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Conductor  作者: 槇 慎一
9/21

9 バレバレの秘密を持つ妻


 大学管弦楽団オーケストラとのコンチェルト合わせの日がやってきた。


 平山のラヴェルのピアノコンチェルトが二回、妻のグリーグのピアノコンチェルトが二回、僕のラフマニノフのピアノコンチェルトが二回予定されていた。


 妻の様子も安定していたし、僕は仕事があったから、妻のオケ合わせは見学出来なかった。僕も自分のコンチェルトの仕上げ練習に本腰を入れていた。


 妻の二回目のオケ合わせが終わった日、帰宅した妻は見たことがない表情をしていた。楽しそうというか、嬉しそうというか、でも表しきれない、抑えているような……。


「かおり、どうした?」

「えっ?……ごめんなさい、秘密です」

「秘密なら仕方がない。かおりも、仕事ともなれば業務上、僕に話せないことも出てくるだろう。追及しないでおくよ」

 妻は下を向いて、多分僕に気持ちまで隠そうとしたのだろうが、それでも何だか楽しそうだった。


 是等のイベントは僕が講師をしている音楽大学の創立記念演奏会シリーズだ。二週間ほどかけて、連日様々な演奏会が開催される。演奏会に出演できるのは名誉なことだ。名誉教授の演奏会や室内楽、ソロの演奏会が学内のホールを幾つも使って行われる。平山と妻と僕が出演するピアノコンチェルトの演奏会は、若手代表の演奏会で、ピアノの演奏会は特に人気の為、チケットの売れ筋も良好だった。コンチェルトの演奏会は最終日だった。


 コンチェルトの前々日が音楽大学合唱団の本番だ。


 本番を翌日に控えた妻は、初めて伴奏をして手にした謝礼でドレスを新調した。僕は、家でそれを着た妻に、しばらく見惚れていた。

「綺麗だ。本番の靴も履いて、弾いてごらん?……というより、僕に聴かせて?」

「……はい」

 妻は可愛らしく返事をした。


 高いヒールのある靴はペダルを踏みにくくないのかと聞くと、一番踏みやすいのは裸足だけれど、高さのあるヒールは踵に高さがある分、膝から脛にかけて自然なので負担にならないらしい。そういうものなのか。僕は知らない感覚だ。そのように意識して足を見ていると、なるほどと納得した。


 妻が演奏を聴かせてくれた。伴奏だけでも音色の美しさが伝わり、これに歌声が重なったらどんなに美しいだろうかと思った。合唱団の方々からも、ピアノの音色の美しさについて賛辞をもらうことが増えたという。僕は嬉しかった。


 美しい姿、僕だけに見せる素顔を見て、近くに言って囁いた。

「かおり、抱きたい。ダメ?」

 少ししてから、返事があった。

「……コンチェルトの演奏会が終わったらにしてほしい」

 そうだよな。

「わかった」

 言った自分が無茶なことを言ったとわかっている。しかし、やんわりではあるが、断られたのは初めてだった。

 

 演奏会が二つ重なり、その演目の量と責任感、コンチェルトの曲目変更で、今まで以上の練習をすることになった妻は、一時倒れる寸前だった。他人の世話になったし、心配かけたし、倒れたというのだろうか。そんな妻に、夜に疲れさせることを躊躇わせた。


 これまで、抱いてもいいかどうか僕から聞いたことはないくらい、僕が好きな時に好きなだけ抱いていた。


 何と言うか……その欲求は音楽でも発散でき、昇華できることでもある。僕は40分近くあるラフマニノフのコンチェルトを妻に聴かせた。最終楽章まで通した。ソファにいる妻を見ると、幸せそうな表情で眠っていた。


 いつもなら、まだ寝る時間じゃない。妻は本番前に緊張して眠れないなんてこともない。演奏家として良い資質だ。しかし、ここはソファだし、まだ明日のドレスを着たままだ。

 僕はヒールの靴をそうっと脱がせて玄関に置き、ドレスを脱がせてハンガーに掛けた。僕のパジャマを着せて、勝手に両腕で抱きしめて眠った。このくらいはいいだろう?

 

 よく眠れますように。

 明日、良い本番になりますように。











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