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JK望月 香美の渦  作者: 葉月 優奈
プロローグ
2/55

002

ここは鳴本市の郊外だ。

山の公園から、歩いて二時間ほどの距離にある一軒家。

狭いながらも庭付きで、二階建ての家に俺は戻っていた。表札は『学原(がくはら)』と書いてあった。


この家に戻った俺は、一人ではない……二人だ。

リビングに向かった俺は四人用テーブルで、テーブルの上に赤ん坊を座らせた。

拾った赤ん坊は、本当に行儀がいい。喚いたり、泣いたりもしない。

おとなしく黙って、俺に抱きかかえられてやってきた。


「少し待っていろ」

俺の言葉が理解できるのか、赤ん坊はテーブルの上でおとなしく俺の動きを見ていた。


二階建ての一軒家、車庫もあるが車はない。

四人ぐらいの家族が、暮らせそうな大きな家に住んでいるのは俺一人だ。


だけど、俺の両親はもういない。

年齢三十四の俺……学原(がくはら) 涼真は七十代の両親が去年まで生きていた。


しかし両親は、去年世界的に流行した感染症にかかってしまう。

俺は看病のために、大阪から鳴本に戻ることを余儀なくされた。

俺の看病の甲斐も無く父と母は、肺炎をこじらして亡くなったのだ。

感染症の影響で大阪に戻れなくなった俺は、鳴本で新たな職に就くことになった。


そんな俺はリビングから、牛乳を見つけた。

牛乳を加熱させて、お湯を入れて、砂糖を入れていた。

スマホで、ミルクの代用品の作り方を調べていた。


俺の家には、赤ん坊はいない。当然、粉ミルクなんてない。

やはり当たり前だが俺は、男なので母乳も出ない。

徳島の田舎でもある鳴本は、深夜なので店はほとんどやっていない。

そもそも店に行こうにも赤ん坊を連れていたおっさんが、店に入っては事件性を疑われるだろう。

そうすれば、好きじゃない今の仕事もクビを切られてしまう。


ともかく俺は、台所で牛乳をお湯で薄めた飲み物を紙コップで作った。

(あとは、飲ませ方か……)


ミルクを飲ませるのは、哺乳瓶がいいらしい。

勿論、ここには哺乳瓶もおっぱいもない。

スマホで操作をし、スプーンで飲ませることを知った。


「ほら、ご飯だよ」

コップに入れたぬるま湯ミルクを、俺はスプーンですくう。

赤ん坊は興味深そうに、俺の顔を見ていた。


「飲まないのか?口開けろ」

だけど、俺の言葉に無反応の赤ん坊。

泣くわけでも、怖がるわけでもない。

じっと俺の方を見て、観察しているようだ。


「ダメか……」落胆した顔で、ため息をつく俺。

そんな俺は、気になって生徒手帳を赤ん坊に見せていた。


「お前、コイツを知らないか?」

赤ん坊探しの手がかりの一つ、拾った古い生徒手帳。

知らない名前だけど、赤ん坊がなぜこれを持っていたのかが気になっていた。

俺が赤ん坊にそんなことを言っても、通じるはずもない。


「知るわけ無いか、もういいや。それじゃあ、寝るか」俺は独り言のように呟く。

明日の朝になれば、いろんな店も開くだろう。


まずは、病院に届け出するしかないよな。

とにかく、会社には電話って……明日は日曜で休みだったか。

いろんな事を考えながら、俺はリビングの奥にある寝室に赤ん坊を抱えて歩いて行く。


広い家の中、俺以外の人間が寝っていた。

半年ぶりのことだろうか、まあこの赤ん坊は一時的な預かりだ。

明日には、本当の親のところにいるのかもしれない。


「汚い部屋で、ごめんな」

酔っ払いの俺が、赤ん坊に謝った。

言葉が通じたのか、いやちがう。酒臭さで顔を背けた赤ん坊。


寝室には、ベッドがあった。

小さな簡易ベッドで、俺はそのまま倒れるようにもたれかかった。

そのまま、酒と深夜ということもあり俺はグーグーと眠っていた。

スーツを脱がないで寝る俺を、赤ん坊はベッドのシーツの上に座ったままじっと見ていた。



――俺は闇の中にいた。

ここは夢の中の世界だろうか。

裸になった俺は、周囲を見回していた。


「変な夢だな」

現実感が一切無い、ただ真っ暗な世界。

その闇の中に、浮かび上がったのは赤ん坊だ。


「あの、赤ん坊……夢に出てくるのか」

だけど、今までの夢で赤ん坊が出てきたことはない。

茶色の長い髪が伸びた赤ん坊は、口を開いた。


「世界には、流れがある。

時間の流れ、時の流れは全てのモノに訪れる。

時間の流れには、いかなるモノも逆らえない。

だけど、その流れに渦を作れるモノがいるとしたら」

「時間、流れ、渦?何を言っている」

「渦は、他者を巻き込むことができる。

時の流れを逆らい、過去へと(いざな)う渦。

その渦に、お前を……巻き込もう。『学原 涼真』よ」

赤ちゃんの声は、若い女の声だ。

聞いたことはない声だけど、女の声はどこか切なかった。


「なんなんだ、お前は?」

「渦よ、彼を巻き込め」

赤ん坊が言うと、俺の足下に黒い渦……というかブラックホールが見えた。

ブラックホールから、強い吸い込みの風が吹き込んできて俺の体が引っ張られていた。

抵抗しようにも、抵抗できない。


「な、なんだよ?」

「渦の命令には絶対に逆らえない。そして助けて欲しい。あたしを……」

「あたし?お前は誰だ……」

だけど、俺の声は届かなかった。

ブラックホールに俺の体は、あっという間に吸い込まれていったのだった。



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