001
真夜中の住宅街を、俺は歩いていた。
足がおぼつかない、ヨレヨリのスーツを着た俺は千鳥足で住宅街を歩く。
顔は赤く、完全に酔っ払っていた。
短い髪が乱れ、頬は少し焦げたおっさん。
仕事はできそうも無い冴えない顔に、口元に髭も生えていた。
そのくせに顔だけが、赤いおっさんが会社帰りにフラフラ歩く。
「畜生、どうして俺はダメなんだ!」
自分を陥れるような声を、叫んでいた。
今日、会社でまた怒られた。
新しい会社に入ったけど、今の俺は上手くいっていない。
怒られたのは、五才年下の二十代上司。
三軒居酒屋ではしごして、泥酔した今の俺に至っていた。
「俺だって、こんなことをしたくねぇんだ!」
電柱に右手をついて、酔っ払いの愚痴だ。
ブツブツ呟いているが、みっともなく見えていた。
「大体、鳴本に戻ってから俺はブッ壊れたんだよ……」
ブツブツと聞こえる声、酔っ払いの戯言が夜中の住宅街に聞こえていた。
この辺りの住民は、さぞや迷惑していることだろう。
酔っ払ってそんなことに考えが及ばない迷惑な俺は、周囲を見回した。
「どこだ、ここは?ああ?」
俺が歩いている住宅街は、自宅方面ではない。
酔っ払っているので、意識もおぼろげで頭もガンガンしていた。
それでも気持ちいいのか、気分は悪くはない。
だけど、俺の言葉に返事は帰ってこない。夜の闇に、言葉が吸い込まれるように消えていった。
夜中の酔っ払いが放つ、近所迷惑な独り言だ。
そんな俺は、山道のような険しい坂を登っていた。
住宅街の先にある山道をフラフラとした足で、登っていく。
「こっちか、俺の家は?」
酔っ払いの俺は、フラフラしていた。
明らかに家のなさそうな坂道を登ると、そこは静かな公園だった。
山の上に作られた、自然の公園。
平らな台地に、ベンチとゴミ箱ぐらいしか置かれていない。
「ここって、確か……」
独り言を言いながら、酔っ払いの頭を巡らせていた。
だけど、記憶を辿れるほど冷静ではない。
酔っ払いの頭では、思い出すことができなかった。
「まあ、いい……」
帰ろうとしたとき、ベンチの上に何かがいるのが見えた。
俺のいる坂道から、奥にベンチが見えた。
見えたのは、小さな何か。
夜中にベンチにいる小さな何かを見つけて、俺は近づく。
近づくにつれて、俺は驚きがあった。
「なんでこんなところに、赤ちゃん?」
ベンチの上には、赤ん坊がちょこんと座っていた。
そして、不思議そうな顔で俺を見上げていた。
酔っ払っている俺は、さすがに異質の光景で酔いが少し覚めていた。
(なんだ、これ?事件の匂いしかしない)
馬鹿みたいに声に出すのを俺はやめて、同時に恐怖が支配した。
夜中に赤ん坊、人気の無い公園のベンチ。
茶色の髪色は、赤ん坊にしてはしっかり生えていた。
大きな顔で、大きな瞳はかわいらしい赤ん坊。
しかし、それでも赤ん坊は泣いていない。
驚くほど、落ち着いた様子で俺を見上げていた。
ベンチに座る姿も、どこか優雅で慣れているように見えた。
数秒間、いろんな事を考えて一つの結論を出した。
(だけど、そうだよな……)
人気の無い裏山のベンチで赤ん坊を、このままにしておく訳にはいかない。
赤い顔の俺は、そのまま赤ん坊を両手で抱きかかえた。
(とりあえず、助けるか)
赤ん坊の大きな瞳が、俺を見ていた。
右手で赤ん坊を抱きかかえると、一冊の手帳が赤ん坊の懐から落ちた。
俺は、無言で手帳を拾った。
見つけたのは、生徒手帳だ。
しかも俺は、見覚えのある表紙の手帳だ。
生徒手帳のカバーは、古くささを感じさせた。
(これって、俺が言っていた鳴本高校の生徒手帳じゃねえか!)
なんで赤ん坊が、生徒手帳を持っているのか疑問が残った。
でも俺が十七年ほど前に卒業した高校の生徒手帳は、赤ん坊の謎につながるかもしれない。
そう思って、俺は一言「拝借します」と声をかけて手帳の名前を見ていた。
(『望月 香美』?誰だ)
生徒手帳の持ち主の名前を見て、俺は首をかしげていた。
だけど、生徒手帳に書かれた年度を見て俺は驚いていた。
(2003年度、鳴本高校入学……)
それは、今より十八年前の生徒手帳だったことに俺は驚いていた。