが、念のため軽く説明しよう。」
「今回は屋内に立てこもる超能力者集団の暴徒の鎮圧を行ってもらう!」
「暴徒役と鎮圧部隊役。4人一組でそれぞれ1回ずつ行う。また、暴徒側の勝利条件は---」
と教官が説明していく。
暴徒側の勝利条件:
・開始から20分を超えた時点で1人でも残っていること。
・鎮圧部隊全員が戦闘不能か、降参する。
・鎮圧部隊の隊長が戦闘不能か、降参する。
敗北条件
・開始20分以内に全員戦闘不能になるか、降参する。
鎮圧部隊側の勝利条件:
・開始20分以内に暴徒を全員戦闘不能にするか、降参させる。
敗北条件
・鎮圧部隊が全員戦闘不能もしくは、降参する。
・20分以内に暴徒が1人でも残っている場合。
・鎮圧部隊の隊長が戦闘不能か、降参する。
以上である。
鎮圧部隊はとても不利だ。
まあ、負傷者もなく敵を鎮圧することが任務の成功で、それ以外は失敗。
みたいな教訓だからな。
もちろん、超能力の使用可だ。
怪我をしても大丈夫!
この基地には優秀なお医者さんがいるからね!
腕が切れても、内臓が出ても完璧に治しちゃう超一流!
医者も能力者で、大概の怪我は治せるという。
逆に言えば、それくらいの怪我も起こるということ。
しかも、俺のチームは全員かなり若い、最年少チームだ。
20代のチームだって、40代のチームだってある。
ランダムで対戦相手が選ばれるため、最悪、ゴリゴリのおっさんが相手になる可能性もある。
あーいやだ。
「鎮圧部隊のほうがフリな条件となっている。ゆえに、もっとも評価されるところであるが、暴徒側も終始評価するので、決して気を抜くな。」
「作戦はそれぞれ事前に話し合って決めるように。以上だ!全員準備に移れ!」
「了解っ!!!」
訓練生全員が一斉に返事をし、各々作戦に入る。
「よし、作戦計画するぞ!」
「ああ」
「ええ」
「…」
ミキトの掛け声を合図に、作戦会議が始まる。
今回こちらは鎮圧部隊側で、暴徒側はどこのチームなのか、どういう能力を持っているのかは互いに伝えられない。
いきなりぶっつけの戦闘をするのだ。
「まず、ショウヤとカリンは模擬戦初めてだよな?」
「うん。10歳から戦闘参加できるから、今回が初めてだ。」
「…」
そう、俺は今回の模擬戦が初めてなのだ。
ミキトと体術の訓練を過去にしたことあるくらいだ。
といっても、それは模擬戦と言うより、動きの確認程度だったが。
「カリンちゃん。大丈夫。私たちがついてるから。」
「…」
返事はしないが小さくコクッと頷くカリン。
「正直、ショウヤは大丈夫だろう。前に幾度か体術の訓練をしたことがあるが、動きが半端じゃなかったからな。」
「そうなの?なら正面戦闘になっても、すぐにやられることはないと考えていいのね?」
と、こちらを向いて聞かれる。
そんなに期待しないでくれ!俺は未熟だ!暴力反対!
いや、しかし前にゴリラ大佐に才能あるって言われたばっかだしな。
ちょっとは動けるんじゃないか?
