閑話『過去』
時は少し遡る。これは、さおきが異世界に転生する前の物語。
ーーーーッッ、ーーーーッッ…
目覚ましが鳴る。音自体はそんなに強くないものの、さおきのは特に振動がすごい目覚まし時計だった。眠たい目を擦りながらゆっくりと体を起こし、目覚ましを止める。
ベットから降りて、顔を洗って、着替えて、朝食を食べて、歯磨きをして…と、なんともない普通の朝。でも、その普通は普通じゃない。なぜなら…
「あぁ!なぜ!なぜあなたは…」
いつも通りのうるさい父の声。さおきの父は、最近ちょうどブレイクした有名な役者だ。俳優とも言うべきだろうか。
まあ、その父のおかげでだんだんと暮らしが裕福になり、さおきの家は今ちょうど幸せというものを堪能しているところだ。
でも父の仕事が増え、脚本を覚えたり、バラエティー番組に出演オファーがかかったりと父が家にいない日が増えた。
母はそれを少し悲しがっていたが正直そんなことはさおきにとってどうでもいい。逆にうるさい父がいなくなってよかったかもしれない。
でも、憧れてはいた。父のその演技力は本物だ。ドラマを撮影するときにだけその演技力が現れるのではなく、学校の面談に遅れたりしたときに、本当はただ時間を間違えただけなのに、ゼーゼーと息を切るふりをしながらきたことが数回。
単なる能力の悪用だが、先生をも騙せるその演技力流石というべきだった。そんな父に憧れて、中学生になって演劇部に入った。
さおきは、どんな役も上手く演じる、いわば神童というべき演技力を持っていた。父からも昔からいろいろ演技について吹き込まれたが自分の力だとさおきは身をもって実感した。
次第に演技だけじゃ物足りないと感じ、ダンスもやってみた。最初の方はつらかったが練習を重ねるにつれてだんだん上手くなった。
2年生になった。当然1年生の後輩が入ってくるのだが、さおきはどちらの部活でも一二を争うくらいにダンスも演技も上手いのに決してアドバイスや指導はしなかった。
なぜなら、自分のこの力は才能だと思っていたからだ。事実、母は運動ができていたため体力は母譲り。演技力は父譲り。ダンス部では慣れるまでに少しの努力をしたがすぐに慣れた。
言ってしまえば辛かったけど、そんな日も数えるほどしかなかった。
「あの、さおき先輩?ですよね?』
珍しく、1年が話しかけてきたこともあった。でも、
「人違いだ」
と断る。なかなか先輩として後輩にアドバイスをしないということで先生に呼び出されたこともあった。
演技は、才能だと思う。それがさおきが導き出した演技力を上げるために必要なことの答えだった。
演技できるやつはできるし、できないやつはできない。人前で緊張するやつもいれば緊張しないやつもいる。
だが、努力をすればある程度は上手くなれる。でも。それにも限界がある。みんな同じ努力をしても結局結果に差がつく。
その差はなにか、言い切ってもいいくらいだ。言い切ろう。その差は才能の差だ。
だから、上手いやつと下手なやつがいるのだとさおきは考えていた。
「行ってきます」
「行ってらしゃい」
いつも通りの徒歩で登校。学校までは歩いて10分だ。俺は、その性格のせいで昔は孤高のエンターテイナーとかと呼ばれていた。
「おう、さおきおはよ」
「おっす、おはよう」
今では朝に一緒に登校する友達もいて普通の中学生として学校生活をしている。どうしてこうなったのか。それもこれもみんな…
「せんっぱい!」
と、誰かが俺のところまできた。誰かと思えば…
渡瀬有希。
俺たちの学校の三大美女の1人で、一部の人間に有希様と言われているほど。頭も良くて成績も悪くないのだとか。それでいて運動もできるらしい。しかもスタイルも顔もよく、いつも髪をおろしているが、三つ編みを作ってくることが多い。
ところで、なぜ、こんな三大美女とかいうものがあるのかというと、俺たちの学校では毎年俺たち2年生と3年生が交流を兼ねて1年生の入学式に参加する。
その後の放課後に2年と3年がなぜか用意されているアンケートフォームで誰が一番かわいいか入力する仕組みだ。ったくよくできたもんだよな。しかも全員強制参加で入力しないと罰則が下されるとか。
それで見事、こいつが一番多く、選ばれたわけだ。ちなみに毎年このイベントは開催され、1年生にはこのイベントの存在を2年生になるまで知らされないという隠しイベントだ。
