004
鳴本高校は、三階建ての校舎。一番上に屋上があった。
高二の俺は、いつも昼休みは屋上にいた。
そこにいたのは、もう一人。
購買でパンを買っているメガネをかけた真面目な少年が、俺の目の前にいた。
「今日の涼真、なんか面白かった」
「面白いって、俺はそんなキャラじゃない」
小さな口で、パンを食べる聖也。
笑いながら、静かに食べていた。
「そうか、なかなか良かったよ。現国の時」
「そうじゃない、大体俺は……恥ずかしかった」
「でも、そんなこと言うとは思わなかったよ」
穏やかに返してくる聖也。
度がキツい眼鏡と、ペタッとした髪のどこにでもいるガリ勉タイプの男子高校生。
俺の親友、『田沼 聖也』とは高校で出会った。
クラスでペアを組む話があって、余り物の俺と聖也。
言ってしまえば、余り物の陰キャラ同士だ。
でも、聖也はとてもいい奴だ。
いろんな事を知っているし、勉強も俺よりできた。
まあ見た目通りに、運動神経はほぼゼロだが。
聖也といるときだけが、学校でいられる一番のオアシスだ。
心を許せる友人……親友というのは、彼のようなことを言うのだろうか。
「次の授業は、体育だっけ?」
「うん、男女合同テニスだそうだ」
「えー、やだな」
俺の学校には、男女共通の体育の授業があった。
男は女に勝って当たり前、男女でペアを組んでテニスのダブルスをやることもあるのだ。
体育授業を仕切る教師の悪い趣味が、出ている結果だ。
「聖也、俺と組もうぜ!」
「うん、そうなるんだろうね。それより涼真」
「ん?」聖也が時間をかけて、コッペパンを半分食べていた。
口のコッペパンを飲み込んで、俺に聞いてきた。
「現国の授業の時に、望月さんを見ていなかった?」
「ああ、そうだな」
「クラスのアイドル……だよ」
「ああ、分かっている」
「ボクら、クラスで暗い連中が望月さんを見るのもおこがましい」
「そうだっけ?」
「アイツが騒ぐぞ」
メガネの鼻当てを、人差し指で上げていた聖也。
「アイツ?」
「望月さんの親友、葵だよ」
「葵?誰だ?」
「忘れたのか?葵、ボクの同級生で望月に取り入ったクソ女」
聖也の言葉に、俺は記憶の奥にある情報を呼び起こした。
そういえば、よく聖也の会話に葵が出てくるな。
「葵って、ああアイツか?」
「うん、同じ組の葵……出羽と書いて出羽という。あの葵」
「ああ、目がキツイギャル女か」
「そうそう、アイツ。口うるさいし、我が儘だし」
「あっ、あそこに葵」
「え?」俺が指さす方向を振り返る聖也。
しかし、そこには葵はいない。
「だ、騙したな!」両手を広げて怒る聖也。
「ごめん、ごめん」いたずらっぽく笑う俺。
そうだった。高校時代の聖也を、こんな風によくからかっていたっけな。
「で、その葵がなんで怒るんだ?望月は、葵の親友ってだけだろう?」
「望月さんは、公認カップルだよ。忘れたのか?」
「公認カップル?」
再び俺は、記憶を呼び起こす。
高校時代の事も、自分の事以外のクラス内ルールも忘れていた。
どうでもいいことだし、社会に出ても役に立つ情報は無いからな。
でも、言われたことで思い出したことがあった。
「そうだ、望月は生徒会長と付き合っていたんだよな」
「うん、そうだよ。だから葵も、ギャーギャー騒ぐし」
「そこに、葵いるよ」俺が、入り口を指さす。
「ひっ?」謎の声を漏らすと、聖也は身をかがめた。
怯えているようにも見えるが、そこには葵はいなかった。
再び辛かった俺に、聖也がすねた顔を見せた。
「もう、酷いよ!」
「ああ、ごめんごめん」いたずらっぽく笑って見せた。
それにしても、聖也は葵が怖いのだろうか。反応が小動物だ、少しかわいいけど。
そんな中、俺がさっきまで指さした屋上入り口の鉄の扉が開く。
そこには、二人の男女が姿を見せた。
一人は、栗色の長い髪の女子。
もう一人は、肩まである茶色髪の男子。
その二人を見て、俺は驚いた。
入ってきた女子こそ、噂の望月だ。
それと同時に、甘い匂いが屋上に広がった。
二人が入った瞬間に、ピリッとした空気に一変したような気がした。
「あ、あれは……」
「今すぐ出よう、ボクらは邪魔みたいだ」
光のオーラを放っている、二人組。望月と連れの男子。
男の方は生徒会長『蛭地』だと俺は、すぐに分かった。
陽キャラ二人の登場と共に、陰キャラの俺たちは退散を余儀なくされていた。
これが学校カーストであり、自然の流れだ。
だけど、俺とドアを出ようとしたときに望月の頭から光の球が発生した。
その光の球が、俺の目の前に現れてハエのようにうっとうしく飛んでいた。
「なんだ、この光の球は?」
「どうしたの?」
立ち去ろうとした聖也は、首をかしげていた。
聖也には、この光の球は見えていない。
いや、俺以外の誰にもこの光の球は見えていない。
「学原 涼真。あなたは、あたしに会いに来なさい!」
「会うって、お前は?」
「裏山で待っている」
その一言を一方的に告げて、光の球は飛んでいった。
そのまま外を出て、学校の裏にある山の方に飛んでいくのが見えた。
だが、次の瞬間俺はあるモノに気づいた。
「あれ、なんだ?」屋上から出るところで、空が見えた。
空を覆うように、真っ黒い渦が見えた。
「どうしたの、涼真?」
「空に、渦が見える……」
「渦?何ソレ」
俺に合わせて、聖也が上を見ていた。
だけど、彼には何のことかさっぱり分からない。ただ、戸惑った顔を見せていた。
「見えない、黒い渦?」
「うん、何を言っているんだ?」
俺の言葉に、聖也は困惑していた。
それでも陽キャラオーラの二人の登場と共に、屋上にいられなくなって下の階に降りていった。
だが、そこには悔しさも寂しさもない。
ただそういう現実だけが、俺たちにはあったのだから。