「う、うん。多分、攻撃をかわして時間稼ぎくらいは出来ると思う。」
「なんだショウヤ。自信ないのか?大丈夫だ。お前はやれる。」
おお、なんだこいつ。
いつもは、ダメだなとか言ってくるのに…
ちくしょう、心に響いちまったぜ…
「ところでカリンはどうだ?サヤもカリンと訓練したことあるんだろ?」
「ええ、でもこの子はとても戦闘向きじゃないわ。人を傷つけるのが怖いみたいなの。」
と、言われると、カリンはうつむいてしまう。
「落ち込むことはないよ。戦えなかったとしても、走って敵を錯乱させて誘導することもできる。」
と、俺がフォローを入れておく。
「そ、そうよ!あなたは戦わなくとも、走って敵の注意をひいてくれるだけでいいの。出来る?」
「…」
と優しく確認するサヤ。
それに対し、コクッと小さくうなずく。
そして、カリンは少し驚いた表情でこちらを向く。
いや、表情には出てないが、そういう風に見えた。
「よし、それならポジションは決まりだ。あと、全員の超能力をもう一度確認しとこう。---」
互いの能力の確認と作戦の計画を練り終える。
そして、持ち場につく我々「ミキト班」。
今回使われる戦場は、市街地を模した場所の4階建てのビルである。
中は、覗いてみないと分からないが、おそらくエレベーター無しの階段のみの移動だろう。
エレベーターなんかこんな時使わないからな。いろいろ危ないし。
そして、ビルはシャッターが閉められて中の様子が分からない。
あのシャッターは多分防弾使用だろう。
また、互いの連絡用の通信機を両者持っている。
「作戦の手筈通りで行くぞ。いいな!」
「了解!」
「了解」
「…」
掛け声の直後、模擬戦開始の合図が鳴る。
4人は周囲の安全の確認をしながら敵の巣くうビルへと向かう。
作戦の概要はこうだ。
まず、俺が識道にて敵の場所と安全を確認後、ミキトを先頭に一階へ潜入する。
敵の位置を把握しながら、孤立している敵を一人ずつ確実に叩く。
敵が固まっている場合は、ミキトとサヤの二人で敵を分断し、カリンが敵を陽動する。
カリンへついていった敵がいれば、そいつを俺が陰から襲う。
また、俺は敵が移動し、味方の誰かが近くにいたとき、識道で敵の居場所を仲間に知らせる。
撃破次第、各員の助っ人へいく。
という感じだ。
にしても、識道って便利だよな。
この狭い場所では、もはやチートである。
しかし、それは敵も同様なのだ。
敵にも識道や纏道を使える者がいる可能性がある。
細心の注意が必要だな。
この戦いは、敵のレーダーをいかにして先に壊すかが重要になってくる。
ビル前へ到着した4人。
俺は、到着と同時に識道を発動する。
すると、目の前に色の無い空間が広がっていく。
物体の輪郭のみが白く光る線として、かたどられた藍色の世界を見渡す。
1階の正面はロビーのようになっており、その両側に奥へ続く廊下が見える。
そして、ロビーの上はテラスのようになっており、ロビーの様子全体が見渡せるようになっている。
両脇の壁に沿うように、らせん状の階段が2階のロビーへと伸びている。
そして、ロビーの奥の壁には扉が3つある。
3つの扉の内、一つの扉が開いている---いた。
正面向かって左側の扉がわずかに開いており、そこに無線機を耳の近くでかまえる男が目を閉じてしゃがんでいる。
「いたぞ、正面のロビーの2階。テラスのような場所の正面向かって左の扉に一人男がいる。」
「こいつがおそらく敵のレーダーだ。こっちには気づいてないみたいだ。」
「でかした。」
「す、すごい…そんなところまで分かるなんて。」
3人は驚愕の顔を向けて、ショウヤを見るが、彼はそれを無視して、さらに奥の方を見る。
「正面向かって左側の、2階から3階へ上がる階段に2人、迎撃準備して待ってる。」
「あと一人は、正面向かって右側の階段。3階の階段付近で待ち構えてる。」
と、一瞬で全員の位置を把握してのける。
「ふぅ、1階はとりあえず安全だけど…。ん?なに。」
「…」
みんな唖然とした表情でこちらを見ている。
え、なに?と、まさかと思って後ろを振り返ったり、あたりを見渡すが誰もいない。
いや、敵の罠か。
既にこの付近にカリンみたいになるトラップを仕掛けていたのだ。
「みんな敵の罠にはまってしまったのか!?どうする…一応降参したとは言ってないし、俺一人でやるしか!」
と、意気込んだところ。
「ちょっと待て。」
と言われて止められる。
よかった。敵の催眠術から抜け出したんだな。
さすが、兄貴だぜ。
「ミキト!敵の催眠術を抜け出すなんて、さすがだな。」
「は?」
何言ってんだコイツ。みたいな表情でこちらを見る。
あれ、なんか思ってることと違う?
「何の事言ってんのか知らんが、俺たちが驚いてんのはお前の識道のことだ。」
あ、それね。
そういえば、戦技について、ゴリラ大佐にお前には才能があるって言われてたな。
「ああ、俺には識道とかの戦技の才能があるらしい。ってゴリ大佐が言ってた。」
「らしいって、それ相当凄いよ」
「…」
サヤだけでなく、カリンまで頷く始末。
つくづくあのゴリラ大佐は重要なことを言わないな、と実感した。
「まあ、そのことは後だ。今は模擬戦に集中しろ。」
と、さっき一緒になってあっけにとられていたミキトが、思考を切り替えるように皆に言う。
「俺に続け。こっからが本番だ!」
と気を取り直して、模擬戦へと望む。