013
葵が寺にやってきたけど、すぐに会話は無かった。
彼女はそのまま、黙って猫を探し始めていた。
林の中にある寺は、とにかく無駄に敷地が広かった。
隅から隅まで探すと、結構な時間がかかってしまう。さらに奥には、寺が管理する広い霊園があった。
ここに来る葵は、どこか悲壮感に満ちていた。
学校で見かける明るく、チャライ様子は無い。
真剣で、くたびれていた葵の顔が見えた。
必死な顔の葵が、しばらく探しをして口を開く。
「なんで、いるの?」
しゃがんで探す俺に対し、俺の方を振り向いた葵が聞いてきた。
「猫を探している、お前の猫を」
「なんで、アオイの猫を探すわけ?」
「お前とは、ちゃんと話がしたいからだ」
「どうして?」眉間にしわを寄せて、強い口調で聞き返す葵。
「俺は陰キャラだ、お前は陽キャラ。
学校で、そういう立場で周りからもそう見られている」
「あんたは聖也とつるんでいるから、とにかく暗いのよ!」
「そんな俺でも、話をしたい奴ができた。望月……」
「カガミンと?」
「カガミン?」聞き馴染みの無い単語が、葵から聞こえた。
話したと同時に、葵が笑っているようにも見えた。
少し考えた俺は、『カガミン』は望月に対するあだ名だと推測した。
「あははっ、何を言っているの?
『望月と話をしたい』だって、おかしいわよ」
「なに、笑っているんだ?おかしくないだろう」
「おかしいに決まっているわ、あんた。
学原ってかなり面白いヤツなのね、マジでウけるんだけど」
葵が笑っている、金髪ポニーのギャル女が腹を抱えていた。
「ウけるとこ悪いが……」
「それであたしの猫を探したら、あたしからカガミンと付き合いとかそういうことでしょ?」
「付き合うまでは無いよ」
「好きなんでしょ、カガミンのこと。アオイはなんでも、分かるんだから。
でも、いくらなんでもカガミンのことぐらい、あんただって知っているんでしょ」
「ああ、生徒会長との公認カップル。リア充爆誕だろ」
「リア充って、あんたがいうとただの僻みにしか聞こえないわよ」
葵の雰囲気が穏やかだ。というか、半分馬鹿にしているようにも見えた。
「そんなことより、猫を探すぞ。
お前の猫から、いつからいなくなったんだ?」
「一昨日からよ。
いつもご飯の時間には戻ってくるけど、一昨日の夜は帰ってこなかった」
「葵の家は、この辺りか?」
「そう……山の近く。あんたの悪友、聖也の隣の家よ」
葵の言葉に、本当に聖也と幼なじみであることを知らされた。
二人の関係性を考えつつも、距離はかなり近い事が分かった。
「いつもここで探すのか?」
「ここに、猫が捨てられていたから。
まあ、フラっとそのうち戻ってくることもあるけど。
見つかるときは、大体この寺……よね」
聖也も、ここを案内したよな。言っていることが、二人とも全く同じだ。
聖也と葵は、本当のところ気が合うんじゃ無いのだろうかと思えてならない。
木の裏を探す俺は、奥の方に続く道をみつけた。
細くて、暗い道が寺の奥へと続いていた。
「あれは?」
「霊園への道よ。
寺の大通りから、道路があるけど……こっちからもいけるの。
まあ、距離的にはあまり変わらないし、道も険しいけど」
「行ってみるか」
「え?そっちいっても……暗いし」
「分からないだろ、探すぞ!」
俺は先頭で、細い道を目指して歩いて行く。
そんな俺の背中に、葵が近づいてきた。
そのまま、俺の背中のブレザーを強く掴んできた。
「学原……」
「ん?」
「ありがと」葵が俺に背を向けて感謝の声を、漏らしていた。
感謝を告げた葵は、照れくさそうに言っているのが背中越しから聞こえた。