福は内、そして鬼は。
これは、お使いで節分の豆まきの豆を買いにやってきた、ある男の子の話。
「鬼は外、福は内。年の数だけ豆を食べて、元気な体を作ろう!」
もうすぐ節分。
スーパーマーケットには、節分の張り紙がたくさん貼ってある。
その小学生の男の子は、母親にお使いを頼まれて、
近所のスーパーマーケットに来ていた。
買い物は、節分の豆。
しかし、たくさん種類があって、どれを買ったら良いのか分からないので、
その男の子は、スーパーマーケットの店員に聞いてみることにした。
「おばさん!お使いにきました。節分の豆をください。」
話しかけられた中年の女は、にっこりと笑顔になって応える。
「お使いかい?えらいねぇ。
節分の豆だったら、こっちの大豆を買っていくと良いよ。」
その男の子は、渡された大豆の袋を受け取りながら、不思議そうな顔で尋ねる。
「ねえ、おばさん。節分にどうして大豆が必要なの?」
「大豆じゃなくても良いのよ。
豆ならどれでも。普通は大豆だけどねぇ。」
「ふーん、そうなんだ。大豆で何をするの?」
「大豆で悪い鬼を追い払って、福を呼び込むのよ。
鬼は外、福は内。って言うでしょう?」
「僕、悪い鬼なんて見たことないよ。
おばさんは、鬼が悪いことをしてるところを見たことがあるの?」
「鬼かい?見たことは無いけれど・・・。
とにかく、大豆を買って帰ったら間違いないよ。」
店員の中年の女は、その男の子の疑問に答えることが出来ず、
そそくさと移動していった。
その男の子は、疑問に答えてもらえず、首をかしげていた。
「鬼が悪いことをしてるところを、誰も見てないのに、
どうして豆まきで鬼を追い出さなきゃいけないんだろう。」
その男の子が疑問を口にしていると、後ろから男が近付いてきた。
「坊や、鬼を追い出したくないのかい・・?」
近寄って来た男は、全身黒い袈裟のような服装をしていた。
「おじさん、誰?」
急に知らない大人から話しかけられて、その男の子は訝しげに見上げた。
その黒い袈裟の男は表情を見せず、その男の子に問いかける。
「坊やは、節分で鬼を追い出したくないんだろう?」
その男の子は、訝しみながらも受け答えする。
「う、うん。鬼が悪いことしてるところを誰も見てないのに、
追い出すなんてかわいそうだよ。」
「だったら、この豆を使うと良い。」
黒い袈裟の男は、小ぶりな黒い巾着袋を差し出した。
その男の子が受け取って中を覗くと、中には黒い豆のようなものが詰まっていた。
「・・これ、節分の大豆?」
「大豆じゃないよ・・。節分の豆にこれを使ってご覧。
この黒い豆には、鬼を追い出すような魔力は備わってないからね・・。
福が来るかどうかは、坊や次第さ・・。」
そう言い残して、黒い袈裟の男は去っていった。
その男の子は、受け取った黒い豆をどうするか迷ったが、
鬼を追い出さずに済むと言われたのが気になったので、
黒い豆を持って家に帰っていった。
その男の子が家に帰ってしばらくして、家族で節分の豆撒きが始まった。
「鬼は外ー。福は内ー。お使いを頼んで良かったわ。」
「鬼は外、福は内。ほら、坊やも豆を投げなさい。」
「福は内ー。」
撒いているのは、黒い袈裟の男から貰った黒い豆だった。
その男の子は、鬼は外と言う気にはならず、
福は内とだけ言いながら、黒い豆を撒いていた。
豆を撒き終わると、父親がその男の子に向かって言う。
「豆は撒き終わったし、豆を食べたら節分の豆まきは終わりだ。
ちゃんと年の数だけ豆を食べるんだよ。」
父親に言われて、その男の子は黒い豆をまず一粒、口に入れた。
ボリボリとした食感の黒い豆を飲み込む。
すると、視界に変化が起きた。
一瞬、目眩がしたかと思うと、家の中に妙な生き物がいるのが見えた。
部屋の隅で震えているそれは、小さな鬼だった。
絵本に出てくるような鬼よりも弱そうな子鬼が、
部屋の隅で小さくなって震えているのが見えるようになった。
「何あれ。まさか本当に鬼?」
両親の様子を確認してみるが、
黒い豆を食べていない両親は、どちらも子鬼の姿には気がついていない。
「黒い豆のせいで、見えるようになったのかな。
あの黒いおじさんは、黒い豆には鬼を追い出す魔力は無いって言ってたけど、
まさか鬼が見えるようになる魔力があったなんて。」
その時、家の近所からも節分の豆撒きをしている物音が聞こえてきた。
するとその度に、どこからか子鬼たちが現れて、
家の中に入ってくると、同じ様に隅っこで小さくなって震えている。
その姿が何だかかわいそうで、その男の子は声をかけた。
「鬼さん、そんなに怖がらないで。
僕は、悪さをしてない鬼さんたちを、追い出したりしないよ。」
子鬼たちは、その男の子の言葉が分かったのか、少し安心したようだった。
その男の子は、黒い豆を取り出すと、子鬼たちの前に置いてあげた。
子鬼たちは最初怖がる様子を見せたが、すぐに黒い豆を必死で食べ始めた。
そこに、子鬼たちの姿に気がついていない父親が現れて言った。
「さあ、坊やはもうそろそろ寝なさい。」
「う、うん。」
その男の子は、寝る準備を始めた。
子鬼たちは、その男の子に懐いたようで、
寝る準備をしている間も、ずっと一緒についてきた。
そしてその夜は、その男の子と子鬼たちで、寄り添って眠ったのだった。
次の日の朝。
「う~ん、むにゃむにゃ。もう朝か・・・あっ!」
その男の子は、布団から飛び起きて周りを見回した。
昨夜寝る時は一緒だった子鬼たちは、みんな姿を消していた。
そして、昨日追い出されなかったお礼のつもりか、
きれいな花や石ころや木の実などが、枕元に置いてあったのだった。
終わり。
もう今年は過ぎてしまいましたが、節分がテーマの話です。
鬼は外、福は内。という言葉は伝わっているけれど、
実際に鬼が悪さをしているところは必ずしも伝わっていないので、
もしかしたら、濡れ衣を着せられてる鬼もいるかもしれないと想像して、
この話を作りました。
お読み頂きありがとうございました。