006
今の俺は、学生だ。
三十四年生きて両親が死に、会社員になった俺が学生に戻った。
タイムリープという現象を、子供の時に読んだ漫画で知識を得ていた。
それだけでも異常なのに、赤ん坊が浮いていた。
赤ん坊が、クラスのアイドルの望月だという事実。
だけど、それを簡単に信じる事はできない。
「信じる事はできないが、違う証拠はどこにもない。だから信じる」
「ありがとう、あたしに何でも聞いて」
「そうだな。じゃあなんで俺が、タイムリープをしたか……だ?」
「それは、あたしの能力でしょうね。
あたしが時間を逆流して、十七年前に遡ったの。
赤ちゃんになったあたしは、近くの人間の時間を、十七年前に戻すことができるみたい」
「他の人間にも、やったのか?」
「巻き込もうとしたけど、ちゃんと巻き込めたのはあなたが初めてよ。
理由は分からないけど、あたしが時間の渦を発生させる人間はある程度限定されているんじゃないかしら」
「ならば、お前を……望月を赤ちゃんにしたのは誰だ?」
俺の質問に、赤ん坊は首を横に振った。
「そうね。
おそらくその人物こそ、あたしがあなたを時間の渦に巻き込んだ理由」
「どういう意味だ?」
「あたしは、高校生に戻りたいの。
赤ん坊の姿では無く、普通の女子高生『望月 香美』に。
あたしが高校生に戻らない限り、他の誰かを渦に巻き込むことになってしまう」
「質問の答えになっていないけど、誰にやられたんだ?」
「分からない」
涙を拭った赤ん坊は再び、首を横に振った。
しゃべりも流暢で、はっきりとした知能も感じた。
「分からないって……」
「記憶が曖昧なの。あの日……10月28日まではあるのだけど」
「10月28日……そういえば今日は?」
「2004年10月13日水曜日、現在午後5時33分ぐらいね」
赤ん坊がなぜか黒い携帯電話を、持っていた。
折りたたみ式ガラケーの携帯の待ち受け画面を見せて、画面表示から日時を理解した。
一方の高校生の、俺はブレザーを探しても携帯電話を持っていない。
「つまり、15日後が28日だけど、この日に何が起ったんだ?」
「この日は、学校は中間試験の最終日で早く終わったので駅に行った。
ユメッチと一緒にね、でも駅でユメッチと別れてからは記憶が無い」
「まてまて、ユメッチって誰だ?」
「あたしの友達のユメッチよ、知らない?」
「知らない」すぐに俺は、手を振って否定した。
俺の知っている望月は、クラスでも人気の女子だ。
これを、俺たちのクラスで『陽キャラ』と呼んでいる。
まあ、俺たちのようなイケていない奴らを『陰キャラ』と呼ぶのだが。
イケているグループと交友関係が、俺には全くない。彼氏だっている、完璧リア充だ。
「んーと、あーやっぱダメか。
携帯のデータが、全部消えているし」
「何がだ?」携帯をいじる赤ん坊、小さな指で器用に操作していく。
だけど、赤ん坊は首を横に振っていた。
「操作ができるのか?」
「当たり前よ、あたしは望月 香美……女子高生だから」
「はいはい、でそのユメッチってのは?」
「あたしの友達、アオインと三人で仲が良かったの」
「ユメッチだっけ?そいつが、お前を赤ん坊にしたのか?」
「わからない」首を横に振った赤ん坊。
頭が大きいが、体はまだ小さい。
フラフラになった赤ん坊の望月は、寂しそうな顔になっていた。
「名字くらいは……」
「ユメッチはユメッチよ!」言い張る赤ん坊。
「だから名字は?」
「知らないわ!」俺と赤ん坊との会話は、平行線だ。
これ以上話しても、埒があかない。
とりあえず、ユメッチの事は頭の中に入れておこう。
「で、俺はどうすればいい?」
「あたしを助けて、高校生活を送りたいの。女子高生に戻して」この一点張り。
「まあ、そのユメッチを探すしかないだろうな。
今のところ『ユメッチ』と『10月28日』、この二つだけが手がかりだけだし」
「助けてくれるの?」
「ああ……まあ、いいよ」
「ほんとに、ありがとう」
感謝するように赤ん坊が、微笑んでいた。
微笑んだときの赤ん坊のオーラは、陽キャラの明るい望月のようなオーラを出していた。
ソレと同時に、自分がちっぽけな存在だと感じていた。くそっ、やっぱり陽キャラは違うな。
「ああ、いいよ。
でも、そのユメッチの情報だけど……手がかりはあるのか?」
「アオインに聞けばいいじゃない」
「アオイン?ああ、あの葵か」
その名前だけは、なぜか知っていた。
よく、聖也が葵の話題を出すし。
「そう、アオイン。あたしの親友なの」
再び、赤ん坊が陽キャラのオーラを放っていた。
やはり、陰キャラの俺はため息をつくしか無かった。