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黄緑色の研究

 大藪探偵事務所にやってきた妙齢の人妻の依頼は、密室みたいな自宅からの人間消失事件のような感じのふんわりとした失踪人捜索の依頼だった。

 そこで大藪は、自社の調査員を使わずに外注を出したのである。

「この女は何か隠している。」

「あのぅ・・・なんか理由があるンすか?」

電話の向こうから、退屈そうな声が聞こえた。どうせ返事は聞きなれている。

「理由なんてない! 俺の野生の勘だ。」

大藪はマルボロを(くわ)えるとにジッポーで火を点けた。

「とにかくだ。明日、彼女の家に行って、詳しく話を聞いてこい。いいな。」

「・・・分かってますけどォ。もうちょっと詳しく教えてくださいよォ。」


 大藪夏彦。 高名なハードボイルド作家とミステリー作家の名前をミックスしたふざけた名前の男は、都内でも有名な葬儀社の常務取締役の肩書を持つ。要するに三代目なのだが、道楽で探偵を始めた。それが思いのほか好調で、今は業界でもそれなりのポジションにあるのだそうだ。いつもボルサリーノをかぶり、ピシッと決めたバーバリーのスーツ姿の大藪は、さながらハードボイルド小説の主人公のようである。もっとも、中身がハードボイルドかどうかは本人以外の知るところではない。


 マルボロの煙を深く吸い込み、吐き出した大藪は、うずたかく積もった灰皿に点けたばかりの煙草を突っ込み、火を消した。

「いいか、よく聞け。」大藪は黒の受話器を左手に持ち替えた。


 話は三〇分くらい前に戻る。


 その女性は大藪の前で、少し迷っているようだった。言うべきか、言わざるべきか・・・厄介な仕事の依頼人はいつも迷っている。大藪にとっては日常茶飯事だから、決して急がない。依頼人が口火を切るまで待つ。

 女性の名は高槻詩織(たかつきしおり)と言った。見たところ30代半ばと言ったところか、肌の白い日本的な美人である。すこし陰りを帯びた瞳が印象的で、口元に小さな黒子があった。

「あのう・・・実は私にはよくわからないのです。」

「何が・・です?」

「主人の事がです。」

 浮気の調査かな? と大藪は思ったが、依頼人の女性には嫉妬の欠片も見えはしなかった。

「すいません。唐突ですよね。こんなこと、突然言われても。」

「いいえ。そんなことはありませんよ。お気持ちはよく分かります。うちに来る方々は、みんなそれぞれに事情をお持ちです。人にはあまり話したくないと思ってらっしゃる方も大勢おられます。」

「あの、主人をご存知でしょうか?」

「ええ、建築家としては御高名な方ですから。」

 詩織の夫は、高槻巌(たかつきいわお)という建築家である。有名人という程ではないが、組木細工のようなトリッキーな建築のデザインが話題になり、若いながらいくつかの賞を取った・・・というくらいは大藪も知っていた。

「実は・・主人が一か月ほど前から失踪したんです。」

女性は意を決したようだ。

「一か月ほど前? なにかトラブルでも?」

「いいえ。仕事はそれなりに順調でしたし、失踪する理由が思い当たらないのです。」

「警察には?」

「1週間前、失踪届を出しました。」

「ずいぶんのんびりとしていましたね? ご主人はたびたび無断でお出かけになることがおありで?」

「・・・ええ。ですが・・・大抵は1週間くらいで帰ってまいります。長くても2週間以上連絡が無いという事はありませんでした。」

「失礼なことをお聞きしますが、奥様の他に女性でも?」

「・・・さあ。居たのかもしれませんが、私にはさっぱり。」

 本当に心当たりが無いわけではなさそうだった。しかし、彼女が悩んでいるのは、夫が失踪したからではなかった。失踪した状態が不可解だったからだ。

「では、1か月前のお話しを・・失踪された当時の状況を教えてください。」

「それが・・・警察の方にも聞かれましたが、実はよくわからないのです。」

「それは、どういう風に?」

「主人が居なくなったのは1か月前の事ですが・・・・」


 1か月ほど前の日曜日。詩織は同窓会の帰りで少し遅くなった。家に着いたのは11時を少し回っていたという。彼女は玄関に巌の靴が脱ぎっぱなしになっているのを覚えている。彼女は靴を下駄箱に入れ、それからリビングに行った。リビングの電気は点けっぱなしで、そこに巌がいると思ったのである。