そんなただでさえ近寄り難いすごいやつとなんでこんなに話しかけられるかというと、
「どうだ?きちんと全部覚えたか?」
「えぇっ!そ、それはですね…」
「まさか…」
「ちゃ、ちゃんと全部覚えてきたのであります!」
「よ〜し。じゃあ今日の放課後、テストな?」
「わかったであります…」
落ち込み気味だが有希がさおきのテストを受けることになった。話を戻そう。
なぜ俺たちはこんな仲良しでもないがこんな風に見えるのかというと、俺たちは同じ部活で、有希が俺に話しかけてくれて、周りに溶け込ませてくれたからだ。そのせいで俺たちが付き合ってるんじゃないかということも時々耳にする。迷惑なやつらだ。
「それじゃ、またね〜」
手を振り、俺たちはそれぞれの下駄箱に向かった。
「いいよなぁ〜さおきは」
幸太が話しかけてきた。いつもはくだらない話しかしてないがテストとかになると急にまじめになる"やるときはやる"系にやつ。
「なにがだよ」
「とぼけんなよ〜さっきまで有希様とあんな楽しそうに話してたくせに〜」
「なんだそんなことか」
「俺たちは近づくだけでも女子たちにあーやこーや言われるのにおまえはいいよなぁ〜って」
俺たちの学校では男子よりも女子の権力が強い。事実、今2回連続で生徒会長が女子であるため男子の発言力が落ち始めている。
「まあ確かにな。ガンバ!」
俺は幸太に頑張れと右手で親指を立てていいね!の素振りをした。俺は昔のあの異名のせいか、それとも単純にダンスと演技がうまいのか、一定層の人気があることを自ら把握している。ファンクラブがあるわけでもないのでちょうどいいくらいだ。
おそらくこれが一番今の俺が女子になにも言われない理由だろう。
さおきは上履きを履き、教室で授業の準備をするのだった。
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放課後。さおきはというと今日の朝に有希にテストをすると言ったから今テストをしているところだ。そのテスト内容は…
「えっと、ここの動きのセリフは?」
「それは、たしか…」
俺たち演劇部は毎月1回に行われる全校集会で15分くらいの時間で劇をする。その練習をしているのだ。有希はセリフを思い出すのにちょっと時間はかかるけどなんとか全部思い出せている。練習してきたのは間違いないな。
テストを終えてまたそれぞれ練習に戻る。毎回練習が終わったらいつもさおきからジュースを奢ってもらっていた。
「ほらよ」
「ありがとうございます!」
毎日頑張って練習しているのを見るとなにか差し入れがしたくなる。そんな優しい気持ちはさおきにもあった。
こうやって、学校に行って、授業を受けて、部活して、家に帰る。いつもの日々。
そんな日々がいつまでも続くわけでなく、急に伝染病が蔓延した。日に日に死者は増え、その魔の手がさおきの学校にも及び、休校になった。
外に出てはいけない状況にまでなり、知らないうちに、さおきの学校の生徒の1人が死んだ。この死亡ラッシュは一度倒れたドミノのごとく、止まらず、やがてさおきも感染していたことが判明し、さおきもこの世からいなくなってしまった。
葬式すら開催されず、さおきを含め、多くの人が儚く、亡くなった。
長い月日が経ち、休校も終わった。皆、友達との再会を喜ぶ中、悲しんでいる人もいた。その1人が有希だ。
「なんで…なんでぇ…」
泣きたい気持ちと目に溜まっていた涙を堪えていた。
「私ってなんでこんなに不幸に見舞われるんだろう…」
と、独り言を誰にも聞こえないほどに小さな声で呟く。そして、願った。
(お願い。神様。もう一度、もう一回だけでいいから私の大好きな先輩に会わせてください!)
心の中で叫ぶ。無論、そんなことは叶わないと思っていた。
途端、地面が光り始めた。その光はゆっくりと大きくなり、やがて半径が電柱1本くらいの高さがあるのではというまでに広がる。
体がだんだん白くなり、有希の体や身につけていたもの全てがこの世から消えたのだった。そして…
「せん、ぱい?」
もう一度問いかける。ここがどこかはわからない。いや、そんなことはどうでもいい。とりあえず、いなくなったはずの先輩にもう一度会えたことに、感情が高ぶっていた。




