005
時間を巻き戻った俺が、ここにいた。
それは普通ではないし、異常だ。
当たり前の話だけど時間が巻き戻る事は無いし、学生に二度となることも無いと思っていた。
それだけに、光の球が出てきてどこか非日常を感じた。
それと、空にずっと見える真っ黒な渦。俺にしか見えない渦だ。
俺は、夕方に山を登った。
坂道を登って、辿り着いたのは……そう現代の深夜にみたあのベンチのある山の上の公園。
俺は、そこで初めて理解した。
(あの山は、ここだったのか)
景色も、坂道もどこかで歩いたことがあると思った。
同じ市内でも、学校を卒業すると行くことはない。
家のある場所から、結構離れていたからここの風景をすっかり忘れていた。
夕日が差し込むベンチの公園に、あり得ない光景があった。
光の球が上に浮いている。光の球のそばには、ベンチの上で仰向けに眠る赤ん坊。
「あの赤ん坊は……」
だけど、俺が見た瞬間に光の球が赤ん坊に吸い込まれていった。
吸い込まれた瞬間に、赤ん坊はゆっくりと目を覚ました。
起きたと思ったら、そのまま両手を広げて宙に浮かびだした。
「な、何がどうなっている?」驚きの顔で、俺は赤ん坊を見ていた。
「よく来てくれたわね」赤ん坊の声は、女の声だ。
しかも若い女性の声で、夢のような場所で聞いたことのある声だ。
だけどしんみりした声で、どこか落ち着いているようにも聞こえた。
「赤ん坊が喋った?」
「まあ、初めてだとそういう反応よね。
驚くのはいいとして、あたしの話をちゃんと聞いて欲しいわ」
「あたし?女?」赤ん坊の服を見ると、確かに女の子っぽい。
よく見たら、赤ん坊の頭の栗色の毛が長く見えていた。
「うん。あたしは本当なら、今のあなたと同じ年だから」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。分からないの?」
「分かるかよ!俺の頭の中はぐちゃぐちゃだよ。
俺は高校生になるし、赤ん坊は喋るし……あっ、あの夢もそうか?
俺が、ブラックホールに飲み込まれるのも?」
「あれは時間の渦、あなたはあたしの力で巻き込まれたのよ。
ほら、そこに見えるでしょ?」
喋る不思議な赤ん坊は、上の空を指さした。
赤ん坊が指さしたのは、俺を巻き込んだ黒い渦。
時計回りに、ゆっくり回っていた。
「俺にしか見えないあの渦は、一体なんだ?」
「世界の渦、あなたをこの世界に巻き込んだもの」
「巻き込まれたのか、この俺が?」
「渦に巻き込まれた人間は、やるべき使命が与えられる。
それはあたしを助ける事よ、学原 涼真君」
「助けるって、お前は誰だ?俺の名前も、知っているようだし」
「そうね、あたしの名前を言うわね。
あたしの名前は、『望月 香美』高二で、あなたのクラスメイトだった人よ」
喋る赤ん坊は、『望月 香美』と名乗った。
え、望月って、クラスメイトでクラスのアイドル的人気の女子だよな。
それがなんで俺の目の前で、赤ん坊の姿をしているんだ。
「嘘はよせよ!」
「本当よ、あなたはあたしの生徒手帳を見たでしょ。
あれって本当にあたしのだし……」
「でも、俺は学校で望月を見た」
そうだ、教室で『望月 香美』を見ているんだ。
屋上でも、カップルで『望月 香美』を見かけた。
「信じなくても事実だから。
それでも、あたしは望月 香美だから。
赤ちゃんに変化した望月 香美だから、お願い信じてよ!」
かわいらしい赤ん坊は、泣いていた。
だけど、普通の赤ちゃんのように大きな声で泣くわけではない。
宙に浮いたまま、静かにただ涙を流していただけだった。