「ごめんなさい。遅くなっちゃって・・・。」

詩織は入りしなにそういったが、そこには誰もいなかった。テレビが点けっぱなしになっていたが、巌が一人でいる時は、大抵そんなもので、一人で眠っていることも珍しくないという。

 詩織はテレビを消し、シャワーを浴びた。そして再びリビングに戻り、今度は電気を消して寝室で眠ったのだという。


「ご主人は寝室に?」

大藪は詩織の話を遮った。

「いいえ。私一人です。」

「そのことをおかしいとはお思いになりませんでしたか?」

「いいえ。主人は徹夜で仕事をすることもございまして、書斎を仕事場にしておりましたが、書斎やリビングで眠ることも多かったものですから・・・。」

大藪は詩織の言葉に引っかかるものを感じた。

「立ち入ったことをお伺いしますが、夫婦生活の方は?」

詩織の眉間に少しだけ皺がよった。

「ありません。新婚当初から、ほとんど性交渉はありませんでした。・・・ですが・・」

「ですが?」

「私も実は・・・あまりそちらの方は・・・ですから、私としては楽ではあったんです。」

 彼女に嫉妬心の影が感じられなかったのは、そういうことかと大藪は思った。

「ですが、仲が悪いとか、そういう事でもなかったんです。私は妻として夫を支えていたつもりですし、夫はその私に答えてくれていました。」

「分かりました。ではその後の続きを。」


 翌朝、彼女は10時半くらいに起きたのだという。専業主婦だし、巌は朝食を食べるという習慣もないことから、昼食に間に合えば良いのだそうだ。詩織はいつものように掃除と洗濯をし、昼食を作った。

 そして書斎に巌を呼びに行って、初めて異変に気が付いたのだという。

 高槻巌の家は巌自身が設計して建てた家で、それなりの広さがあったが、王宮という訳ではない。書斎に居なくとも、声をかければ聞こえないはずはなかった。詩織は巌の名を呼びながら、家の中を探したが見つからない。しかも家の中のカギはみな閉められている。後日、家の防犯カメラを見ても、その日、巌が帰宅したところは確認できたが、出ていくのは確認できなかった。

 

「待ってください。それじゃ、なんですか? ご主人は密室から忽然と姿を消した。と、おっしゃるんですか?」

 大藪の声はどことなく上ずっていた。心の高揚が隠し切れない。探偵業を始めてから、こんなミステリー小説のような依頼は初めての事だったからだ。

「密室と言うのでしょうか? 私にはよくわかりませんが、警察の方はそのように言っておられました。でも、完全に密室だったという訳でもない、とも。実はリビングのサッシの鍵がかかっておりませんでしたの。庭に抜ければ防犯カメラに映らずに道路に出ることも出来ますし。」

大藪はひどく落胆した様子で、ソファーに深く腰を沈めた。

「それで、その後連絡もない。」

「ええ。その・・・人に聞いた話ですが、警察という所は、失踪届を出しても探してくれる訳ではないと聞きまして。」

「日本の警察は忙しいんですよ。ですから僕らのような商売が成り立つわけです。」

 大藪は3日前に咎められた駐車違反の事を未だに根に持っているらしい。

「今は夫は急病という事で体裁を取り繕っておりますが、いずれ・・・。」

「でしょうな。明日、そちらに調査員を伺わせましょう。どうぞ、ご安心ください。」


「・・・というのが顛末だ。分かったらさっさと行け。」

「明日でしょ。メールで資料を送っといてください。」

「いやにあっさり引き受けたな。珍しい事もあるもんだ。明日は東京に雪が降るか。」

「僕が社長の依頼を断った事、無いっしょ。それに、自分とこの調査員を使わない理由もあるんですよね。」

「当然だ!! 俺の野生の勘だ!」

 電話の向こうで、予想通りの答えが返ってきた。





トリックとかを考えるのは苦手なので、ふんわりとしたミステリーになるような気がします。

まだこの先の話の展開しか考えていないので、どうなるか分かりません。ヤバくなったら消去・・・できないんだよね。打ち切りになるかも。

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