『有希の逆襲』
今日は時間通りいけましたー!
有希にひっぱられて、俺は有希に再びペン画の描き方を教えてもらうことになった。
(先輩なのに…情けない…)
そんな感情がよぎっていたのだが、いざ始まると俺は有希の様子がおかしいことに気づいた。
「あ、あのさ…」
「なんですか?」
返答と同時に有希との距離が縮まる。特に顔が近くてあとちょっとでキスしてしまう勢いだ。
「なんで、こんなに近いの?」
「これの方が教えやすいですし、それに…」
「?」
「なんでもないです!で、ここが、」
引き続き、有希の説明が始まる。俺は辺りを見渡すと、リアはいつの間にかウィクと一緒に描いていた。そしてノルナとナルナはなぜか周りを飛び回っていた。
「先輩、ちゃんと聞いてます?」
「ああ。聞いてる聞いてる」
「じゃあ、さっきのやり方を今からやってみてください」
「え?」
全く聞いていなかったためなにをすればいいのか何一つわからない。
(今日、なんかやけに俺にツンツンしてない!?さっきまでは普通にいつも通りに戻ったと思ってたけどあの笑みはいい方じゃなくて悪い方だったってことかー!)
ペンを持ったまま動かない右手。なにをすればいいのかわからず困惑する自分。
「やっぱり聞いてなかったんでしょ!」
「はい…すいません」
有希が「ふふっ」と、俺を見て手で口を抑えながら小さく笑った。
「もうっ、怒ってすらないですから。でも、ちゃんと聞いてください」
そう言って、有希が俺の右手を掴み、
「もう一度教えてあげますから、よーく聞いといてください。次はないですよ?」
「はい…ありがとうございます有希様…」
「どういたしまして!」
こうして、有希が手取り足取り教えてくれた。でも、有希がずっと俺の右手を掴んでいたため、さらに近かった。もちろん、なにも感じなかったわけではなく、心臓バクバクだったし、意識を強く保たないと倒れていたかもしれない。
「まあ、こんな感じですかね。あとは慣れです」
「お、おう…」
説明が終わった…ようやく解放されたのだ!と、俺は思いっきり両肩を上げて、ストンと下ろした。だが、そんな俺の解放感は一瞬にして、消え去った。
「よいしょっと!」
有希が俺と向かい合うように腰を下ろす。
「あの、有希さん?」
「人物画描きましょ!花を描くのは後でも大丈夫ですし!」
俺の言葉を遮るように有希が声を大きくして言った。
(なんで人物画なの!?別になんでもいいじゃん!)
「ほらほら、ペン止まってますよ」
「で、人物画って誰描くの?」
「そんなの言われなくともわかりきってることじゃないですか」
有希のまっすぐな眼差しが俺に突き刺さる。
「ってことは、俺は有希を描かないといけないのか?」
「ちゃんと描いてくれないと、落ち込みますからね〜」
「へいへい」
△▼△▼△▼△
というわけで、なぜか人物画を描くことになってしまった。いくらペン画だからと言って、描きやすいわけではない。
今、下書きという存在の重要さを俺は実感している。なぜなら、道具がペン一本しかないからだ。せめてどんな色でもいいから、鉛筆と消しゴムくらいは欲しい。
「先輩、ちゃんと見てます?見ないで描くと、イメージになってしまうので、ちゃんと見て描いてください」
(無理だって!直視すらできないってのに!もしかして、君自分がかわいくないって思ってる?!だとしたらその考えを改めた方がいいよ!?君は一応全校生徒に選ばれた新入生で一番かわいい子なんだよ!?)
そんな言葉しか出てこない。そもそも、さおきも年頃の中二なのだ。そんな思春期が来ている男子に女子が、ましてやみんなが選んだ一番かわいい女子が目の前にいると、鼻の下を伸ばす男が大抵だろう。
だが、さおきはそんなことをするわけにないかないのだ。なぜなら、
(絶対にスケベの烙印だけは押されたくない!)
というプライドがあるからだ。
有希に見つめられながら、さおきは視線を逸らしつつ有希を観察する。
「私の顔になにかついてます?」
「い、いや、なにも…」
声が半分震えている。無理もない。さおきの全神経は、絵を描くこと以外のことに集中しているのだから。
「じゃあペンを動かしてください。私も、こう、まじまじと見られると恥ずかしいです…」
有希が頬を赤らめて言った。
(やめろぉーーっ!やめてくれぇーーっ!!っも、もえ、萌えるだろうがぁーーーー!!)
もし、ここに穴や洞窟があればすぐさまに飛び込むくらいになっていた。
そろそろ自制心も限界を迎える。俺は思い切って有希に聞くことにした。
「なあ、その、なんで今日はこんなに距離を詰めてくるんだ?」
「……」
スケッチブックを向いたまま、有希のペンも止まる。少し間が空いて、有希が答える。
「そうですね…私の狙いは2つあります」
急に溢れ出た唾を一気に飲み込む。
「一つは、最近先輩がリエさんにぞっこんだから、私もかまってほしいなぁ〜ってのが一つ目。二つ目は、先輩がリエさんと一緒に寝てても、先輩はその、ぜんぜん問題なにって感じだったので先輩に性欲がないのかという調査をしてました!」
「…え?」
だとしたら今日の朝の有希の行動も筋が通る。今有希の口から思いもよらぬ言葉や単語が次々と出てきて、さおきは唖然としていた。
これを2文字で言い切ってしまえば、有希は今朝からずっと”嫉妬”していたのだ。
「でもですね〜、この今の先輩を見て安心してますよ〜。だってちゃんと恥ずかしがるところありましたから〜。私もいろいろ耐えながら頑張ったかいがあったってものですよ〜」
満面の笑みを浮かべながら、余裕があるように話す有希。
それを見ていたさおきは、無性に腹が立っていた。
(なんだとー!このやろ…よくもやってくれたな…!)
「ふぇ!?」
俺は勢いよくその場から有希に近づき、有希の顎を触って、引き寄せる。それと同時に有希の頬が赤くなり、そして目が閉じた。
「ななななんですか急に!心臓によくないのでやめてください!やるなら言ってください!」
「とか言ってるわりには目閉じてるじゃねぇか」
「それは…その、」
「どうだよ。俺もこんなことくらいはできるんだぞ」
そう言って俺は手を離した。
「もう、期待させないでくださいよ…」
「ん?」
有希がなにか呟いたが、俺はさっきの自分の行動の反動により、身体が熱くなっていた。そのせいもあり、よく聞こえなかった。
「せっかく逆襲しようと思ったのにって言ったんです!」
元の位置に戻り、再びペンを動かす。
「じゃあ、続きするか」
「今晩、楽しみにしといてください…」
すごい怖い雰囲気が有希の方から漂ってくる。もうこれ以上はいやだから俺はそれをスルーした。
「どうどう?さおきくんたちの今のうまく描けた?」
「…もちろん」
ウィクとアミリエが有希とさおきに聞こえないよう、反対方向を向いてこっそりと話していた。
「見せて見せて!」
「いいよ」
アミリエのスケッチブックの1ページには、有希の顎を引き寄せて、顔を寄せるさおきの姿が細かく描かれていた。
だた、2人はこのことを知らずに、悠々と絵を描き始めたのだった。




