010
学校の楽しい休み時間は、緊張の時間に変わっていく。
葵が動くだけで、周りの視線を集めていた。特に女子が注目していた。
『出羽 葵』とは、クラスの中で一際目立つ存在だ。
葵は単身で向かってきて、俺より聖也のことを睨んでいた。
(そういえば、高二の10月だっけ……葵がピリピリしてなぜか絡んできた日があったな)
過去の記憶が、この瞬間電撃的に蘇った。
葵が不機嫌だ、その理由は分からない。
分からないけど、よく聖也に突っかかっていた。
「ちょっと、こっちを見るんじゃ無いわよ!」
「……ごめん」素直に謝る聖也。
だけど、俺はそこにあえて割って入った。
「葵……なんでそんなに絡んでくる?聖也が何をした」
言った、言ってしまった。
陰キャラの俺が、陽キャラの葵に楯突いた。
「はあ?学原……あんたには関係ない……」
「関係あるよ、俺の友達だし!」
腕を組んで睨む葵に、俺も引かない。
これはチャンスだ、葵と話すまたとない好機だ。
俺と葵が揉めているのを、クラスの生徒がザワつきながら見ていた。
「はあ?聖也とつるんでいるから、あんたもオカシイヤツなのね」
「おかしくてもいい、だけど聖也に言ったことを謝れ!」
「ふざけんじゃ……」
「ガトがいなくなったんだろ!」
ボソっ、と呟いた聖也。
思わぬ聖也の指摘に、葵が歯を食いしばった顔に変わった。
「ガト?」聖也から、聞き慣れない単語が出てきた。
だけど、その単語を聞いた瞬間に葵の機嫌がさらに悪くなった。
「うるさい、ここで話を出すんじゃ無いわよ!」
「荒れすぎだよ、葵」声は小さいけど、葵には聞こえていた。
「アオイにとって一番大事なモノだから、あんたのセイで」
『セイ』という言葉に、俺は引っかかった。
そのまま嵐のように文句を言っていた葵が、去って行った。
俺たちと葵とのやりとりを、香美が奥で見ていた。
目つきは、笑顔と言うより侮蔑の目だろうか。
香美は葵と親友だから、俺たちを軽蔑しているのかもしれない。
これはマズい、香美がドンドン遠くなってしまう。
「聖也……葵と話せるんだな」
「話したくは無いけど……」
「そうか……でも『ガト』って何だ?」
「葵が大事に飼っていた猫だよ」
聖也は、そういいながら携帯電話を取りだしていた。
そのまま、携帯電話を操作して聖也が見せてきたのは一匹の子猫の写真。
写真に写ったのは、黒い毛並みで額にキズのある子猫の写真だった。
「これは、葵が飼っている猫か?」
「五年前の写真だから、今はもっと大きい筈だけど。額のキズが特徴だね。
猫って名付けて葵が大事にしていた」
「そんな、プライベートなことをなんで聖也が知っているんだ?」
「葵が、当てつけでよく見せてきたら」
「当てつけ?」と、意味の分からない言葉が出てきた。
一体、聖也と葵の関係はどうなんっているんだ。
聖也は葵を怯えているかと思えば、葵のことをいろいろ詳しく知っていた。
でも逆に言えば、これは葵と話すきっかけになるかもしれない。
今のところ、印象は最悪だ。だけど、葵に近づかないと絶対に香美に近づけない。
現在の葵は、猫がいなくて荒れている状態だ。
「よし、俺は猫を探すぞ。聖也、協力してくれるか?」
「え?」俺の言葉に、聖也は驚いた顔を見せていた。