014
細い獣道を進む。
足場の悪い道を、俺は葵と二人で歩いていた。
日が落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。
坂にもなった道を進むと、見えてきたのは霊園だ。
「霊園だな」
「まさか……こっちには、来ていないよね?」不安そうな葵が、聞いてきた。
「さあな」
「さあなって、責任持ちなさいよ!」
なぜか、俺に一方的に怒ってくる葵。
俺は、怒る葵を無視して霊園を歩いていた。
薄暗い霊園には、人はいない。
綺麗な大理石の床に、墓が規則正しく並んで立っていた。
静かで、少し肌寒い秋の霊園。何かが出てきそうな、雰囲気でもあった。
「あのさ、学原……」
「なんだ?」
「あんたは、こんなキャラだっけ?」
「ああ、俺はこれでもやるときはやる男だ」
自信は無いが、今回は現状が現状だ。
今までと同じだと、何も変わらないと経験で分かっていた。
経験で分かっているからこそ、間違った判断はしたくない。
だから、こんなにも積極的になれたのだろう。
「そう……なんだ」どこか弱気な葵。
学校にいるときよりも、とてもしおらしいギャル系の葵。
それでも、俺は周囲を見回していた。
「葵は、携帯電話を持っているか?」
「うん」
「バッテリーは?」
「待って、今見る……78%」
携帯電話を見ている葵に、俺は声をかけた。
「この頃の携帯のライト機能は、あるんだっけ?」
「何を言っているの?」
「ああ、その画面を明かり代わりにして歩けよ。暗いと、猫も探しにくいから」
「あっ、そっか。頭いい、学原」
葵はスマホ画面をロックして、足元を照らしていた。
そんなときだった、墓のある奥の方から音が聞こえた。
「なんか、音がしない?」不安そうな葵の声。
「ああ、聞こえたな。風の音か?」
「ち、違うわよ、馬鹿っ!」
葵が、そのまま背中から俺にしがみつけた。
しがみついていて、前が暗くて見えなくなっていた。
「怖いのか?」
「怖いわけ、ないでしょ!」
それでも葵は明らかに震えていて、怖がっていた。
もしかして、葵は暗いところが苦手じゃ無いのだろうか。
「暗いところ、怖いのか?」
「怖くないわよ、あたしは!」
「叫ぶな、落ち着け!」
「落ち着いて……いやっ!」
葵は再び、俺にしがみついていた。
震えているギャルの葵、怯えている姿がどことなく聖也に似ていた。
葵は思わず、手に持っていた携帯を落としてしまう。
「葵、しっかりしろ!」
振り返った俺は、葵の事を落ち着かせた。
騒いでは、奥にいる何かに気づかれる恐れがあるのだ。
次の瞬間、ガタンと音が聞こえた。
「いやあっ!」
「落ち着け、葵!俺がいるだろ!」
いつの間にか、両肩に手を当てて呼吸を乱す葵を宥めた。
「だって……こわい……暗いし」
「アレは多分、何かが落ちた音だろう。
暗くて静かだから音がよく聞こえるだけだ、心配するな」
「……うん。学原」
「なんだ?」
「あたしを一人にして、絶対に逃げないでね」
「当たり前だ、そんなことをするつもりはない」
葵に声をかけながら、俺は屈んで彼女の落とした携帯電話を拾って手渡していた。
小さく震える葵は、こうやってみるとかわいい。
クラスでは強気で、男を何人もフッている遊び人の女とはとても思えない。
「本当にいい奴だね、学原」
「まあ、な」いい奴と女子から言われて、俺は少し照れていた。
「聖也の言うとおりだ」
「なんか言ったか?」
「ううん、別に。あっ……」
後ろを振り返った葵は、奥の方に何かの塊を見つけた。
携帯電話を持った葵は、塊の方に画面を向けていた。
しかし、ライト機能の無い昔の携帯だ。
はっきりとこちらから、見ることはできない。
「あそこに……何かあるよ」
「じゃあ、行ってみよう」
「うん」
俺を先頭にし、葵が俺のブレザーの裾を引っ張ったまま塊の方に近づいた。
その塊が、ぼんやりと光る画面が迫ることでやがてはっきりしてきた。
「猫……だ」
それは、霊園の地面にうつ伏せに倒れている猫だった。