『有希の話』
さおきが有希の後ろを歩きながら、どんどん森の中に入っていく。やがて、寝室の木が見えなくなったころ、有希が立ち止まって振り向いた。
「ねぇ、先輩」
風が吹く。そのせいで落ちてる葉が舞い、有希の声が聞こえなくなる。口だけが動いて、有希の声がまったく聞こえなかった。
「ごめん、なんて言ったんだ?」
「アニメとかのヒロインって、肝心なときにこんな思いするんですね…」
さおきに聞こえないように呟くと、今度はさおきに聞こえるくらいの大きな声で
「明日の朝、先輩の部屋に行くので久しぶりに三つ編み作ってください」
一瞬、何のことかわからなくなったさおきだが、髪の毛をいじる有希を見てすぐに理解した。
「いいけど、どうしたんだ?急に」
「いいじゃないですか。私だっておしゃれしたいんです!」
さらに強気で言い切ると、有希は寝室のある木の方へ戻り始めた。
「これだけなのか?」
「はい。これだけです」
「別に部屋で言えばよかったくね?」
「それだとリエさんやウィクが作ってーって言い出しかねないじゃないですか」
「お、おう…」
さおきも、その場をあとにした。
(まだ、言うのは早いのかもね。聞こえてなくてよかったのかもしれない)
内心、少しやり残したことはあったものの、有希はそれをするのを諦めたのだった。
部屋に戻ると、そこにはたくさんの資料らしき紙が山積みにされていた。
「なあ、これって…」
紙を一枚手に取るとやたらと難しいそうなことと、魔法陣が書かれていた。
奥では、ウィクが買ってきた食材を使って料理をしていた。
「リエちゃんだよ。魔法制作の続きする準備だって」
「今からするのか?」
いくら悪魔だからとはいえ、適度な睡眠は必要だ。これから一晩中魔法制作の続きをするとなると体に支障が出かねない。
「やっぱり止めた方がいいよね……よし!さおきくん、後で一緒に止めよう!」
快く頷くさおき。その後資料の内容が気になったため、数十枚の資料を、ウィクが料理し終わるまで読み漁った。
「これって、全部あの反射させる鏡の魔法のものなのか?」
未だテーブルの上に置かれていて、このままだとテーブルを壊してしまうそうなほどの量の資料を指差すさおき。すると、アミリエが
「そう。これが私とお姉ちゃんが作ってる魔法の陣転の設計図とか」
そう言って、魔法で山積みの資料を一気にテーブルから降ろした。
「いつから作るんだ?」
「ここ数日のあたりで始めたいかな。お姉ちゃんから聞いたとは思うけど、なんとかお姉ちゃんの体を用意してほしい」
どうしても頭を抱えてしまう。さおきは自分の性別を変える魔法は使えるが、もう一人の自分を作ることはできない。
『魔法創作でなんとかならないのか?分身を作るスキルとか』
『作れますけど。まあ、たった今その準備ができたところです。ほんと、この能力使う度にだんだん使いづらくなってるんですよね…』
『それはおいといて、作れるんだろ?だったら作ろうぜ』
『まあ、いいんですけど…』
『なにか問題でもあるのか?』
「はーい、ご飯できたよ〜」
何を作ったのだろうと、覗きに行くと普通に野菜炒めが皿に盛られていた。
「今日はこれで我慢してね〜、すぐに作れるものがこのくらいだったから」
「リアがすぐに戻って来なかったのか?」
「リエちゃんが魔水晶っていうのを出してずっとさおきくんの戦いを見てたから。私たちもそれに釘付けだったの」
計画通りに行けば、5分で帰ってくる予定だったのだが、どれだけの時間遅れたのかわからないくらい遅れてしまった。そのせいで、夕飯を食べる時間も遅くなっている。
『ご飯タイムが終わったら作りますので覚悟しておいてください。今日のあなたは魔力の消費量がただでさえいつもの数十倍以上ですごく疲れています。だからおそらくぐっすりでしょうね…』
歩きながら、ネメシスを会話するさおき。疲れているのがわからなかったため、少し意識して歩くと、体が急に重たくなった。
『確かに疲れてるのかもな…』
その後、夕飯を食べ終えてすぐに部屋に戻ったさおきは、シャワーだけ浴びてすぐに深い眠りについたのだった。
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翌日少し早く起きたさおきはすぐに部屋を片付けてきれいにした。その理由は、
「おじゃましま〜す。じゃ、先輩よろしくお願いしますね?」
有希が来るためであった。部屋に入ってすぐに、有希は鏡の前に置いてあるイスに座り込んだ。
「はいはい。で、今日はいかがしますか?」
「ふふっ。昔と変わってないですね」
「まあな」
「じゃああの2つに分かれてて、真ん中で一つになって、小さいやつ」
手振りを交えながら、必死に説明する有希。ずっとジト目を向けるさおき。そして、呆れた顔で
「ハーフアップな。りょーかい」
鏡の前までイスを運んできたさおき。近くにあった丸いイスに座っていたが、すぐにさおきが持ってきたイスに座り替える。
「ありがとうございます。よいしょっと」
「そんじゃ、始めるよ〜」
久しぶりに触る有希の髪の毛。相変わらずなめらかで、ツヤツヤしていた。そして、ストレートで長い髪。最近はあまり髪を束ねている姿を見たことはないが、部活中に、有希が髪を束ねていたのを想起する。
「先輩は、楽しいですか?この世界」
さっきまで笑っていた有希の目が急にその輝きを失う。それに気づいたさおきだったが、有希に悟らせないように、普通に答える。
「まあ、第二の人生なんて最初は冗談だと思ってたけどな。今では、有希も含めて頼もしい仲間もできて、一人で生きていくよりぜんぜんマシだ」
「そうですか…」
有希とさおきは同じ世界から来た人間だが、根本的に違うところがある。それはたくさんあるが、さおきが一番重く受け止めているのは自分の意志、という点である。
さおきは、自ら第二の人生を送ることを選んだ。だが、有希は違う。有希は強制的に召喚された人間だ。自らの意志でこの世界に来たわけでもない。しかも、現世に残してきたものも少なくないだろう。
「有希、帰りたいよな。元の世界に」
「!?」
図星を突かれたかのように、有希の体がピクんと動く。
「その方法もきっとあるはずだ。時間はかかるかもだけど、絶対に元の世界に帰れると思う」
「なんでわかるんですか…私の気持ち」
「そりゃあ、有希のことたくさん見てきたからな。有希自身が一番理解してるとは思うけど、これでも俺は昔有希のその日ごとの欲しいジュースを買ってあげてたじゃねぇか」
「……ほんと、先輩はずるいです」
「まあな。ほら、終わったぞ」
そう言って微笑して、有希をその場から立ち上がらせる。
「どうだ?なんか修正してほしいとこあったらするけど」
「おぉー、リボン付いてるじゃないですか!どうしたんですか?昔はこんなの絶対しないのに!」
確かに結び目は、始めから用意していた赤い紐を使って留めてある。ひどく気に入ったのか、その場でクルクル回っていた。
「俺も変わるんだよ。もう、俺が背負ってる重みはほぼなくなったようなもんなんだし」
「そうコロッと変われるものじゃないですよ。これだけは私が先輩より知ってる自信あります!」
最初はどうなるかとヒヤヒヤしたが、有希の機嫌も戻って、目の輝きも復活したのを見て、心の中で安堵するさおきがいた。
始めて?それとも久しぶり?の有希回でしたー
それと、このパートのタイトルをどうするか本当にわからなかったので、いずれタイトルを変えると思います。




