『急に終わった楽しい時間』
「ノルナ、しっかり!」
ノルナは幽霊で浮いていたはずなのに、床に倒れていた。それなのに、大口開けて笑っていた。
声は全くない。いや、出ていない。もう、声を出す気力すら残っていないのだ。
「リエさん、早くお願いします!もう体の半分が消えてます!」
下半身が完全に消えていた。今でも消え続けていて、早くしないと消滅してしまうかもしれない。
俺はずっと動いていたノルナの口に目線が行ってしまう。まるで、俺たちに何か伝えてくれているみたいだった。
“もういいですよ”
「……」
気のせいだろうか。”もういいよ”なんて。
俺はその場に立ち尽くして、引き続きノルナの口を見る。
“もういい、もう、いいんです”
「ーーっ」
深く深呼吸をする。なぜだろうか。そうにしか見えない。
さらに、俺は力強く目を擦る。そしてもう一度、
“もう、いいんです”
だめだ。ノルナが“もういい”と言っているようにしか見えない。
言葉の取り方はいくらでもあるのに、どうしてだろう。
「なあ。ノルナ、もういいって言ってるのか?リアと有希に治療をやめろって言ってるのか?」
途端に、リアと有希、ウィクまでもが俺にジト目を向ける。確かに、ありえないだろう。でも、どうしてもそう言っているようにしか見えない。
「先輩、こんなときになに言ってるんですか?!そんなこと言う暇があるならこっちを手伝ってください!」
俺は有希の言葉など、気にも止めずにノルナを見つめる。そうすると、ノルナが頷いた。
「うそ、でしょ…さおきくんも心や心情が読めるようになったの?」
ウィクが他のことを気にしているがそれもガン無視。俺は治療を始めようとしていたリアの手を取る。
「いいの?さおき」
「いいんだな?」
リアが俺に問いかけると俺はノルナを見て、再び頷いたことを確認する。
「ああ」
リアが俺の手をさらに強く握りしめるが、そんな感覚はどこにもない。俺とウィク、有希とリアがノルナを囲むようにその場に座る。
俺の目の前と頭には今消えかけているノルナのことしかない。
すると、ノルナの口が再び動き出した。
“さおきさん、本当にありがとうございます。今までずっと孤独だった自分を連れ出してくれてありがとうございます。今が生きてて一番楽しかったと思います。こんな状態ですが、改めてお礼を言いたい。ありがとうございます”
よくわからない。ウィクたちは首を傾げているのに、なぜ俺だけノルナの言っていることがわかるのだろうか。
「翻訳?じゃないけど、とりあえずノルナがなんて言ってるのか言った方がいい?」
「ってか、なんでさおきくんだけわかるのよ」
なかなか読み取れないウィクが再び俺にジト目を向けてきた。
「逆に言うけど、ウィクはなんで俺の心が読めるときがあるんだよ」
「それは乙女の勘ってやつなのよ!」
まな板のような胸を張りながら堂々と言うウィク。俺が「お前だって根拠ねぇじゃねぇか」と言うとウィクがすぐに張っていた胸を引っ込める。
「まず、……」
俺は最初に出てきた俺の名前だけを省いて、そのままノルナが言ったことをリピートする。
「でも、ノルナさんは私たちとあまり絵を描かなかったですよね?よかったんですか?」
「確かにね。私たち、今からノルナさんたちと一緒に描こうとしてたし」
ウィクだけ震えていたが、それもスルー。そろそろ自分のスルースキルを褒め称えたくなってきた。
「それはぁ、そうかもしれないわねぇ〜。でも、すごぉ〜く楽しそうだったわぁ〜。もちろん私もだけどぉ〜」
ナルナが、さっきと比べてよく言葉を伸ばすようになっている。それと、少しずつではあるが、ナルナの体も消え始めていた。
「あ、私もいいわぁ〜。なんかねぇ〜。2つの世界の狭間にいるような感じねぇ〜。」
「急にこんなことになるとはな…覚悟はしていたけれども」
今日絵を描いている本当の目的がノルナを解放すること、つまり成仏させることだ。だから、目的が達成されたはずなのに、誰も達成感が得られない。むしろ、悲しい感情の方が大きい。
「なんというか、俺はノルナやナルナのこと全く知らないのに、急に独りじゃさびしいからとかいう理由でここで絵を描くことになった。お人好しだったかもしれない。なんか、ごめん」
ノルナの周りに座っている4人のうち、さおきだけが目に涙を浮かべていた。
「そんなことないわぁ〜。さおきさんがいなかったら私とノルナは再開できなかっただろうし、むしろ私たちにこんな楽しい時間をくれて感謝してるわぁ〜」
同時に、上半身も頭以外消えたノルナが残った力を振り絞って頭を動かしている。
「それじゃあぁ〜、私たちはもうこの世界から消えるしぃ〜。そろそろここから離れた方がいいと思うわぁ〜」
「わかった…」
さおきがゆっくり立ち上がると、他の3人も立ち上がる。そして部屋から出て、すぐのところに立ち、
「元気でな」
「さおきさん、あなたのことは忘れないわぁ〜。私たちにこんなにも楽しい時間をくれてありがとう」
最後だけ、ナルナが重々しく言い切った。
ノルナの体が完全に消え、ナルナもあまり時間が経たずに消えてしまった。
「消えちゃいましたね…」
「そうだな…」
俺は振り返ると、そのまま落ちているスケッチブックとペンを手に取る。
「帰ろうか。ノルナとナルナ、幽霊だから別に埋葬とかもできないだろうし…」
こうして、俺たちはこの遺憾が残ってしまった屋敷を後にした。
屋敷には冷たい風が、やさしく吹いていた。




